家族のカタチ
ドンドンドンドンドンドン
「うるさい!!」
シアノスは扉を開けて怒鳴る。しつこく何度も強く扉を叩かれては集中することもできない。何度言えば分かるのだろうか。理解力は悪くなかったはずだ。
「メシ!」
扉を開けた先にはガルロの姿があった。
「忙しいって言っているでしょう。毎回毎回食事の度に呼び出さないで」
「キラのメシ美味い」
会話になっていない。魔女裁判が終わってシアノスが帰ってからずっとこの調子だった。
ガルロは食事の時間になるとシアノスが篭っている研究室の扉を叩きシアノスを呼ぶ。最初はもちろん無視した。用もないのに外に出るわけがなかった。が、永遠と叩き続けるガルロに根負けした。一度も止まることなく叩き続けられては溜まらない。
ちなみに一度扉を開けて閉めてもノック地獄は続いた。どうやら下に降りて席に着かなければ気が済まないようだった。
椅子に腰掛けたシアノスは盛大なため息をつく。机の上には大量の料理が所狭しと並んでいる。キラがシアノスの前にお茶を置くと隣に座る。
「すみませんシアノスさん」
「手綱を握れって言ったわよね」
「言い聞かせているのですが……」
キラはガルロに視線を向ける。視線に気付いたガルロは顔を上げて「美味い!」とだけ言って再び料理に集中する。
鷲掴みで獣のように食らっていたのが今やまともにカトラリーを使って食べれるようにまで成長していた。だが残念かなシアノスにはガルロの成長を喜ぶ心情は全くなかった。一体全体どうして食事を囲まなければいけないのだろうか。シアノスはあまり食事を取らない。それはガルロも周知の事実だった。つまり一日に三回も無駄な時間、無駄な攻防戦をしなければならない。怒りが堪るのは無理の無いことだった。
「なんでこうなった」
肩を落とすシアノスにキラは苦笑するしかなかった。
魔女裁判の前はこうではなかった。キラとガルロは二人で食べていたし、シアノスは気が向いたときに食事していた。タイミングが重なれば食卓を囲んだがそれでも片手で数えるほどに少なかった。
それが今や一日三回だ。さすがにおやつの時間は呼び出していないらしい。もしそれもあったら一日に五回呼び出されることになっていただろう。堪ったものではない。
「恐らくですが、家族に憧れを抱いたのではないでしょうか」
「家族?」
これはキラとガルロが村に行った時のことだ。
「二人は親子みたいね」
「おやこ?」
ガルロが首を傾げる。おばあさんはニコニコしながら二人を見る。その手はしっかりと握られていた。
「仲のいい家族のことよ」
「かぞくってなんだ?」
彼女はガルロの純粋な疑問に目をパチクリさせる。考えたこともなかったからだ。頬に手を添えて考え込む。
「そうねえ……家族というのは愛情と信頼が同居している関係性かしら」
「血縁関係ではないのですか?」
「いいキラちゃん、血が繋がってるからって仲がいいとは限らないの。家族の皮を被った獣ほどタチの悪いものはないわ。あれは育て方を間違えたなんてもんじゃない。もう一種の才能だわ。あらやだ、思い出しただけでも腹が立ってきちゃったわ」
おばあさんの表情が暗く、いや黒くなっていく。包丁を握る手が震えている。危険な雰囲気を放出している。
「……つまりね、家族という枠組みは何も血縁や婚姻だけではないのよ。あたしから見ればあなたたち二人は家族に見えるわ」
パッと表情が明るくなった彼女にキラが少し戸惑いを残す。いつもの彼女に戻ったのは安心したが先程のが強烈だっただけに尾を引いている。とてつもなく怨みを持っているような……。藪蛇にしかならないから触れないけれど。
それからガルロは村のみんなに家族について聞き回った。
「それとこれになんの関係があるのよ」
話しを聞いたシアノスはつまらなそうに顔を顰める。興味のない話を聞くのは彼女にとって苦痛だった。時間の無駄だからだ。
「同じ釜の飯を食う。つまり、食卓を囲めば家族の絆が深まると……」
「……」
シアノスは何も言えなかった。というか疑問しか浮かばない。結論も理解不能だが、何より気になったのはそもそもの根本がおかしいのではないか。だって三人は家族ではないのだから。そんな愛だとか絆だとかで結ばれた関係ではない。ではどんな関係かと聞かれると首を傾げるが、一つ言えるのはそんな生温かいものではないはずだ。
誰も気付いていないようだが家族と言われてピンとくるよう人間はこの場にはいなかった。
家族に見捨てられ冷遇されたシアノス。
生まれてすぐに捨てられたキラ。
劣悪な環境の孤島に一人いたガルロ。
悲しいかな三人とも家族というものを知らない。
シアノスは過去のこともあって家族に対していい感情を持っていない。今では羨ましいと思っていない。そもそもからして他人と深い関わりになることすらお断りしている状態だ。相思相愛のロサは家族のそれとは違う。
ガルロの記憶は華獁の上だけしかなかった。どうしてあそこにいたのかも知らない。気付いたらそこに居た。それだけのことだった。初めて会った人間はシアノスだった。
この中では比較的まともな部類にはいるキラだがこの中で一番家族とは無縁だった。家族というものは理解している。だがそれを自分に当てはめたことはない。彼にとっては意識の埒外、存在しないものとして切り離していた。修道院で育ててもらった恩はあるがそれだけだ。優しい彼女らを家族と思ったことは一度もない。愛と恋は全くの別物だ。愛情の塊のようなキラは恋情を抱くことない。
「ごちそうさま!」
ガルロの声で思考が霧散した。シアノスは残りのお茶を飲み干して部屋に戻る。ガルロが食べ終わればシアノスは解放される。颯爽と部屋に向かうのが最近の光景だ。
「キラ美味かった!」
「はい、お粗末さまでした」
ガルロはキラを真似て食器を運ぶ。洗い物も片付けも進んで手伝う。キラの行動は見て覚えている。
「いいですかガルロ。シアノスさんの研究を邪魔してはいけませんよ」
「わかった」
一通り片付けが終わった後、キラは目線を合わせて言い聞かせるように話す。ガルロは真剣な顔で頷く。そして、次のご飯時も三人は食卓を囲うことになった。




