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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
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厭悪の情

「陛下、お下がりください」


 側近に止められ前を見れば一人の魔女が道を塞ぐ。


「ふん、全く以て不愉快だ。僕の元に来たのがよりによってお前だとはな、ヴェールの魔女。僕は魔女の中でもお前が一番嫌いなんだ。魔力の持たないまがい物の魔女が」


 占の魔女インデックスは常時顔を布で隠している。それどころか手も首も全身布で覆い肌を見せない。すべてを(ヴェール)に包まれた謎多き魔女。種族も性別も何も情報がない。ついた異名はヴェールの魔女。


 インデックスは魔力を持たずに生まれた。魔術が一切使えない最底辺の人間だ。そのせいで生家から捨てられた。インデックスが魔女になれたのは決して憐れみと同情ではない。正しく試験を通過し、魔女となったのだ。


 スプメテウロは道化から魔女についての情報をある程度提供されていた。そして完璧な自分を差し置いて、魔力を持たないくせに魔女に選ばれたインデックスの並々ならぬ怨みを抱いていた。


「魔力を……?」

「なんだ、逃亡した僕の実験体じゃないか。まさか魔女の手に下っていたとはな」

「っ、やっぱりお前がマコルをこの姿に変えたのか!?」


 インデックスの隣にはサニバンと異形の化け物がいた。マコルという名はヘクセで解放された後にサニバンがつけた名前だ。


 本来魔女裁判の審判は魔女のみが下すのが決まりだ。そのためイーシス国には魔女以外は来ていない。それはお大事とて例外ではない。彼らが手伝えるのは準備段階まで。当日は一切の介入も許されない。発覚し次第、その者には重い処罰が与えられる。


 ただし、それはヘクセ関係者にのみ適用される。二人はヘクセにおいては元捕虜。ヘクセとは関係のない部外者という立ち位置だ。魔女裁判についての情報を渡してはいない。目的が同じで偶然その場に居合わせただけの存在だ。


「ふん、まあいい。僕は新たなる世界の神になるんだ。ヘクセにはその礎になってもらう。さあ出でよ、僕の研究の最高傑作」


 パチンと指を鳴らす。その瞬間大地が大きく揺れた。


「なんだ、あれ……」


 サニバンが信じられないといった様子で茫然と声を漏らした。目の前には先ほどまで確かにいなかった魔物らしき生物の姿があった。見上げるほどに大きな生物。歩くだけで地面が大きく振動する。


 スプメテウロは両手を広げ、醜悪に顔を歪ませ笑った。




「なにあれ」


 シアノスは空を見上げて呟いた。突然現れた超巨大生物。これも合成生物と呼んでいいのだろうか疑念を抱く。


 審判の役割分担はしたがこれは想定外の事態だ。特に指示はないがこの場合は近くの魔女が対処するべきなんだろうな。つまりこれを相手にするのはシアノスだ。そう考え至り、ため息をつく。


「めんどくさい」


 シアノスの心境はその一言に集約されていた。そもそも魔女裁判自体彼女にとっては面倒くさいことだった。魔女としての務めだから渋々参加しているに過ぎなかった。誰が好き好んで厄介事に首を突っ込みにいくというのだろうか。自然の摂理だとか人間が勝手に考えた道理だとかシアノスには興味なかった。

 無論任務はしっかり遂行している。やる気がなくても最低限の仕事ぐらいはこなす。ただ、憂鬱なだけ。淡々と務めを果たしさえすれば何を思おうが勝手だ。情熱だとか命を懸けるだとかくだらない。


 超巨大合成生物は自我がないのかただ歩いているだけだ。近くにいるシアノスに見向きもしない。植物を操って足を拘束するも引きちぎられて効果なし。ならばとトウカで足を切り裂くがその傷もすぐに治ってしまった。聖水をかけても効果が見られないことから再生能力が非常に高い生物。ちょっかいを掛けていても反応すらしていない。


 超巨大合成生物の行く先にはイーシス国の王都がある。このまま野放しにすれば街に入り全てを踏み潰すだろう。王のくせに自国を自らの手で滅ぼそうとするとは相当頭がイカれてしまっているらしい。もはや救いようのないクズ。まあ誰も救いやしないけれど。


「さっさと終わらせよう」


 シアノスはすでに倒す算段をつけていた。どんなに再生能力が高くとも、故意に造られた合成生物だとしても、魔物であることに変わりはない。ならば核を破壊してしまえば済む話だ。


 手のひらほどの氷の結晶を手にする。森の木を何本も引き抜き、頭上に大きな弓を作り出す。氷の結晶を鏃にして矢を作り弓にセットする。弓を引き狙いを定める。


 核は超巨大合成生物のちょうど中心にある。外皮から距離があり、分厚すぎる肉壁を切り進めなければ到達できない。かと言って切った矢先に再生してしまう。


 ピシピシと音が鳴る。限界まで弓を引ききっているせいで木が悲鳴を上げていた。弓幹が反り曲がって弧を描く。矢を放つと同時に弓が壊れてしまった。猛スピードで放たれた矢はシアノスの狙い通り真っ直ぐ核へと飛ぶ。外皮に当たり大穴を開ける。再生するなら追いつかない速度で突き進めばいい。


 巨体に見合うほどの大きな核は当然硬度も相当な硬さだ。僅かなひびをつけただけで矢は止まってしまった。すでに外皮部分から穴は塞がっている。矢も肉厚に圧し潰されて壊されるだろう。


 シアノスは前に突き出した手を握る。動作に呼応するように矢が粉砕して氷の結晶が露わになる。遠隔操作して氷の結晶を核に突き刺すと同時に砕け散る。中に入っていたものが解き放たれる。


 あの結晶は魔蝕薬を凍らせたものだ。肉体が邪魔をするなら強引に核の近くまで運べばいい。短慮な思い付きの改良がまさかこんな形で役に立つとはシアノスは思いもしなかった。そもそも薬自体、作ってみたものの実用性がなかった。使う必要があるほど苦戦するような相手がいないというのも理由の一つだ。


 超巨大合成生物の中で砕けた結晶から魔蝕薬が漏れ核にかかる。浸透し侵食し蝕んでいく。大きさも硬度も意味をなさない。核が砕け散り、巨体は塵となって崩れさった。


 その場を後にしようと体を翻したシアノスだがすぐに立ち止まる。パチパチと拍手する音が背後から聞こえてきたからだ。振り返って目にした人物にシアノスは顔を歪める。


「うわ、最悪」


 現れた人物はたった一回でもう二度と会いたくないと思わせた男だった。


「お会いできて光栄です。私の姫(マイスウィート)


 調査中に遭遇してしまった胸糞男。あの時触れられた手の感触が蘇り思わず手を隠す。舌打ちする。


 やっぱりこの男はシアノスを魔女だって知っていてわざと会った。インデックスほどではないがシアノスも素顔を晒していない。街歩きだってローブを羽織っていないし、魔女であることを隠していた。それなのに当てつけのように招待状まで渡してきた。何が目的なのかは分からない。だけど一つ確かなことはシアノスの害悪()だということ。


「死ね」

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