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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
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キラの故郷

 村を出たシアノスたちの前に爆走している馬車が横切る。少し離れたところで馬車が止まり、慌てた様子で男が飛び出してきた。転けそうになりながらもシアノスの前に走り寄り、服が汚れるのも構わず土下座した。


「魔女さま、どうか私にもお力をお貸しください」

「……は?」


 不機嫌を隠さず男を見下し威圧する。けれど男は怯えながらもシアノスに追い縋る。


「我が領の村をお救い頂き感謝申し上げます。ですが、ですが貧困しているのはあの村だけでないのです。魔女様の知恵をお貸しいただけないでしょうか!?」


 言い方からしてどうやらこの男はこの地の領主らしい。シアノスが村に来たことを伝え聞いて急いで馬を走らせたようだ。


「どうして?」

「え」

「わたしは依頼で来ただけよ。あなたに力を貸す道理はないわ」

「そんな……そこを、なんとか!」

「ことわ「魔女さま、助けてあげませんか」……あ?」


 シアノスの言葉をキラが遮る。魔女のローブの裾を摘まんでお願いを口にする。その後ろではガルロがキラの真似をしてしょげたような雰囲気を醸し出していた。


 救いの兆しが見え領主は顔をあげる。提言してくれた人物を見て目を見開いた。


「ありが――……きみは、キラくん……?」

「お久しぶりです領主様。覚えて、くださったのですね」


 キラが領主に頭を下げる。


 キラが育った修道院はダレンザーン王国の辺境領、そのさらに辺境にあった。修道院が建てられている周辺はここより大地は痩せておらず緑が溢れていた。しかし険しい地形に囲まれたそこは領内ではあるものの隔離地域となっていた。行商も通れないそこは森の恵みのお陰で何とか自給自足が成り立っていた。しかし数年前に魔物によって集落は崩壊、修道院も壊されてしまった。生き残った者はいなかった。


 領主は頻繁にとは行けなくとも年に数回はその集落にも足を運んでいた。傲慢不遜な貴族とは違い領民のために身を粉にして働く男だった。それを知って領民から慕われている。だが色々手は尽くしているものの状況は一向に変わらず歯がゆい思いに駆られていた。


 彼はただの数回しか顔を合わせていないキラのことを今でも覚えていたらしい。半ば無理やり教会に連行されそうになっているキラを最後まで引き留めようと掛け持っていた。結果は抵抗空しくだったが。


「そうか。婚約破棄騒動の聖女様とはキラくんだったのか。修道院といい、私はきみの力になってやれなかった。不甲斐ない領主ですまない」

「頭をお上げください。領主さまには感謝しています。身寄りのない私でも親切にしてくださった優しさを覚えています。それに、今はとても幸せなんです」

「そうか。そうか……良かった」


 泣きながら何度も領主はキラに感謝を述べた。シアノスとガルロは黙って見ていた。離れて控えていた使用人たちは涙を流して感動していた。


 領主の屋敷はとても質素なつくりだった。煌びやかな要素はどこにもなく飾りも装飾も少なかった。ようするにぼろかった。使用人も少なく屋敷内は静かでどこか寂しさが漂う。質素堅実と言うよりはただの貧相な貴族。

 積もる話があるらしく、シアノスは一泊を余儀なくされた。


 翌日、キラは故郷の集落に向かった。地形故に集落には人を派遣することが難しかった。派遣できるような人材もいないが。そういうわけで当時の、襲われた状態のまま残されていた。集落から少し離れたところに修道院はあった。


 領主から聞いた話ではその修道院は罪人を収監する用途で建てられた建物だった。罪人といっても極悪非道な凶悪犯罪者ではなく、家から勘当させられた貴族子女の受け入れ場の一つだった。上の爵位から反感を買っただの口減らしだのと理由は様々だが共通しているのは家族から見捨てられたということだ。こんな辺境の修道院に送るような親に良心や親心など存在しないだろう。もう顔も見たくない。知らんところで勝手に死んでいろ。自ら手は汚したくない根性なしの己の保身しか考えていない当主しかいないだろう。

 確かに行商すら行けないような僻地だが自然豊かで空気は澄んでいる。娯楽は一つもないし働かないと食事にありつけない。けれど次第に荒んだ心は癒え、環境に順応していく。貴族のような贅沢はできないが人情に溢れている。腹の探り合いも親からの圧力もなく穏やかで居心地は悪くなかったらしい。住めば都とはよく言ったものだ。中には親の処遇に感謝までする者もいたらしい。

 余談だがここの修道院は他の修道院と違って男性と恋仲になるとか子を授かるとかの制約はない。特に監視の目があるわけでもないし領主も本人たちの意思を優先している。貴族の血がどうとかはそもそもその地域の外に出ること自体が難しいので関係なかった。そういった事情もありとてものびのびと暮らせるのだ。


 キラの記憶にある風景とは全く異なっていた。家屋はなぎ倒され、畑は踏み荒らされていた。人々の笑い声も今は聞こえない。壊れた修道院の前で黙祷を捧げる。修道院での思い出が駆け巡る。今も鮮明に覚えている。慌ただしくも笑顔が絶えなかった幼き頃の生活。


「育てて下さりありがとうございました。私は忘れません」


 誰もいないそこに深く頭を下げた。長く長く……冥福を祈った。



「あのシアノスさん、これは……?」


 黙祷を捧げ、戻ってきたキラは瞬いた。どうしてガルロは枝を大量に抱えているんだろうか。


「植木にするのよ。栄養を蓄えた木を植えれば痩せた土も少しはマシになるわ」


 本当はこの村一帯を更地にして畑にするのが最善ではあるがそこまで手を貸すことはしない。実行したとしても管理できる人もいなければ再び魔物の餌になるだけだ。それにこれは依頼ではない。

 悪態をつきながらも寄り添って考え行動してくれる。興味ないと避けているがこうして手を差し伸べる優しい心を持っている。


「ありがとうございますシアノスさん」

「あなたに礼を言われる筋合いはないわ」


 ふいっと顔を逸らして突き放す言葉を吐く。素直じゃないシアノスにキラは優しく微笑んだ。


 屋敷に戻ったシアノスは領主に植木と不毛の地でも比較的に育てれる作物のリストを渡した。それに彼は涙を流しながらお礼を述べた。


「それでは領主さま、お体にお気をつけて」

「ああ。キラくんも、元気でな」


 領主はキラを笑顔で見送った。最悪の別れをやり直せた。あの時の後悔は消えることはない。だけど彼の幸せな顔を見れたのはとても喜ばしいことだ。気持ちのいい風が吹き抜けて晴れやかな気分だった。




 キラが修道院から戻ってくる少し前。


「シアノス!」


 ガルロがシアノスに駆け寄り捕まえた得物を差し出す。


「要らないわよそんなの。適当な場所に捨ててきなさい」

「わかった」


 シアノスに言われた通りガルロはそれを遠くに投げ捨てた。勢い余って崖に落ちてしまったがガルロは捨てたことに満足して気にしていない。


 ガルロが手にしていたのはシアノスに付いていた黒き者だった。ボロボロに壊されもう操ることはできない状態になっていた。


 黒き者はキラを襲おうとしていた。それを察知したガルロが阻止し応戦した。シアノスに見せたのは彼女に付いていたから。

 ガルロは黒き者に気付いていた。それでもシアノスが放っていたからガルロも倣っていただけだ。ただ居るだけだから、と。けれど黒き者はキラを害そうとした。ガルロはキラを護れというシアノスの命令に従った。


 戻ったガルロはシアノスに枝を持つように言われた。壊すなという脅し付きで。その頃にはガルロの頭の中には黒き者の存在はすっかり忘れ去られていた。

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