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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
76/127

迷子の孤児

「めんどくさい……」


 西国イーシスのとある宿の一室でシアノスとバーンが密会する。ついにシアノスにもお鉢が回ってきたのだった。


 ヘクセは西国イーシスの国王スプメテウロ・イーシスを敵視している。理に反する行いをしている可能性が浮上しているからだ。だが裁くにも証拠がなければならない。秘密裏にヘクセは彼を調べていた。すでにいくつか研究施設を突き止めている。


「シアノスは森を詮索」


 そう言ってバーンはイーシス国の地図を机に広げた。その地図にはすでに書き込みがしてあった。邦土内にある森は大小合わせて六つ。それを見てげんなりする。広い遠い怠い広い。そう文句を言ったところで何も変わらない。結局やらなければならないのだから。盛大なため息をついてシアノスは宿を出る。




 一方その頃、キラは街を散策していた。隣にいるのはバーンの付き人である、タタとシュツだ。二人ともバーンと同じく機械人形(オートマタ)だ。タタはメイド服に似た格好をしている少女の形。頭に鈴が付いていて、動く度に鈴の音色が響く。シュツは人の形ではなく犬の形をしている。顔の部分が面になっており光で表情を表現している。バーンと違い、どちらも音声機能が搭載されていない。会話は出来ないが、それぞれ別の意思疎通の手段が備わっている。


 大通りの端の方で子供が泣いているのを見つけた。小さい男の子が一人泣いていた。周りの人は気付いていないのか誰も見向きもしていない。


「迷子でしょうか?」


 キラは男の子に近付いて目の前にしゃがむ。


「大丈夫ですか? お父さんかお母さんはいらっしゃいますか?」

「う、ひっく……たすけて」


 ポロポロと涙を流す少年をキラはあやす。タタは頷き、シュツはグッドサインを映した。


「私が力になります。心配いりません」

「……ホント?」

「はい」

「っ、ありがとお姉さん」


 泣き止んだ少年はまだ濡れている顔で嬉しそうに笑った。少年はキラの手を引いてどんどん歩いていく。どこかに向かっているように迷いなく歩いていく。


「あの、どちらに……?」


 さっきまで泣いていたとは思えないほどニコニコしている。キラの質問にも何も答えない。笑顔を貼り付けたかのように笑って歩いている。

 風景は過疎っていく。人が減り、建物が減り、活気が減る。街から離れ郊外に出る。その間少年は一言もしゃべらず、ただ笑って真っ直ぐ前を向いていた。周りに建物がなくなった。ひたすら一本道を歩いていると丘の上に一つ、建物が現れた。


「あれがあなたのお家ですか?」

「うん!」


 ようやく少年はキラに視線を向けた。

 建物は小さな家だった。木の柵があってその内側で子供たちが遊んでいる。子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。


「孤児院でしょうか?」


 孤児院で育ったヒイロがよく話を聞かせてくれた。教会から出た後、実際に案内してくれて訪れたことがあった。その時と良く似ている。キラたちに気付いた子供が一人、こちらに走ってくる。少年と同じ背丈の女の子だった。


「もーやっと帰ってきた! 探したんだからね」

「ごめん、でも見つけたよ。この人が助けてくれる。あの人は?」

「まだ帰って来てない。急ごう」


 少女は焦っていた。二人とも声を潜めて暗い表情をしている。歩き出そうとした少年が突然しゃがむ。胸を押さえて苦しみだした。


「大丈夫!?」


 キラがしゃがんで少年の背中を擦る。少女も少年の肩に手を添えている。目を見開いて息が激しい。大量に汗が流れていた。頻りに少女が街の方を見る。その顔には焦りと怯えがあった。


「ぁ、ぁあ……」


 キラが治療しようとしたとき、少女がか細い声を零す。少女に視線を向けると街の方を向いて驚愕して固まっていた。振り返ろうとしたとき、後ろから男の怒号が聞こえた。


「おいおい何やってんだよクソガキどもっ! なに部外者連れて来てんだアァ!?」


 その声に小さな二人がビクリと肩を震わせる。明らかに怯えている二人をキラが抱き締める。いつの間にか子供たちの笑い声も聞こえなくなっていた。

 振り返るとタタとシュツがキラを守るように立っていた。その先にこちらに歩いてくる男の姿が見えた。


「あなたは誰ですか」

「そいつらの管理者だよ。なあ、帰ってくんね?」


 腕の中に居る子供は異常なほど震えていた。明らかに男を怖がっている。ただごとではない様子に力が篭る。少年は助けてと言っていた。二人の服は服ともいえないボロ布でやせ細っていた。劣悪な環境で育てられている。

 シュツの顔は怒りが表されていた。キラは力強く頷いて男に向く。


「出来ません」


 自分でも驚くほど固く低い声が出た。キラは男に対し怒っていた。

 拒否された男は首を傾け眼をかっ開く。


「じゃあ死ね」


 剣を抜いて走ってくる。タタが遮るように一歩前に出る。手が回転して鋭い刃に変わった。


「タタさんっ!」


 キラの声にタタは顔だけ振り向いて小さく頷く。走り出して男を迎え撃つ。


「お姉さん……」

「大丈夫、大丈夫ですよ」


 怯える少年がキラに縋るように服を掴む。その手は震えていた。シュツに従ってキラは二人を連れて孤児院の方に向かう。後ろでは激しい交戦が続いていた。


 敷地内に入ったキラたちにそこに居た子供たちが集まる。二人よりも小さい。同じようにボロ布を着ていた。みんな、やせ細っていた。子供たちは団子になって声も出さずに怯えている。


「たスケて」


 少年がキラに縋る。その声はとても苦しそうで切羽詰まっていた。助けたいと思っていてもキラはどうすることも出来ずに途方に暮れていた。


「クソガキどもォォ!」

「え……?」


 男が叫ぶと同時にそれは起こった。少女が少年の体を刺していた。空虚な瞳で感情の消えた顔で少年の体に剣を突き刺していた。声を出さずに少年は倒れた。その体には剣が刺さったままだった。剣を離した少女は無表情で棒立ちしていた。


 すぐに傷を癒す。だけどいつもと違った。


「なんで……どうして!」


 治療を施したら少年が大きな声で叫び出した。半狂乱状態で暴れ苦しんでいる。そこで異変に気付いた。少年の体から血が流れていない。刺された剣から血が出ていない。

 少年が崩れていく。ぼろぼろと肌が捲れていく。獣ような声を上げてもがき苦しんでいる。それを子供たちが押さえていた。一言も発さず泣きもせず。


「クソ、クソッ! 邪魔しやがって、ふざけんな! 殺す……殺ォす!!」


 男が叫ぶ。殺気に満ち溢れた声だった。男に視線を向けていたキラは近くの足音に気付き前を向く。少年を押さえている子供たちの前に少女が立っていた。無表情なのは変わらずだが、静かに涙を流していた。


「莠コ髢を助けて」

「え?」


 少女の声がぶれる。言葉が聞き取れなかった。固まるキラにシュツが治療を促す。


 目の前にはかたまっている子供たちがいる。無表情でこちらを見つめる子供たち。それぞれ体のどこかに触れていて繋がっていた。

 震えている手を子供たちに翳す。手から神聖力の光が出る。


 少女が笑った、気がした。


 神聖力を浴びた子供たちは一斉に叫び出す。少年と同じよう苦しみ悲痛の叫びを上げて暴れ出す。引っ込めようとした手が掴まれた。少女だった者の手が、止めないでと強く握る。そして子供たちは灰になって消失した。キラの前には服だった布だけが残っていた。

 掴まれた腕には痕が付いていた。痛みがこれが現実だと伝えている。


「クソ、クソがっ、クソガァァァ」


 男が叫ぶ。タタに刃の足で刺し押さえられていた。それでも這い上がるように顔を上げてキラを睨んでいた。罵詈雑言を飛ばしていた。

 けれども男の声はキラに届かなかった。ひたすら眼前の布を見つめて茫然としていた。一寸も動かず静止していた。


 チリンと鈴の音が聞こえた。気づいたらキラは宿にいた。見上げればシアノスが座っていて、タタが給仕をしていた。


「シアノスさん、あの……ぁ、」


 言葉が出てこなかった。何を言おうとしているのかも何を言えばいいのかも分からなかった。シアノスは何も言わない。静かにキラを見つめてる。タタもキラを見ている。キラは二人の視線が怖かった。責められているように感じた。視線が揺らぐ。

 頭の中には子供たちの姿がまざまざと思い浮かぶ。張り付いたように消えない。笑った声も怯えている姿も狂乱した様子も。全部見ていた。全部、覚えている。

 胸が押しつぶされる。苦しい。違う。神聖力は人を癒す。この力は傷を治すもの。みんなを笑顔に、だから、あんな……。


 パンッと乾いた音でキラが意識が引き戻される。眼前にシアノスの合わさった手がある。手がどいても立っているシアノスの顔は見えない。視線を動かすことが出来なかった。


 キラの後ろに回ったシアノスは優しくキラの眼を覆う。真っ暗な視界の中でも彼は微動だにしない。少し上体を屈んで距離を近付ける。


「眠れ。それは悪い夢。眠って忘れなさい」


 囁くようなシアノスの声がスゥ―っとキラの耳に入る。シアノスの冷たい手の感触がした。草花が混じったような香りが鼻を擽る。

 一気に脱力したキラをシアノスが支える。眠ったキラをタタに手渡す。タタは丁寧にキラをベッドに運び寝かせた。あどけない顔で穏やかに眠っていた。


 ここまで取り乱したキラは初めて見た。それほど心に深刻なダメージを負っていた。彼にとっては衝撃的で刺激が強かったのだろう。日中のことはシュツが記録した映像で確認した。今はバーンがシュツを伴って件の施設を調査している。眠るキラの体内では神聖力が活発に蠢いている。目が覚めるころには忘れている(修復してる)だろう。

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