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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
78/127

魔女裁判

 八人の魔女は再びヘクセに集った。重々しい空気が満ちる。いつもの与太話はなかった。


「判決を下します。スプメテウロ・イーシスは我らの忠告を無視。今なお自然の摂理に背き、道理に反する研究の続行を確認。よってかの者は有罪とする。異議のあるものは」


 ラトスィーンが部屋を見渡す。誰も動かず何も言わない。


「よろしい。ではヘクセは魔女裁判を以てスプメテウロ・イーシスに刑を執行することをここに宣言する。来たる裁きの刻は一月後、イーシスの建国祭」


 各々がイーシス国で調査した情報を共有し協議した。厳粛なる協議の結果、イーシス国国王スプメテウロ・イーシスは処罰の対象と選定された。そして――


「彼の被害者には罪はありませんが、その存在は容認できません。世界の膿は等しく排除します」

「はいはい質問!」


 マオが場にそぐわない明るい元気な声で手を上げる。


「前にインデックスさんが連れて来たあの子はどうするの?」

「融合の方か」

「そっちは別に排さなくても問題ないじゃろ」

「自我はあるし道は外れていないよ。ね、シアノスさん」

「神聖力を浴びても変化なかったわ。人間のまま混ぜられただけ」

「生きる意志があるのなら尊重します。不要な命までは奪いません」

「じゃあ二人とも解放しておくね」


 調査の結果、スプメテウロは二つの研究をしていた。

 一つは融合。魔物同士を混ぜ合わせて合成生物(キメラ)を創った。これは魔女試験時の発表テーマだった。別々の魔物個体を融合させ一つの上位個体を創る。魔物と言えど意思のある生物。個の存在を踏みにじる行為に満場一致で不合格の烙印を押した。そして彼に研究の禁止と忠告を言い渡した。

 しかし、研究は魔物に限らず人間にも矛先を向けていた。その被害者がサニバンと一緒にいた異形の者だった。


 そしてもう一つが不老不死。恐らく融合の延長線で辿り着いた可能性がある。不老は未明だが不死は限りなく近く、けれど不完全だった。実態は一度死んだ人間を蘇らせる。死霊術に似て非なるもの。死んでいるから老いることはない。死んでいるから死という概念がなくなっただけ。

 止まった心臓を疑似的な心臓に造り替える。魔物の核を参考にして改造している。けれど心臓と核では原理が異なる。その相違点が歪さを際立たせていた。一度死んで生き返った人間は本当にその者だと言えるのか。


 そして死者(アンデッド)にとって神聖力は猛毒だ。ひとたび浴びればその身は朽ち果て浄化される。だからキラの治癒も聖水も彼らを苦しめた。


 魔女裁判は過去幾度となく開かれた。その度に何人もの人間を屠ってきた。それは決して気持ちの良いものではない。時には無辜の命まで手に掛けなければならない。憎まれ恐れられ疎まられ恨まれるのは当然だ。心が苛まれることもあろう。それでも立ち止まることは出来ない。汚れ仕事を担う立場の存在は必要だ。


 魔女は悪を討つ正義の味方ではない。そもそも正確な正義も悪も存在しない。世界はそんな単純なものではない。複雑怪奇で残酷無情。そんな世界で魔女は正しきを貫き通す。望まれなくても恨まれてもそれが魔女の役目だから。




 執務室は紙を捲り筆が走る音が奏でられている。月が隠れ静かな夜だった。夜が更けてなお政務に没頭するスプメテウロの元に一人の奇客が訪れる。闇から現れたかのように気付けば部屋の中に居た。


「イヒヒヒ。ヘクセがコソコソ嗅ぎまわってるソウじゃナイか」

「ふん、魔女の偉大さを踏みにじるまがい物など脅威にならん。僕の研究の重要性を理解できない無能どもめ」


 スプメテウロの曇りのない自信にそれは愉快に嗤った。狂ったような嗤い声は神経を逆なでするようだ。


「魔女をアマク見ない方がイイ。傲慢は首をシメル」

「問題ない。僕の完璧な研究の前では例え魔女だろうと足元にも及ばん。君には世話になっているが援護は不要だ」

「イヒヒせいぜい期待してマスよ」


 嗤い声を残してそれは闇に消えた。いなくなったのを見えスプメテウロは吐き捨てる。期待などしていないのは分かりきっていた。


 スプメテウロが道化と出会ったのは魔女の試験に落とされた時だ。急に現れたそれはスプメテウロの研究を褒めた。力を貸してやろうと傲慢に援助を申し入れたのだ。怪しさは残るものの彼にとって渡りに船だった。王太子という未来の国王が約束された立場の彼は研究に費やせる時間の確保が難しかった。道化が送ってきた人材は公私ともに有能だった。王となったころには施設は拡大し土台は盤石となった。研究も軌道に乗ってまさに順風満帆だった。


 そんな彼は今も魔女が許せなかった。己の研究の偉大さを理解しない無能と罵った。ヘクセを見返して自分こそが真の魔女になるのだと豪語した。




「振られて可哀そぉなボス、あたくしの蟲で慰めてあげますわぁ」

「見捨てていーの? あれじゃあ、死んじゃうよー」

「イーヒッヒッヒ。欲しいモノは手に入った。もう用ズミだ」


 暗闇の中で道化たちが嗤う。一切の光も立ち入らないそこに、妖しく光る瞳だけが浮かぶ。


「退屈なセカイに終止符を。愉しい愉しい愉快な(地獄の)幕引き(ショー)へご招待致しマショウ。喜ばせてクレよ、ヘクセ」

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