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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
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植物は有能で可愛い

 聖女が男だったのは予想外だったがどうということはない。例え男だろうが女だろうがシアノスがやることは変わらない。キラが目覚め体力が戻るまで看病する。水の魔女の圧力に屈したようになるのはやるせないが仕方ない。


 堪りに溜まった疲労疲弊に身体がとうとう根を上げて昏睡状態に至ったというのが触診した限りの見解だ。それなら栄養を与え、このまま数日待てば勝手に目が覚めるだろう。

 が、事はそう簡単にはいかなさそうだ。彼の左腕、内側の肘関節の辺りに小さくて分かりずらいが針を刺した痕が診える。変色や膿、腫れなどが診れないので有害な毒ではないだろうけど。それでも何かしらの薬物投与されれば身体の機能は低下する。

 例えば毎日変わらない日程をこなすとしよう。同じ行動、同じ生活、一秒たりとも変わらぬ毎日を送るとして、なにの問題もなかったとする。それが薬に侵されたとしたら? 行動は鈍り作業に遅れが生じる。生活は少しずつだが狂っていきその分疲れが溜まる。回復も万全にはならずさらに疲れは残る。いずれ、精神すらも侵されだす。それが続けば身体は壊れる。身も心も。その命尽きるまで終わらない負の連鎖。


 今の彼もまさにその状態だろう。どの期間薬に浸かっていたかは分からない。そしてその薬の効能も。表に出ない症状ならば対処しようがない。原因を探るには彼がいた場所、教会に潜り込み探るしかない。


「また厄介な……」


 一通り思考を巡らせて大まかな筋書きを描く。あとは行動に移すだけだ。


 まずは身体を回復させる。聖女を治療させたことはないのでどの程度薬が効くのかが分からない。魔力で身を包んだ者には毒などが効きづらくなる。身体強化の術式は何も力の増強だけではない。魔力と神聖力では異なる力だが全くの別物と決めつけるのは早計だ。果たして神聖力にどれほど薬物抵抗があるだろうか。毒に対してなら有効な力だが治療薬に対しても効果があるなら話は別だ。効かないことはないにしても時間は倍以上にかかる。下手に効力を上げれば身体に負荷がかかる。薬物は扱い方で毒にも薬にもなる。良くも悪くも薬は薬だ。


 シーツを被せ直して一旦部屋を出る。そのまま家の外に出てとある場所へと歩き出す。シアノスが契約している魔物はこの惑いの森に暮らしている。つまりは近くにいるのにわざわざ召喚する必要はない。生活範囲は決まっているので会いに行くのは簡単なことなのだ。


「マス」


 目的地に到着して名を呼ぶ。すると樹木に巻き付いていた植物がシアノスの方に寄ってくる。

 蔦がいくつも巻き絡んでいるような植物で頭の部分が二枚貝のように開いている。その外側にはびっしりとトゲが生えている。魔物の名はマスキスパ。雑食で分泌液を噴射し、得物を溶かして栄養にする魔物だ。

 マスと呼ばれた魔物はシアノスの身体に巻き付いてシアノスの頬に己の頭を擦り付ける。


『マスター♪ マスター♪』

「ふふ、ご機嫌ねマス」

『マスター、ウレシイ。アウ、ウレシイ』

「あら、それならもっと頻繁に会いに来なければね」


 クスクスと笑いながらじゃれ合う。マスキスパの言動は子供のようで大変可愛らしい。人の子供はめんどくさいと思うのにこの子に対してだとそんなことは全く思わない。むしろ可愛くてずっと遊んで痛いほどだ。けれどそうすれば研究が進まなくなってしまうので別に暮らしているのだ。


「マス、お願いがあるの。頼んでもいい?」

「モチロン。マスター、ヤクタツ」

「ふふ、ありがとう」


 ところ戻って魔女の家、診察室。再びキラが眠るベッドの前に立つ。


「いつものお願い」


『ハーイ』と元気よく答えてスルスルと蔦を伸ばす。その蔦はキラの腔内に入り込んで無理矢理咥えせさせる。そこからぬめりのある分泌液を出す。それは動かないキラの喉に流れ込んで体内に入っていく。ぬめりがあるから滑りがよく、どんどん流れ込んでいく。

 マスキスパの体内で分泌液を作れる。それは身体を形成しているどの蔦からも噴射できる。分泌液の効能や触感は様々だ。基本的には得物を溶けさせる溶解液が多い。今回使っている分泌液は言わば栄養液。マスが吸収した栄養を凝縮して液体にしたものだ。キラのように眠っている相手に栄養を取らせるときはマスの栄養液を飲ませている。人は眠っているときも身体の機能は動いている。普通なら食事をすることで栄養を補い身体を動かす。逆を言えば食事をしなければ栄養が足りなくなり身体は機能しなくなる。即ち死ぬ。そうはさせないための栄養液だ。


「これで暫くは大丈夫そうね。次は教会に行って原因の調査ね。あまり日が経つと証拠がなくなってしまうから今夜にでも行かないと」


 王宮で閉じ込める際に使用したナハトバウンは翌朝には燃え枯れてしまう。彼奴等が自由に動けるのはちょうどシアノスが家に着いた頃だろう。それから一日経過している。行動が早い者ならすぐにでも証拠隠滅に動くだろうが、昨日……いや一昨日か、王宮で見た司教は感情で任せで動くタイプだろうことが察せられた。聖女を誘拐したときも今にも殺さんばかりにシアノスを睨みつけていた。どうせ、今頃はどう聖女を奪い返すか考えていることだろうか。王国と協力してこの惑いの森に攻め込んでくるとか。

 その考えを鼻で嗤う。そうだとしたらとんだ馬鹿だ。例え何百何千という物量で攻めてきたとしても相手が、場所が悪い。ここは惑いの森。シアノスの契約魔物が暮らしている。いや、それ以外にも惑いの森は冒険者ギルドでも難易度が高い場所だ。魔境地として認知されているほどだ。魔境地は魔力が富んでいる地でそこに生息している魔物はその魔力によって大幅に強化される。凶暴で身体も大きく成長する。魔境地の依頼は高難易度で基本的にA級指定。最低でもBランク合同パーティー以上の戦力が必要となる。

 シアノスは普通に暮らしているが生活圏から一歩でも外に出ればそこは強大な魔物の住処。決して安全な場所ではない。高ランクの冒険者でも命が危うくなる可能性がある危険な場所だ。それでも緑の魔女を訪ねに来る人が後を絶たないのだけど。


「あの司教なら薬のことまでは頭が回らないとは思うけど、それでも早いに越したことはないわよね。……はぁ、いつになったら研究に戻れるのかしら」


 溜息をつくシアノスにマスが慰めようと己の頭を擦りつける。


『マスター、ゲンキナイ?』

「慰めてくれるのね、ありがとうマス。あなたのお陰で元気が出たわ」


 嘆いても仕方のないこと。うだうだして行動に出さずにいたって何も解決しない。むーんと唸ってからパッと目を開く。頭を切り替える。さっさと終わらせて研究に戻ろう。原因さえわかれば薬を作れる。そうすればあとは時間経過のみなのでずっと聖女の側にいなくても問題ない。あとは目が覚めるまでは気長に待つまでなので研究してもいいだろう。……最大の問題は没頭し過ぎて聖女のことを忘れないかだけど、まあ何とかなるでしょ。

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