亡国再建
ケイロス・イーシスは疑問を抱く。
なぜ自分は今、ここにいるのだろうか、と。
夕日に染まり始めた空を見上げる。遠い目をして現実逃避してしまったのはどうか許して欲しい。いっそ思考放棄してしまいたかった。
ここはイーシス国の上空。彼の目の前には八人の魔女がいた。
兄であるカリオーデンが英雄によって討たれた。次は自分の番かのように思われたその時、城が揺れた。爆発音と大揺れの中、何故かケイロスは英雄に庇われていた。揺れが止むとそこには破壊狂がいた。仲間であるはずの二人は、なぜか戦いだした。
「いい加減、頭を冷やせ!」
ゾルキアはバーンに向かって大量の水を浴びせた。びしょ濡れになったバーンは固まって動かなくなっていた。暴走状態が解けて機能停止になったようだ。息を吐いたゾルキアは辺りを見渡す。だいぶ城が壊れてしまった。幸い、ホールでのびている騎士や民たちには被害がなかった。といっても結界を解除したことで霧が中に立ち込め数は減っているが。
ゾルキアは頭を搔く。王子たちがいた部屋に入る前に結界を解除したのは間違いだっただろうか。けれど、そうしていなくてもバーンが暴走状態に陥ったのは変わらない。もし城に結界を張ったままだったら街に被害が及んでいたかもしれない。ラトスィーンは霧の維持で動けないし、他の魔女も対応が困難だ。そう考えれば城に来てくれて不幸中の幸いだったのかもしれない。
大量の水をかければ暴走を止められるというのは本当だった。正直に言えば疑っていた。今まで暴走を止めていたのはタタだ。彼女はバーンの抑制剤のようなもの。暴走は彼女の感情が一定値まで昂ることで発生すると言われていたがこんな物理手段の荒療治で本当に収まるとは思っていなかった。
「えーっと、大丈夫?」
「あ、ああ」
放心していたケイロスに声をかけると意識が戻ったのかぎこちないながらも反応を返す。何も知らない彼が混乱するのも無理はない。突然人が化け物のような見た目に変わった。そして兄も化け物になり、目の前で殺された。襲撃もそうだし混乱の連続だよな、と心の中で手を合わせる。実行しているのは自分だということ棚に上げてゾルキアはケイロスを慮る。
だからといって配慮するわけではない。
「悪いけど一緒に来てもらうね」
「え、は?」
返事も聞かずにゾルキアはバーンとケイロスを抱えて城を飛び立つ。アルノーに作ってもらった空中蹴踏の魔道具によって空を踏み、空中を駆ける。向かう先は王都中心の上空に留まっている飛行船だ。
「よっ、と。調子はどう?」
「概ね順調です。そちらの方は……第二王子のケイロス・イーシスですか」
「そ、彼は何も知らされていない。だから連れてきた」
「なるほど。さぞお疲れでしょう。水を飲みますか」
「あ、ああ、ありがとう」
ケイロスはラトスィーンから水を受け取り一気に飲み干した。訝しんだものの腕につけている毒検知の魔道具が作動しなかったため水を飲んだ。怪しむのは正当だが、魔道具が反応するわけがなかった。なぜならその水は毒とは無縁の聖水なのだから。
「じゃあ俺、後始末しに行くから任せていい?」
「構いません。私の仕事は終わりましたから」
そう言ってゾルキアは飛行船から飛び降りた。再び城に戻ってきた。城内に残っている民を城の外に避難させ、半壊している城を完全に崩壊させた。
飛行船に戻りながらゾルキアはケイロスを気の毒に思う。ラトスィーンは穏やかな見た目とは裏腹に腹黒い。それはもう闇と言っても過言ではないほどに。安心させるような微笑みを浮かべながら平気で刃を突き立てる。逃げ道を塞ぎ、気付いた時にはもう彼女の手のひらの上だ。残された道は彼女の思惑通りに振る舞うしかない。真綿で首を締めながら操り人形に仕立て上げる手腕は見事なものだ。
「この国で何が起きているのか知る覚悟はありますか」
「……もちろんだ。お聞かせ願えるだろうか?」
ラトスィーンは一つ一つ事のあらましを話す。ケイロスの顔は驚愕、悔恨、悲壮に歪む。情報量の多さに感情が追いついていない。それでも真摯に現実を受け止めた。
ちょうど話し終わったころ、ゾルキアとマオが戻ってきた。マオの背中にはシアノスとインデックスが乗っていた。
「あれ、なんで人間がいるの?」
人の姿に戻ったマオが首を傾げる。ケイロスはマオが魔物から人に変わったのに驚かなかった。いや、意識がマオに向いていなかった。視線が一点に固定されていた。
「ちち、うえ……」
インデックスの手にはナイフが握られている。その刃はスプメテウロの首が刺さっていた。胴体はシアノスが凍らせて一緒に運んでいた。首だけのスプメテウロは今なお存命だった。荒唐無稽にも思える魔女の話しが現実味を帯びる。
「本当にあなたが……」
信じたくないという僅かな抵抗が打ち破られた。ケイロスは淋しい諦観を抱いた。身内に裏切られショックを受ける。けれど、なぜだか涙は出でこなかった。
少ししてディルゴ、アルノーが戻ってきて飛行船に魔女が集まった。その頃には日も傾いて、地上に漂う霧も晴れていた。
「さて、本題に入りましょう。ケイロス・イーシス、あなたにお願いがあります」
「お願い?」
「はい。この国……いえ、新しい国の王になりませんか?」
「……は?」
「イーシス国は今この時を以て滅亡しました。ここは名も無き集落です。亡命国の民が今まで通りの日々を送ることは困難でしょう」
「ちょ、まっ」
「同じ大陸にあるガイシェムル帝国が吸収してしまうのも手ですがそれでは国家バランスは崩れてしまうでしょう」
「それは……」
「あなたの前には二つの道があります。愚かな父の罪を背負って民を先導する道と家族と共に歩む道。どちらの道を選ぶかはあなたの判断に任せます」
ケイロスの瞳が見開かれる。要はヘクセに従うか死ねと言ってるようなものだ。これではお願いというより命令ではないか。しかも自決させることによって責任を背負わせる。自分で選んだ道だから最後まで貫き通せと圧をかけれる。目の前の魔女は王族相手に平気で脅迫していた。
「わ、たし、は……」
静寂が落ちる。催促はしない。考える時間を与えることもしない。まだ状況を把握しきれていないのに決断を迫られる。ケイロスは首だけになった父を見る。壊れてしまった彼はケイロスを見ない。良き王と慕っていた父が哀れに映る。それから視線を外して前を真っ直ぐ見る。
「分かった。私は王になる。同じ轍は踏まない。もう二度と悲劇が起こらないように、民を見捨てぬ良き王に」
「良い返事を頂けて嬉しいです。微力ながら復旧作業はお手伝いします。今日はもう遅いですしみなお疲れでしょう。声明は明日としましょう」
とんとん拍子で事が進む。ラトスィーンの独壇場だった。それを理解していてもケイロスには抗う力も気力もなかった。
その夜、魔女たちは他の街や村に住む民にも聖水を振りまいて回った。自我のないスプメテウロから無理矢理情報を吸い出した後、始末した。
建国祭で浮足立っていたイーシス国の民に大きな傷を残して、魔女裁判は幕を閉じた。




