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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
92/127

叛逆者

 ラトスィーンはヘクセの地下に向かった。その手には杖を所持している。平常を装っているがその実激昂している。監獄の間に着いてそうそう魔術を発動する。水の刃が影の腕を切り裂く。


「どういうつもりですか、影」


 その顔に笑みはない。薄く開かれた瞳で睨みつける。ここに来る前、彼女は黒き者の襲撃にあった。もちろん返り討ちにしたがこれは立派な叛逆行為だった。他の魔女も同様に襲撃にあっている可能性が高いが、心配はしてない。黒き者に戦闘能力はさして高くない。それで死ぬようなら魔女にはなれない。


「黙りですか」


 何も答えない影にもう片方の腕も切り裂いた。悲鳴一つ上げない彼を冷たく眼差しが刺す。俯いていた頭がゆっくり上がる。露わになった顔にラトスィーンの顔が強ばる。


「まさか」

「久しブリじゃナイかラトスィーン。元気にシテタかい」

「ジェスター!」


 影の顔は肌が剥ぎ取られ、その上で装飾がされていた。こんな悪趣味なことをする酔狂な人物は一人しかしない。そして発した口調は犯人を物語っていた。


「死に損ないが」

「イーヒッヒッヒ! 余興は愉しカッタかい。安心シナよ、サイコウのショーはちゃあんと用意してアルからさ」


 牢の中で唄うように言葉を紡ぎ、踊るように体を回す。意味が無いと分かっていながらもラトスィーンは影の首をはねる。影はもう殺されて操られているだけに過ぎない。ただの人形になってしまっていた。


「いつから……ッ!」


 いつから影はジェスターの手に落ちた。いつから準備していた。いつから計画を立てていた。ヘクセから逃げ延びた時か。お大事を殺した時か。魔女の時にはもう既に計画を練られていたというのか。

 思考に囚われたラトスィーンの体を黒き者がのしかかる。払っても払っても全身に纏わりついてくる。影の首がコロコロ転がりラトスィーンの前で止まる。彼女に向けられた顔はニチャァっと醜悪に歪む。そのすぐ後、建物が振動し崩れ始めた。


「ジェスターぁ!!」


 取り押さえられたラトスィーンの怒号が響き渡る。そして、抵抗も虚しく瓦礫の下敷きになった。ジェスターの嗤い声が崩壊する最中でも絶えず反響していた。




「ラトスィーンさん!」

「キラ、すまないが急いで治療してくれ」


 リーリンからの緊急要請にキラは急いで温泉街に向かった。転移してすぐにガルロに担がれて飛んでもらった。旅館に到着してすぐに部屋に案内された。


 ラトスィーンは重傷を負っていた。大量に血が流し全身血まみれになっていた。ところどころ潰れていて手足もあらぬ方向に曲がっている。呼吸も荒い。

 応急処置を施している従業員に場所を開けてもらいキラはすぐに治療を施す。ラトスィーンの体が光に包まれる。徐々に傷が治り、体も元に戻っていく。呼吸も穏やかになっていった。光が収まったころ、体のどこにも怪我の痕は残っていなかった。そしてゆっくりと目を覚ました。


「ここは……」

「ラトスィーン! 良かった……無事で……」

「リーリン」


 リーリンはラトスィーンの手をしっかり握った。泣いて喜んでいるのをラトスィーンはぼんやり眺めた。まだ完全に意識が覚醒していない。けれど握られた手から震えが伝わってくる。だいぶ心配をかけさせてしまったようだ。


 少し遅れて到着したシアノスは廊下でばったり男と会った。さっきまで温泉に浸かっていたらしく頭から湯気が出ていた。


「何があったの、ガイザーエンヴァ」

「知らん。我輩が心地良ーく眠っておったら急に揺れたのだ。ヘクセが崩落して埋まっておったあやつを運んだだけだ。むしろ感謝されるべきだと思うが?」

「何も気付かなかったの?」

「ぬぅ……そう言われてもなあ。…………あ、少し前に懐かしい魔力を感じたな。誰だったかな」


 記憶を手繰るように考え込む。腕を組んで唸っているがなかなか思い出せない。そうこうしているうちにラトスィーンがいる部屋に着いた。無遠慮に扉を開け放ち部屋の中に入る。ラトスィーンはすでに目を覚ましていてリーリンに支えられて上体を起こしていた。


「水の」

「シアノス、カイザーエンヴァも。運んでくださったのはあなたでしたか。助かりました」

「うむ、礼には及ばん。しかし、温泉というのはなんとも良いものだ」

「それで?」

「ジェスターです」


 カイザーエンヴァを無視してシアノスが話を切り出す。悔しい気に、忌々し気に吐かれた名前にシアノスは眉を顰める。薄々予想はついていた。それでも勘違いであって欲しかった。平穏が崩れる音が聴こえる。


「おお……そんなような名前だったな」


 カイザーエンヴァがポンっと手を叩く。モヤモヤが晴れてスッキリしている。


「早急に緊急会議を開きます」


 動き出そうとするラトスィーンをキラが止めようとする。


「ラトスィーンさんまだ休まれてた方が」

「キラさん治療して下さりありがとうございます。ですが今は一刻を争う事態です。のんきに休んでなどいられません」

「それで倒れられたらそっちの方が迷惑よ。どうせ集まるのに時間はかかるし、わたしが送っておくから休んでなさい」

「シアノスが、ですか……?」


 シアノスの言葉に状況も忘れてキョトンとする。まるで初めて聞いた言葉を耳にしたかのような反応にシアノスは怒りがこみ上がった。


「問題でも?」


 口角が引き攣る。そんなにおかしいかと嫌味が口にでる。ハッと気付いたラトスィーンはそこで初めて笑みを見せた。


「いえ、シアノスに心配されるとは思っても見なかったので感無量です。成長しましたね。とても喜ばしく感動を噛み締めているところです」

「……」


 シアノスはイラッとした。こんな時でも煽られるとは腹立たしい限りだ。シアノスが魔女になった当初から親みたいな態度を取って気に食わなかった。冗談と吐き捨てたい気持ちを必死に抑える。ここで感情に任せては相手の思う壷だ。

 するとラトスィーンが咳き込む。まだ回復しきっていなかった。


「それではシアノスに任せて休ませてもらいましょうか」


 シアノスは軽く手を振ると魔力で手紙を作成しだす。他の魔女に向けた伝書鳥だ。

 軽く息を吐いたラトスィーンはリーリンにお願いして横たわる。顔色はまだ良くなかった。


「キラ本当に助かった。ありがとう」

「いえ、お役に立てて嬉しいです」


 リーリンは深くキラに感謝を告げた。あの重傷では回復薬は効果が足りない。キラがいなかったらと思うとゾッとする。感謝してもしきれなかった。再び眠ったラトスィーンの表情は穏やかだ。リーリンは起こさないように優しく彼女の頬を撫でた。生きているのを確かめるように。




ーーーーーーーー

魔女に告ぐ


ジェスターが動き出した。

ヘクセは崩壊、水の魔女の本館に集え。


緑の魔女

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