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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
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茫然自失

「ふん、刮目せよ! これが僕の完璧な研究の成果だ。いや、言っても無駄だったな。矮小な人間以下の無能な魔女にはこの素晴らしさを理解することすらできない。そして、お前はここで潰えるからな!」


 スプメテウロが背後の合成生物に命令を下す。どうやら創造主の命令を実行する知能は備わっているらしい。合成生物がインデックスに向かって動き出す。


 インデックスは動かない。布に秘された瞳に何を映しているのか。身動ぎ一つしない魔女にサニバンが慌てる。


 否定しない様子から魔力がないのは本当らしい。だからあの時避けるばかりで反撃しなかったのかと彼女は思い至る。

相手は騎士数人に謎の生物。サニバンとマコルだけでは対処は困難だ。


「お、おい一旦退くぞ。他の魔女を待って」

「卿は復讐の遂行」

「っ! 大丈夫、なのか?」


サニバンは魔女を心配するが言葉を遮るようにインデックスが手を広げる。

 スプメテウロはサニバンとマコルを敵として見ていない。ただ一人、魔女であるインデックスだけを敵視している。合成生物だけでなく連れている騎士もインデックスにけしかけていた。今、彼はフリーだ。


 サニバンの心配と不安を払拭するようにインデックスは頷く。サニバンはマコルの復讐の為にこの場にいる。魔女と親しい関係ではない。少し接点があっただけの赤の他人。本来の目的を違えるなと暗に伝えている。


「分かった。……死ぬなよ」


 決意したサニバンはそれでもインデックスを心配した。離れる前に小さく呟かれた言葉にインデックスは静かに笑う。こんなにも心配されるとは思ってもおらず内心驚いていた。出会いは最悪だった。その後だって。

憎まれはすれど情をかけられる覚えはなかった。魔女になってから、いやなる前もあり得ないと諦めていた。他の魔女は気にかけてくれるが心配とは少し違う。だから純粋な心配に胸が少し暖かくなった。


 インデックスに向かって合成生物と騎士が距離を詰めて来ている。臨戦態勢で近付きながら機を伺っている。


 彼らは思い違いをしている。確かにインデックスは魔力がない。魔術は使えないし体術の心得だってない。自衛で所持している魔道具だってたかが知れている。しかしそれは魔女になってからのことだ。アルノーから押し付けられた魔道具を使っているに過ぎない。インデックスは正しく手順を踏んで魔女になった。つまり、ヘクセに辿り着けるだけの力は持っていた。


 インデックスの周りを烏が旋回する。持ち上げた指に烏が留まる。指の上で烏は近付く獲物を凝視する。


「烏」


 インデックスに応えるように烏が鳴く。合図するように手を払うと同時に烏が飛び立つ。先に狙いを定めたのは合成生物だった。向かってくる烏を押し潰そうとする。


「な……!」

「消えた……?」


 烏を潰そうとした合成生物は砂のように崩れ、吸収される。その光景を離れた場所で見ていたスプメテウロとサニバンは驚愕した。信じられないとスプメテウロは首を横に振る。


「ふ、ふざけるな! あれは僕の最高傑作なんだ。究極体なんだ。負けるなどあってはならないことなんだ!!」


 完璧で最強の不死の生物。それがあんな鳥ごときに負けるなどありえない。あってはならない。人生をかけた研究の集大成だった。これまでの研究の日々が音を立てて崩れていく。努力が意思が夢が、壊れていく。


 スプメテウロは消えゆく合成生物に手を伸ばす。

 ダメだ。やめて。奪わないで。

 ――否定しないで。


 声にならない想いが溢れる。伸ばした手の先で、スプメテウロの夢(最強の合成生物)は完全に消滅した。


「あぁ……っ」


 放心しているスプメテウロをマコルが殴る。呆然自失の体は簡単に吹き飛び、木に打ちつけられる。倒れたスプメテウロにマコルが馬乗りし殴り続ける。もう彼に抵抗の意志はない。心が完全に壊れてしまっていた。殴られながら遠い目をして小さく呟いている。


 インデックスがサニバンらに近付く。騎士も烏によって消し去られた。残るはスプメテウロただ一人。それも、最初の勢いも抵抗する気さえもないようだ。それほどショックが大きかったのだろう。


 殴り続けるマコルをインデックスとサニバンは止めることなく見ているだけだ。殴って殴って殴った。顔は原型を留めていない。それでも彼は殴り続けた。


「もういいのか?」


 マコルが立ち上がってサニバンに近寄る。サニバンの言葉に頷いたマコルの表情はどこかスッキリしていた。苛立ちを拳にぶつけて満足したらしい。


「そうか、良かった。すまないな魔女。私たちはこれで失礼する」


 マコルの頭を撫でるサニバンは彼を慈しむ瞳をしていた。心から愛を注いでいた。インデックスに別れを告げて二人仲良く立ち去る。


 インデックスはスプメテウロの前に立ち彼を見下す。殴られた顔は治りかけていた。想定していた通り、自分にも不老不死の薬を服用していた。それでも眼は虚ろいで小さく呟き続けている。ガラスのように脆い心が砕け散り、自我を失っていた。インデックスの肩に烏が留まる。懐から取り出した短刀を振り下ろしスプメテウロの首を取った。




「マッタク、バーンハ怠慢ダ」


 研究施設を破壊する役割を担ったのはアルノーとバーンの二人だ。しかし、途中でスイッチが入ってしまったバーンが離脱し、アルノーは彼女の分までしわ寄せをする羽目になった。爆破すること自体は簡単だが数が多い。なにより出入口が隠されていたりと辿り着くまでが複雑で大変だった。


「ココガ最後カ。……?」


 最後の研究施設に足を踏み入れたアルノーは首を傾げる。研究員は赤い血を流して倒れており、内は火の海となっていた。これは研究内容を完全に滅却させるために爆破前にやることだ。つまり、あとは爆破させるだけという据え膳状態だった。


 情報を知っているのは魔女と調べていた影のみ。バーンならすでに爆破しているだろうし他の魔女がやったとは考えられない。研究員の仲間割れだとしても状態が完璧すぎる。まるで今までのを見て真似したかのように全く同じ状態だった。


 燃え盛る部屋の向こうから足音が聞こえる。顕になった姿にアルノーは驚きを隠せない。


「ドウシテ、ココニ……セフィラ」


 いるはずのないセフィラが目の前にいる。アルノーは仕事とだけ伝えて出た。魔女裁判のことは一切伝えていない。彼女は工房で留守番しているはずだ。だから目の前のセフィラは偽物。


「アルノー」


 偽物だと、思いたかった。声色、声のトーン、笑う顔、仕草、魔力まで。記憶にある彼女と同じだった。紛れもない、セフィラ本人だった。

 だからこそ混乱している。たとえお大事でも処罰の対象となり得る。そもそもどうしてここにいる。ここは地下に隠された研究施設だ。出入口も隠されていて、知らなければ入ることも出来ない。迷子になって気付いたらここにいた、なんて理由で入れるような場所ではなかった。


 施設を爆破させる。その前に彼女を逃がさないと。他の魔女に見つからない場所。どこに、どうやって?


 考えが纏まらない。それほど激しく動揺していた。震える身体で彼女に近付く。


「セフィラ、セフィ……ラ?」


 腹部に痛みが走る。見下ろすと自分の腹部にナイフが突き刺さっていた。揺れる視界で視線を上げ再びセフィラを見る。


 目の前にはアルノーの名前を呼び、嬉しそうに笑うセフィラがいた。いつものように笑いながら、さらに深くナイフを突き刺した。


「ナ、ンデ……」


 その言葉を残してアルノーは意識を失った。前に倒れたアルノーの体をセフィラは抱き締める。その顔は変わらず笑っていた。

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