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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
87/127

国の誕生

 魔女裁判は終わったが魔女たちはケイロスの建国声明を見届けなければならない。つまり八人は旧イーシスでの一泊を余儀なくされた。


 解散したあと、マオはシアノスに声をかける。


「シアノスさん大丈夫?」

「……ええ、もう何ともないわ」


 お互い核心には触れない。

 飛行船に帰還した時にはシアノスの切断された片足は補助としての氷の義足ではなく、元の素足に戻っていた。氷薔薇ノ王のような魔物の気配も鳴りを潜めている。


 マオはシアノスに「良かった」とは言えなかった。感情を全部抑え込んで代わりに笑顔で頷いた。

 無事で良かった。何事もなくて良かった。なんて、言えるはずがない。

 痛みはシアノスの中に残っている。計り知れない苦痛を味わった。身体が変化したのは不本意なことだったけれど、それほど危機的状況だったということだ。軽はずみに良かったなんて言葉、かけれるはずがない。良いことなんて一つもなかったのだから。


 シアノスは酷く落ち込んでいるマオを見やる。被害にあったのはシアノスでマオではない。シアノスが嘘をついたり誤魔化したりしないことを知っているし、言葉通り過去として消化できたことも理解しているはずだ。それなのに、なんでマオの方が苦しそうに傷付いた顔をしているんだと呆れる。


「獣の、わたしは後悔していないわ。この先何が待ち受けていようと、これはわたしが決めたことよ。あなたが気に病むことは一つもない」

「……ふふ。強いなぁシアノスさんは」


 驚いた顔をしてから破顔した。眩しそうに目を細めて泣きそうな顔を見せる。シアノスを追い抜いて振り返る。


「それでもボクは、シアノスさんのこと勝手に心配するからね!」


 傲慢な言い逃げだった。明るく笑顔で言い放って颯爽と去って行った。その後ろ姿にシアノスはやれやれと息を吐く。けれど彼女の口角は上がっていた。




「ケイロスー!」

「フェイ、まだいたのか」

「起きたら城が壊れててもうびっくり。英雄強かったな~。もう一回手合わせしてくれないかな」


 城の跡地に戻ったケイロスを出迎えたのはフェイだった。いつものように軽口をたたく彼女の様子に調子が狂う。軽快に笑う彼女を見ると全部夢のように思える。背後に崩壊している城のせいですぐに現実を突きつけられる。


「何はともあれ、お互い無事で良かったな」

「……そーだな」

「どうした暗いぞー? よし、ここはパーッと飲みに行こうか」

「はっ!? いや無理……って、おい引っ張るな!」


 思い詰めたような暗い表情のケイロスにフェイはことさら明るく振る舞う。どう見ても飲みに行けるような状態ではないだろう。とてもではないがそんな気分にはなれなかった。断ろうとするケイロスを遮り肩を組むと強引に酒場に連行した。


「すいませーんジョッキ二つとあとは――。ケイロスも何か頼むか?」

「フェイ! 今はこんなことしてる場合じゃ」

「堅いな~ケイロスは。こういう時こそ何も考えずに騒ぐのが一番じゃないか」

「国の一大事なんだぞ!? 私はお前と違って国のために……ッ! すまない」


 ついカッとなってしまったケイロスが途中で気付いて口を閉ざす。バツが悪そうに顔を逸らす。言うつもりはなかった。けれど魔女とのことがあった手前、考えなければならないことは山積みで時間が少しでも惜しかった。やはり飲む気にはなれなくて、頭を冷やすのも兼ねて外に出ようとするのを止められる。


「そうだよ。私はケイロスと違う。王族でも貴族でもないし、ケイロスが考えているのかも知らない」

「フェイ……」

「頭の出来は良くないってのは自分でも理解しているよ。でも、私でも夜に考え事したっていい考えは思い浮かばないのは知っている。焦っているときはなおさら、な。どうせ何があっても明日はやってくるんだ。だったら……今は、今だけは全部忘れて心を休めようよ」


 フェイは遠くを見るような眼で語る。そして、ケイロスに笑顔を向ける。その笑顔はさっきまでのような元気はない。フェイの痩せ我慢だと気付いた。心配して元気づけようとしているのに、気付いた。ケイロスは自分のことしか見ていなかった。周りに目を向ける余裕などなかった。焦りと不安に圧し潰されていた。

 いつものように笑うフェイを妬ましく感じた。自分とは反対で、浅慮で向こう見ずで暢気な奴だと。でも違った。不安でないはずがなかった。それが分かったときフッと笑みが零れた。


「フェイ……そんなことも考えれたんだな」

「何おぅ、親友の私が直々に慰めてやってんだ。有難く感謝にむせび泣くがいい。ほら飲め、飲め」


 フェイがケイロスに無理やり酒を飲ませる。強引で無遠慮な彼女は悲しむ暇を与えてくれないらしい。分かりにくい気遣いと優しさにケイロスは心の中で感謝を伝える。口に出して言ってしまえば調子に乗ることは目に見えていた。


「安心しろケイロス。何があっても私はお前の味方でいてやるよ」


 思いのほか真剣な声で紡がれた言葉はどんな慰めよりも心に響いた。


「それは、心強いな」


 何も聞かずに寄り添ってくれる彼女の存在がケイロスには心地よかった。王族である自分と平民出身の彼女とでは身分の違いは天と地ほどの差がある。それでも、最初から歯に着せず対等に接する彼女は親友と呼べる間柄になった。今まで何度、彼女の明るさに救われたことか。もう一度、心の中で感謝を述べた。


 翌朝、ケイロスは民に声明を出した。

 父であるスプメテウロ・イーシスと王太子であるカリオーデン・イーシスが亡くなったこと。城は崩壊し、イーシス国は滅びたこと。全て神の裁きと称して。魔女の筋書き通りに。


「父が倒れ兄が倒れ、多くの命が奪われた。家族を友を大切な人を失った。哀しみは尽きないだろう。苦しみから立ち直るのには時間が掛かるだろう。みなの心に深く刻まれた悔恨は簡単には癒えない。だがいつまでも下を向くわけにはいかない。今ここに国の庇護はない。イーシス国は滅び我々の故郷は亡国になってしまった」


 ケイロスは一度言葉を区切る。観衆も表情は誰も暗い。昨日の悲劇はまだ鮮明で、心に影を落としている。


「私はここに新たな国を築きもう一度、一からやり直したいと考えている。私一人では到底成し得ない。みなの協力が不可欠だ。どうか私とともに歩んではくれないだろうか。私にみなの力を貸してくれないだろうか」


 ケイロスは頭を下げる。王族として人に頭を下げる行為は良しとされていない。なぜなら自己満足に変わりないから。許しを乞うことは責任を放棄し楽になりたいという心の弱さ。王族に頭を下げられた相手は不遜な態度を取ることは出来ず、謝罪を受け入れるしかない。

 それを理解した上でケイロスは頭を下げた。今の彼は王族ではない。一人の男として誠意を表したかった。


 その想いは民に伝わった。一時の静寂のあと声が上がる。拍手が聞こえる。一人、また一人と声を上げる。感染していくように声が大きくなっていく。気持ちが一つになっていく。ケイロスに感銘を受けて、立ち上がろうとしていた。前を向く意思を示していた。


 ケイロスは国民からの人気が根強かった。騎士団長でありながらも城下を巡回していた。平民にも分け隔てなく接してくれた。悩み事や世間話にも嫌な顔せず付き合ってくれた。親身に寄り添ってくれた彼を嫌う者など民にはいなかった。


「みな……ありがとう。ここにフィニック国を築くことを宣言する。私はみなが幸せに笑い、安心して暮らせる国を目指したい」


 熱狂が最高潮に達した。ケイロスとフィニック国を称える歓声が巻き起こる。ケイロスが後ろを向く。控えていたフェイと目が合い、ニヤリと笑みを向けられた。晴れ晴れしい親友の姿に彼女も感動していた。

 手招きされて首を傾げながらも素直に近くに寄る。すると手を引かれて観衆の面前に引っ張り出された。


「ちょ、なにを……」

「フェイ好きだ! 私の隣で、これからも私を支えて欲しい」

「え……えええええええぇぇぇぇぇぇ!!!???」


 急なプロポーズにフェイは悲鳴を上げる。今までそんな気配は一切なかった。お互い男女として意識していなかったはずだ。混乱するフェイは笑顔のケイロスを見て顔を赤くした。王族である彼は顔がいい。女性人気も高い。今まで特に気にしていなかったが意識したらとてもカッコよく見えてしまう。直視できないのと恥ずかしさで顔を隠す。

 一緒になって驚いていた民も二人の様子を見て今や歓迎ムードだった。口笛を吹いたりからかいを口にしたりしている。


 平民出身かつ女のフェイもまた民に人気だった。実力で副官にまで上り詰めたこともさることながら女の身で騎士になったことが偉業だった。自由と謳っていてもやはり差別的意識や風習が残っていた。女性冒険者が活躍していても騎士は男がなるものという意識は根強かった。そんな中でフェイは初の女性騎士になった。批判も多く侮蔑されることも少なくなかった。それでも逆境に立ち向かった彼女の勇姿に多くの女性が惚れ勇気を与えた。


「どういうことだケイロス。こんなこと聞いてないぞ!」

「言っていないからな。何があっても味方で居てくれるんだろう? 頼りにしているぞ、相棒」


 抗議しようとするフェイの額に口付ける。それを見た観衆は一層盛り上がる。

 フェイは顔を赤くして額を押さえる。開閉する口は言葉が出ることは無かった。その様子を見てニヤリと笑むケイロスは意地の悪い顔をしていた。フェイの声にはならない声が響き渡る。



 八人の魔女は広場の様子を遠くで眺めていた。喜びに手を叩く者、楽しそうににやける者、無反応を貫く者。

 愉快な声明になったが、この様子なら未来は明るいものになるだろう。新たな王の意志はしかと見届けた。


「それではお詫びと激励の意を込めて囁かな助力をしましょうか」


 崩れた家や瓦礫の撤去、道路整備や物資の搬入。さらには温泉の増設やポンの公演などなど。魔女たちの囁かな援助は感恩戴徳を抱かせた。


「何から何まで感謝するヘクセ」

「いえ、お気になさらずに。当然のことをしているだけです」


 そう、魔女に取っては当然のことだ。悲劇を起こした詫びにアフターケアは行っただけ。魔女とてそれほど薄情ではない。これもいい関係を築く一助となる。

 それでも自分の担当は終わったとさっさと撤収した魔女は多い。最後まで残っていたのはラトスィーンとゾルキアだ。


「女騎士と上手くいくことを願っているよ」

「英雄に負けないぐらいの仲をなってみせるさ。……いつでも遊びに来てくれ。一本取れるぐらいには精進するからまた手合わせしよう」

「ああ、楽しみにしておくよ」


 ケイロス・イーシスはフィニック国を見渡し、明るい未来を描いていた。

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