依頼の始末
「はぁ~、つっかれたぁ~」
叩いても揺すっても起きる気配のない聖女のせいで、結局転移陣は使えなかった。渋々、ほんっとうに渋々だが起こすのを諦めて夜通しメルツに頑張って飛んでもらったのだ。唯一の救いは、王国と惑いの森が同じ大陸だったということだ。転移陣を経由すれば数刻で辿り着ける道のりだが、半日近くも掛かってしまった。それでも空を飛んで進むというのは地上ルートで行くより遥かに速い。
「お疲れメルツ。長い間ありがとうね。ゆっくり休んでちょうだい」
メルツの顔をたくさん撫でてやる。気持ちよさそうに顔を緩ませて「ぅめぇ~」と鳴く。しっぽをブンブンと振って喜びを身体で表現しているメルツは癒しだ。これだけで幾分か気分が落ち着いてくる。疲れは取れないけどね。癒されて疲れが取れるとかないから。人間の身体はそううまく出来ていない。ああ、早く寝たい。今日はちゃんとベッドで休もう。
メルツは聖女を優しく地面に降ろしフワフワ~っと森の中に飛んでいった。魔女が扱う魔物はみな惑いの森に棲んでいるので返還する必要はない。
「ただい……」
「魔女様っ! せいじょ、キラ様はご無事ですか!?」
ドアを開けようと取っ手に手を掛けた瞬間バンッとドアが開く。内開きにしてよかったと改めて実感した。さもなければドアが開いた勢いで吹っ飛ばされていた。確実に。
ドアから勢いよく飛び出して来たのはヒイロだ。ああ、忘れてた。そういえば留守番させていたんだった。夜の森を歩くのは結界があるにしても危険なことには違いないので家にいてもらったのだ。森の入り口近くには村があるが、その村に宿があるのかは知らない。
徹夜明け、疲れた心身に大声は追い打ちだ。頭がキーンと痛み、思わず頭に手をやる。疲れた身体にこの仕打ち、苛つくなと言うのは無理な話だ。
「そこよ。悪いけどわたしは疲れたから寝るわ。依頼は達成ってことでもういいわよね」
地面に横たわる聖女を指さしながら家の中に入る。ヒイロの返事を聞かずにそのまま自室へと向かう。いつもは研究途中に寝落ちするので机に突っ伏して寝ていることが多い。だが今回は、しっかりとベッドで眠りたかった。それに、疲れすぎて研究する気も起きない。
聖女様ーと叫ぶヒイロの声を後方に階段を上りベッドに直行する。倒れ込むようにベッドに横たわり、そのまますぐに眠りに落ちた。
ちゅんちゅんと心地良い鳥のさえずりで目を覚ます。ベッドで寝たおかげか身体の調子は近頃の中で一番いい状態だ。しかし鳥とは……。もしかして今、朝かしら。一日中寝てた?
けれどそんなことはどうでもいいことだった。頭が冴え疲れは取れ、とても調子がいい。鼻歌でも歌いそうなほど機嫌よく階段を下りていく。しかし機嫌が良かったのはそこまでだった。ダイニングにヒイロの姿が見取れ気分は急降下した。
「…………なんで、まだいるのよ」
「っあ、魔女様。おはようございます。――……良かった。魔女様まで目が覚めなかったらどうしようかと……」
ヒイロは魔の顔を見て安堵の息をついた。その様子に何かがあるのは容易に察せた。だからこそ、なおさら、魔女の機嫌はどんどん悪くなっていくのだ。
「魔女様、キラ様がお目覚めになられないのです。何をしても目を覚まされなくて……どうか診てくださいませんか?」
何をしてもって一体何をしたのかしら? この少女、なかなか結構脳筋思考なところあるから。聖女相手でもなんだかんだ手とか出してそう。いや、今はそんなことより――。
「なんでまだあなたが家にいるのよ。わたしはちゃんとあなたの依頼を達成したわよね。それともなにかしら? 教会に居られなくなったから養ってとか、しばらくの間泊めて欲しいとか、わけのわからないことを言わないわよね」
「い、いえ、そこまで面倒みてもらうつもりはありません。あたしは冒険者として生計を立てるつもりです。ですので、魔女様にはキラ様のことをお願いしたく……」
「却下よ、却下。ちゃっかり面倒ごとを押し付けるんじゃないわよ。全く。わたしが受けた依頼は聖女の奪還。その後はことはわたしにはあずかり知らぬこと。分かったのならあなたの大切な聖女を連れて早く出て行きなさい」
机を叩く。ひ弱な魔女は威力が弱く大した音はならなかったが、それでもヒイロは身を縮こませた。
「それは大人げないではないですか、シアノス」
いつの間にかドアが開いていて一人の女性が家に入って来た。その人物は魔女がよく知っている人。そして、今一番会いたくなかった人。
「水の……随分早いじゃない。それに、盗み聞き? 随分と趣味の悪いことで」
「話のすり替えは良くないですよ。それに、これはあなたの起こした問題です。依頼を受けたのなら最後まで面倒を見てあげるのもあなたの仕事ですよ」
チィッと舌打ちを打つ。魔女、シアノスの悪態を笑顔で受け流し諭す訪問者は水の魔女だ。今回の依頼は国と教会に対して争いへと発展する可能性があったため、ヘクセに事前に連絡を入れておいたのだ。と言っても王宮に着いてから送ったので事前というより事後報告のようなものだが。
伝書鳥がヘクセに着くのは深夜ぐらい。ヘクセには常に誰か魔女が滞在しているとは限らないから来ても早くても一週間はかかると踏んでいた。
しかし読みは外れた。伝書鳥が辿り着いた翌日にタイミングよく水の魔女がヘクセに訪れた。伝書鳥の内容を読み、事実確認をして情報を精査するのに一日で十分だった。
誰かは詳細を聞くために来るだろうとは思っていた。訪れたのはシアノスの予想通りで一番来たら嫌だなと思っていた水の魔女だ。魔女には上も下もない。いつ魔女になったとしてもみな同僚なのだ。そもそも関り自体基本的に学会のみというのが普通だったりする。研究気質の曲者揃いが魔女だが水の魔女はそれからすれば異質だ。他の魔女と交流しわざわざ心境を聞いたりする。それもあってか魔女内でまとめ役のような立ち位置にいる。
「それなら水のが持って行ってよ。人手はあるに越したことはないんでしょう。療養ついでに仕事させればいいじゃない」
「確かに人手は多い方が嬉しいです。まだまだ事業拡大を計画していますからね。生憎ですが、シアノスに心配されるほど切羽詰まってはいません。それに、拾ったのはシアノスですよ。拾った責任は取るものですよ」
ああ言えばこう言う。それはシアノスにも言えることなのだが自分のことは棚に上げる。
「忙しいようなので此度の件の詳細についてはまた聞きに訪ねますね。さあ、そこの少女。森の外までわたしと一緒に行きましょうね。件の聖女についてはシアノスがちゃんと、責任を持って、看護しますので安心してください」
勝手に話を切り上げて水の魔女はヒイロの手を引き外へと歩き出す。
「勝手に決めるんじゃないわよ。わたしは……っ」
言葉に詰まる。玄関のドアを開けたまま振り返り「シアノス、いいですね」と一言言った。笑顔だが目が笑っていない。無言で圧をかけてくる彼女こそ大人げないとシアノスは思う。
「ああ、いつでも温泉を利用しに来ていいですよ。もちろん、二人のことを歓迎します」
暗に聖女が元気になったら一緒に来いと言っているのだろう。シアノスが聖女を看護することは彼女の中では確定事項のようだ。これでは何を言ったとしても無駄だろう。こちらが折れる以外この問答を終わらせる方法はない。
「……っはぁ~、わかったわよ」
わざとらしく大きい溜息をしてそっぽを向く。なんとも子供らしい仕草に水の魔女は和み笑みを深める。悪態をつきながらもやると決めたらやる子だ。そんなシアノスを水の魔女は可愛いと思っている。
「あっ、待ってください。依頼の報酬がまだ……」
「ああ、いいわよ。それは聖女からもらうから」
魔女同士のやり取りをオロオロと双方の顔を交互に見ながら聞いていた。無事キラを治してくれそうな話に落ち着いたヒイロは安堵した。緑の魔女が診てくれるのなら安心だ。
安心したら思い出した。依頼を受けた彼女から報酬の話が一切なかったことを。そうだ、キラの看病をしながらその考えに至り、モヤモヤしていたのだ。自分が払えるものならいいのですがと不安だった。
しかし、報酬も素気無く断られてしまった。それもキラに報酬を払わせてしまうとは。
まだ何か言いたそうだったヒイロだが、水の魔女に強引とは感じさせないが鮮やかな手際で連れられ森へと歩きだす。




