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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
81/127

理不尽な暴挙

 今日は待ちに待った年に一度の建国祭だ。みなこの日のために何日も前から準備していた。

 王都は祝福に彩られ屋台が立ち並ぶ。美味しそうな匂い、軽快な笑い声。国全体が幸せで満ち溢れていた。


「おまたせ! わあ〜めっちゃ可愛い」

「ほら急いで! 頑張って全制覇するんだから」


 お洒落をして友達と楽しむ者。


「っしゃあ稼ぎ時だ。忙しくなるぞ気合入れてけ!」

「売上一位はアタシたちが頂くさね。あんたたちしっかり頼むよ」


 商魂たくましく競い合う働き者。


「初めてのデート緊張する〜。ねえ、どこもおかしいとこないよね!?」

「告白上手くいくといいな。おれは応援してるぜ」


 色恋には胸を高まらせる者。


 祭りにかける情熱は人それぞれだけれど、大切に楽しみにしていたという心は同じだ。イーリス国は自由国家だ。種族問わず出生問わず自由に人生を謳歌できる国。努力すれば夢が叶えられる理想の国。故に愛国心がある者が多い。王への信頼もまた厚い。


 今日が最高の一日になることを疑う者はいなかった。笑顔で楽しくて充実した幸せな一日を過ごす。日常を忘れて、羽を広げてはしゃぎ回ることを許される日。


 だから、これは夢なんだ。夢じゃなきゃおかしいよ。


 街中に霧が発生した。それと同時に至る所から苦絶叫と悲鳴が上がる。


「な、何が……あっごめんなさ、ひっ!」


 状況が理解出来ずよろよろと後ずさると背中が誰かにぶつかった。振り返るとそこには人間に似た化け物がいた。血走った眼をして、おぞましい声で叫び、暴れ回っていた。そして、消えた。その姿が目に焼き付いて離れない。


「いやああああああぁぁぁぁぁぁ」


 霧で視界が悪く遠くの方は見えない。だけど声は聞こえる。何重にも重なり合う叫び声。声の数だけあの化け物がいると思うと恐ろしかった。もしかしたら自分もそうなってしまうだろうかという考えが頭を過る。


 人の波が押し寄せる。散り散りになって逃げ惑う人々がぶつかり合って怒号をぶつけ合う。誰も彼も他人を気遣う余裕はない。自分の身を守るだけで精一杯だ。突き飛ばされた子供が泣いているのに気付く者はいなかった。


「キャッ」

「こ、今度はなんだ?!」


 大きな揺れが起こる。動きを止めて収まるのを待つ。ガラスが割れ、家が崩れる。何が起こっているのか誰も分からない。


「なに、これ……なんで、こんなことに……」


 見えない恐怖が国民を襲う。底知れぬ恐怖心に足がすくむ。嫌な想像が次々と思い浮かぶ。耳を塞いでも悲鳴が聞こえる。目を瞑っても焼き付いた光景が思い起こされる。何が起こっているのかも、どうすればいいのかも分からない。見えない刃を突きつけられているように感じる。


 今日はイーシス国の建国祭なんだ。楽しい一日になるはずだったのに。幸せな一日になるはずだったのに。なのに、なんで。どうしてこんなことになってしまったのだろうか。こんなこと望んでいない。悪い夢なら、早く覚めて。


「だれか、助けて……」


 その呟きは慟哭と喧騒に掻き消された。




 王都に入ろうとした兄妹は門の近くで三人組の若い冒険者に止められた。青ざめた顔で焦っている。


「街に入ってはダメだ。とても危険なことになっている」

「どうして、今日は建国祭でしょ?」


 この日のために頑張ってお小遣いを貯めた。病気がちだった妹に美味しい食べ物を食べさせたい。楽しい思い出を作ってあげたい。その一心で馬車を乗り継いで体調に気を遣いながら時間をかけて王都に来たのだ。


「今王都は原因不明の霧によって襲撃されている。もう、祭りどころの騒ぎではないんだ」

「でも……」

「お兄ちゃんまた来年行こう、ね」


 冒険者は兄妹を保護すると近くの村に避難させるべく連れ添う。その途中で怪しい人物が行く手を塞ぐ。


「誰だっ!」

「勝手にされると困るんだけど」

「お前がやったのか!? そこをどけぇ」

「待ってあれって魔女っ……」


 女の声を聞かずに突っ走る男。正義感に満ち溢れた印象を受ける若い男の冒険者だった。剣を抜いて一直線に走り向かう男だが、真横に吹き飛ばされた。木に打ち付けられて動かなくなった。


 魔女は歩いて近付いてくる。


「こ、こないで……」

「ひぃぃ殺さないで殺さないで殺さないでごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 健気に妹を守る兄。その二人を怯えながらも庇う女。もう一人は完全に怖気ついて固まっていた。


「こ、この子たちには手を出さな……きゃああ」

「邪魔」


 兄妹を庇う女も同じく吹き飛ばされる。魔女は怯えて抱き合う兄妹を見やる。腕を動かした魔女に兄は眼を瞑って力いっぱい妹を抱き締めた。


 痛みはやってこない。代わりに、バシャンと水をかけられた。何ともないことにホッと息をついて身構えていた力が抜ける。しかし次の瞬間――


「アアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ」


 真横から発せられるけたたましい叫び声に驚く。慌てて横を見るとそこには顔を歪に歪めている妹がいた。瞳孔が開ききって歯を食いしばっている。とても苦しそうだ。


「ア、アア……オニ、チャ」


 固まる兄に妹だったモノが手を伸ばす。その手は彼の目の前に消え去る。掴んでいたものもなくなってしまった。


「あ、ああ……あああああ」


 妹が来ていた服を抱きしめて兄は泣き叫ぶ。嘘だ嘘だと何度も妹の名前を呼ぶ。そして、涙に濡れた眼で魔女を睨みつける。


「殺す、殺してやる。お前なんか……お前なんかぁあああああ!!!」


 殴り掛かった拳は軽々と避けられる。その勢いのまま体勢を崩して転ぶ。立ち上がろうとしても体が動かなかった。体が震えて力が入らない。それでも彼の目は憤怒に燃えていた。怒りと悲しみが彼を掻き立たせる。


「なんで、なんでこんなことを」

「あなたたちに罪は無い」

「!?」

「恨むなら不当に存在を捻じ曲げた己が王を恨みなさい」


 それだけ言い残して魔女は立ち去る。その背中を悔し気に睨む。


「動け、動けよ! なんで、なんで……動かねえんだ」


 彼は地面に拳を叩きつける。ポロポロと涙が零れ地面を濡らす。何も出来なかった。妹を守ることも、その手を取ってやることもできなかった。殴ることも追いかけることも出来ない。震える体が無力な自分が憎い。


「チクショウ、チクショウ! 絶対、絶対仇を取ってやるからな」


 魔女の言葉の意味は分からない。だけど、妹を殺したのだけは分かった。

 冷たく見下す眼と胸元に光る緑のバッジが彼の眼に焼き付いた。




「状況を報告しろ!」

「城に張られた結界により外に出ることは出来ず、攻撃も一切効果がありません」

「城内をくまなく捜索しましたが、侵入者らしき人物はいまだ発見出来ておりません」

「クソッ、どうなっている」


 突如として城を覆う結界が張られた。そのすぐ後、結界外で霧が発生した。城下で何か起きている。けれど、結界に阻まられ外に出ることは叶わない。騎士団の多くは城に待機していた。城内の一部開放に加え、もしもの時に備えて。そのもしもが起きている現状、なんの手立ても取れなかった。想定していた襲撃とは全く違った。なんの目的があっての行動かも誰が仕掛けたのかも不明のままだ。


「一先ず城内にいるものを一箇所に集めて警護しろ。貴族も平民も関係ない、全員だ。どこに敵が潜んでいるかも分からん。各位警戒を怠らず複数人で行動せよ!」


 騎士団を取り仕切っているのは第二騎士団の団長でありイーシス国第二王子殿下でもあるケイロス・イーシスだ。彼の冷静な判断と的確な指示により、城内の騒動は一時の静まりを見せた。


「へー見事な采配だ」

「殿下!」

「っ、いつの間に! 誰だ貴様はっ!?」


 ケイロスのすぐ近くで緊張感のない声が落ちる。彼が振り返るとすぐ後ろに怪しいローブを纏った男が立っていた。その場にいた騎士がケイロスをかばいながら剣を向ける。剣を向けられているのに男は気にした様子もなくケイロスに笑みを向ける。


「そのバッジ、英雄か。これはあなたの所業か」

「半分正解かな。確かにやったのは俺だけど、これはヘクセの総意だ」


 英雄と崇められ人々から最も信頼を寄せられている魔女、複合の魔女ゾルキア。彼が魔女になってすぐに起きたモンスターペアレントをたった一人で終息させた実力の持ち主。全属性魔術、高位の魔術をも難なく行使できるまさに魔術の天才。大迷宮のボスをも討伐した怪物。


 その実力は計り知れない。近くにいても全く気付けなかった。何より一目で強者と分かる風格がある。


「何が目的だ」

「スプメテウロ・イーシスの首。あとは実験の始末、かな」

「なっ、国王陛下の……!」


 どよめきが走る。実験については分からないが王の首を狙うのならば見逃すことはできない。それが英雄と呼ばれる魔女であろうと。


「総員かかれ!」


 ケイロスの号令で騎士が一斉にかかる。不敵に笑うゾルキアが抜刀する。屈強な騎士たちが軽々と打ち倒される。力の差は歴然だった。それでも立ち向かう以外の選択肢は存在しない。


 ケイロスも続いて走りだそうとしたとき肩を掴まれた。頼れる副官であるフェイだった。


「ケイロス、ここは私に任せて行って」

「フェイ! ……命令だ、絶対死ぬなよ」

「ハイハイご命令通りに、団長」


 腹心の部下が前に出る。いつも通りの軽い調子で答えるが声は強張っている。二人とも英雄には敵わないというのは理解している。だからと言って職務を放棄するわけにはいかない。忠誠を誓った一人の騎士として最善を尽くす所存だった。走り去るケイロスを隠すようにフェイが剣を構える。


「悪いけどここから先は行かせないよ」

「傀儡魔術か。面白い使い方をするね」

「英雄に褒められるとは光栄、だ!」


 第二騎士団の副官であるフェイは傀儡魔術を自分に使って戦うトリッキーな戦術を持っていた。自分を傀儡として扱うことにより突飛な動きを可能としていた。宙に留まることも物を動かしたり敵の動きを封じたりもできる。


 副官に任命されたとあって並みの騎士とは実力が違う。そしてフェイの戦い方は非常に理にかなっていた。無理に攻め込まず時間稼ぎに徹底する。己の役割を理解していた。


「この状況が残念で仕方ないよ。悪いけど通してもらうよ」


 ゾルキアが仕掛ける。強烈な一打をギリギリでいなして背後から拘束する。けれど魔力の糸が斬られる。目の前に一気に距離を詰められて深い一撃を入れられた。


「いい戦術だったけど、もっと厄介な人を知っているんだ」

「ま、待て……まだ……」


 英雄の小さくなっていく背に手を伸ばす。薄れゆく意識の中で親友である男の姿が浮かぶ。身分が違うことを気にもせず、無礼な態度を取る自分を呆れながらも許す男の顔を。


「ごめんケイロス」


 騎士としてはあるまじき心得だけれど、フェイは国より親友を優先した。国のために命をかけるなんて不毛だと思っていたのに、親友のためなら悪くないと思えてしまう。お前だけは生きてくれと願いながらフェイは意識を失った。

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