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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
73/127

ブレッシーと忠告

「ラミナ熱収束を祝って、カンパーイ!」


 その夜、城ではパーティーが開かれた。皇帝の回復と尽力してくれた使用人たちを慰労する宴だ。急遽開催されたパーティーだがシェフ渾身の豪勢な食事が並ぶ。


「もっと料理を持ってこい!」

「慎重に急いで運べよ!」


 キッチンでは今なお大急ぎでシェフたちが料理を作っている。完成した料理から順に運ばれるが運んだ端からものの数秒で平らげられている。

 ホールの中央ではエドライーギスとマオが大食い勝負をして盛り上がっていた。体がデカいエドライーギスはともかくとして小柄のマオのいったいどこに大量の食べ物が入っているのかとても謎だ。


 それを遠目に見ながらキラとルーはゆっくり料理を堪能していた。この数日間で二人は仲良くなった。エドライーギスが目を覚ましてからは平穏が戻り、ルーはキラを誘って街に繰り出した。その時の眼を輝かせてはしゃぐ様子と言ったら穏やかな彼女とのギャップでそれはそれは可愛かった。


 二人の元に側近の一人であるサミムがやって来た。


「気の合うご友人が出来たようで良かったですねルー殿」

「サミムさんワタシは別に友達がいないわけじゃないですよ」

「ですが人族で同性のご友人が欲しいと嘆いてましたでしょう?」

「ウッ、それはそうだけど……」

「え」


 ルーとサミムの会話を聞いてたキラは声を上げた。二人はどうしたのかとキラを見ると口を押えて申し訳なそうに眉を下げていた。


「えっと、ルーさんごめんなさい」

「急にどうしました? ハッ、まさか友達だと思ってたのはワタシだけ……」

「ち、違います。ルーさんとお友達になれて私も嬉しいです。ですが、その、同性ではなくて」

「ああ、ルー殿はこのような格好をしておられますが女性ですよ」


 ルーはズボン姿のスーツを着ていた。少年のような格好をしているせいで男と間違えられるがれっきとした女性である。


「ああ、やっぱり……えっと、私男なんです」

「ワタシオトコナンデス?」

「はい」

「男……?」


 申し訳なさそうにする頷くキラにルーは驚きの声を上げる。それはホール中に響くほど大きな声で視線が一気にルーに集まった。


「え、ええっ!? いや、だって、ウエッ?!」

「驚きました。キラ殿のことを女性だと……申し訳ございません」


 ルーとは反対にキラは男の身でスカートをはいていた。さらに髪が長く仕草も女性らしい。手は長くてキレイで腕捲りしたときに見えた腕も細かった。確かに力はあるけどとても男には見えなかった。


「ワタシとしたことが性別を見誤るなんて……」

「ごめんなさい」

「わーキラさんが謝ることじゃないです。勝手に間違えたワタシたちが悪いんです。だから悲しそうな顔しないで。ね、オーケー?」

「お、おーけー?」


 ワイワイと騒ぐホールには笑いで包まれている。みなが楽しそうに嬉しそうに笑っていた。



 その裏で灯りをつけず闇夜に紛れて動く影があった。


「これで良しっと。ありがとうコロ、お疲れ様」


 パーティーが開幕して早々離脱していたシアノスは温室に向かった。そこにはもう患者はおらずキノコだけが生えていた。ずっと温室内でキノコを維持していたコロを回収して温室を元の姿に戻していた。保管していた草木を元の場所に戻して元通りにしていた。どこにも隔離部屋としての痕跡は残っていない。たくさん褒めて労わった後、コロを惑いの森に送り返した。


「隠れていないで出てきたら」


 シアノスの声に背後でガサガサと音がした。灯りを持って現れたのはルーだった。


「いつから気付いてました?」

「最初から。そのまま立ち去ろうと思ったけどあなたに聞きたいことがあって」

「へー奇遇ですね。ワタシも薬師サマに聞きたいこと、あるんですよ」


 シアノスの冷ややかな瞳がルーに向けられる。相変わらず彼女がなにを考えているのか分からない。気丈に振る舞っているがルーは内心少し怯んでいた。


「あなたブレッシーでしょう」

「何を根拠に?」

「……知り合いにいるの」

「そうですか、そうですよ。ワタシは一度見たものを忘れない記憶力のブレッシーです」


 ブレッシーとは神からの贈り物、祝福、恩寵などと呼び方は様々だが要は特別な力を持つ者のことだ。ルーはナルクと同じく記憶力がずば抜けて高いブレッシーだった。一度見たものは忘れない。例えば本を流し見したとして、内容を全部暗記できている。ちらっと見えた風景も人の顔から服装、石粒一つまで記憶している。

 有名なところで言えば神聖力、聖女はみなブレッシーだ。

 他には未来を視るとか無尽蔵の魔力とか不死とかのブレッシーがいるらしい。らしいというのは明確に断定できるわけではないからだ。ブレッシーであると自覚している者もいれば知らずに一生を終えてしまう者もいる。絶対となる判断基準は存在していない。


「好奇心旺盛なのは結構。でも魔女に関しては探らないことを勧めるわ」

「その魔女ってのはなんなんだよ」

「魔女は隠し事が多いの。知りたくもない真実を知っているし、知られたくない情報は隠している。もし公になってしまえば、処理しなければならない」

「わが身が可愛いなら知らぬ存ぜぬを貫けって?」


 シアノスは笑う。肯定も否定もしない。明言しないのが余計に恐怖を与えると知っている。

 ルーの性格上、知ってしまったら行動に出てしまうタイプだ。隠し事は達者ではない。

 その点ナルクはよく理解している。情報がどれほどの力を有しているのかを理解している。しっかりと線引きして情報を精査できる賢さがある。知られてはいけないこと、故意に秘匿されている理由、知っていると悟られてはいけない情報、もたらす未来。


 例え大陸屈指の武力を誇るガイシェムル帝国と言えど、魔女には敵わない。覇王と名高いエドライーギス・ガイラオスのお気に入りだとしても魔女には関係ない。彼女が原因で帝国とヘクセが争うことになっても十中八九帝国に未来はない。


「確かに忠告したわ」


 静止しているルーを置いてシアノスは温室を後にする。


 宴もたけなわなところで、シアノスはマオとエドライーギスに帰る旨を伝える。挨拶もそこそこにシアノスとキラは帝国を去り、家に帰った。

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