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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
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獣と聖女

 時は少し遡りシアノスとキラが倒れたあとのこと。数時間ほどでキラは目を覚ました。


「おはようキラさん。体調はどう?」

「マオさん……はい、大丈夫です」

「うん、大丈夫には見えないからしばらくこの部屋にいてね。ラミナ熱も佳境は迎えたし、後はここの人間に任せても問題ないよ」

「そう、ですね」


 何か言いたそうな目に心情を察したマオは反対側を指差す。指の先に視線を向けるとシアノスの顔があった。同じベッドの隣で寝ていた。


シアノスはまだ目を覚ましていない。キラとは違って体力はないし魔力でカバーすることは出来ない。回復薬や丸薬では一時しのぎにしかならない。それに加えて毒まで抱えていた。当分は目を覚ますことはないだろう。

シアノスが()()()()()()()からマオは特に心配していない。


「まだ寝ててもいいんだよ?」


上体を起こすキラを支えながらマオは心配する。顔色は戻っているけど神聖力はまだまだ回復していなかった。


「いいえ、起きてていたいですか」


隣に眠るシアノスを見つめてキラが言う。無意識なのかシアノスの頭を撫でている。


マオはその様子を憂い顔で眺めていた。微笑ましいけど悲しくて羨ましい。複雑な気持ちを抱えていた。

シアノスが氷薔薇ノ王と合っていなかったらキラと親密になっていたかもしれない。人間同士の恋仲。

その考えにマオは頭を振る。それは起こりえない未来だ。氷薔薇ノ王に出会わなければシアノスは死んでいた。仮に生きれたにしても魔女にはなっていないのかもしれない。その場合、キラは死ぬまで聖女として教会に使い潰されただろう。過去があるから今がある。どこかで一つでも違っていたら、きっと今の状況は訪れない。


あ、と声を零したキラに目を向ける。彼はシアノスから視線を移してマオを見ていた。


「マオさんが仰っていた物、お渡しします。上手くできているといいのですが」


 そう言ってキラはマオに袋を渡した。中を見るとピンク色の紐みたいものが何本も入っていた。


「もう作ってくれたの!? うん、神聖力がしっかり込められている。ありがとうキラさん」


 一本を取り出して確認したマオはキラにお礼を言う。

 それは異形の子のゴタゴタの後のこと。別れ際に対洗脳用にと神聖力を込めた物を作ってほしいとキラにお願いした。みんなにも配りたいから多めにお願いと言った通りに何本も作ってくれていた。

 早速それぞれ手首につける。ピンク色が良く映える。


「それにしても、自分の髪を使うなんてよく考えたね」

「シアノスさんが自分の体の一部なら力も定着しやすいとおっしゃっていましたので……ですが、他人の髪を身に付けるのはやはりお嫌ですよね」


 経緯は大方予想がつく。キラが相談する相手と言えばシアノスしかいない。シアノスが言っていることも間違っていないし、ちゃんと神聖力は定着しているから性能としては問題なかった。


 いくら一般常識が抜けていると言ってもキラの感性は普通だ。当初は別の素材を試していた。まだ特訓中の身で上手く神聖力を流すことが出来なかった。そこで試しにと自分の髪を切って神聖力を流してみた。するといとも簡単に上手くいったのだ。悩んだ末、キラは自分の髪を使うことにした。


「うーん、まあ人間は動物や魔物の牙や毛皮を加工して身に付けるっていうし、それと同じって思えば普通か」


 首を傾げるキラにマオが笑って察する。


「ああそっか、キラさんにはまだ言ってなかったね。ボクはマオルガナスっていう魔物なんだよ」

「魔物、ですか」

「フフン、見てて!」


 ベッドから少し離れたマオは軽快な掛け声とともに姿を変えた。そこには二つの頭を持つ小さい犬の姿があった。クルクル―と回ってからマオは人の姿に戻る。


「本当はもっと大きいんだよ。ここでそうしちゃったら城が壊れちゃうし、みんなを脅かしちゃうからね」

「てっきり獣人だと……それに、この子も使役している魔物だと思ってました」

「ああ、シアノスさんと妖精女王と会ってたらそう思うよね。ボクたちは分離しているだけで同じ存在。だからボクもマオでこっちもマオなんだよ」

「だからいつも一緒にいるのですね」


 ややこしい話だが人の姿のマオも仔犬の姿のマオもどちらもマオだ。他の魔女はマオを一つの存在として分けずに見ている。同一個体だし魔力は繋がっているので間違ってはいない。日によって人と仔犬の姿を交代している時もあるから分けて考える方が面倒というのもある。

 シアノスとキラを運んだ時はどちらも人の姿を取っていた。もちろん誰にもバレないよう配慮してるし実際見られていないので問題になってない。


 マオが魔物と意思疎通できるのは単に自分も魔物だからだ。マオは他の魔物に()()()をして力を借りている。ただそれだけだ。温厚な魔物であれば強者であるマオに従う。

 しかしマオが魔物というのはヘクセの人間しか知らない情報だ。傍から見れば魔物を操っているようにしか見えない。名前も合わさってついた異名は魔王。

 彼はヘクセが設立した初期から存在している魔女だ。魔物だから魔力が尽きない限り死ぬことはない。年齢という概念がないから当然と言えば当然だが、これも魔王と恐れられている一端となっている。



 不意に微笑むキラの顔がレアの笑顔と重なって見えた。


「レア、さん?」

「あ、ううんなんでもない。そうだお腹空いてない? ボク食堂に行って食事をもらってくるね!」


 誤魔化すように話をすり替えてキラの返事も聞かずにマオは慌てて部屋を出る。


「どうしたんでしょうかマオさん。マオさんは分かりますか?」


 出て行った扉を見た後、膝元に視線を移す。そこには気持ちよさそうに寝ている仔犬姿のマオがいた。

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