ラミナ熱
獣人族は頑丈だ。免疫力が高く滅多なことでは体調を崩すことは無い。故に、病を甘くみている。獣人族には関係のないことと切り離している。
免疫力が高くても抵抗力まで高いというわけではない。病に対抗する抗体を持たない彼らは一度でも罹患すれば重症化は免れない。
前例がないから備えもない。その甘さが身を滅ぼすとは知らずに。
獣の特徴が混ざっている獣人族と人族とでは体の作りが違う。さらに厄介なことに獣人族と偏に言っても種類は多く、種族によっても異なるのだ。十の種族があれば十の異なる人体があるということ。人族でも個体によって多少の差異はある。だが獣人族は元の個体の部分から異なるのだ。
ガイシェムル帝国に突如として流行した病気、通称ラミナ熱。
初めは人族の風邪に似た症状だった。軽い咳、喉の痛み、頭痛。彼らは特に疑問に思わず、不遜にもそのまま放置した。知らない内に治って、その事すらも記憶に残らず忘れてしまうだろうと。
しかしその当ては外れた。日に日に症状は悪化していく。気付いた時にはもう手遅れだった。手足は麻痺し、体が動かせなくなっていく。意識はかすみ、起きていられる時間は減っていく。最期は寝たきりになり衰弱の一途を辿る。
「現在把握している範囲では感染しているのは獣人族だけです」
「罹患した獣人は」
「街の各所にある治療院で隔離しています」
「獣の今すぐ全員を城に運びなさい。それぐらいは働いてもらうわよ。城内で隔離に適した広い部屋がある建物は」
「……温室は如何でしょうか」
「すぐに案内して。あなたたちは獣人族以外の子を集めて。それと獣人族は病人に決して近づかないように徹底しなさい」
王の寝室にいた四人、側近の獣人ワルバンとサミム、人族の少女ルー、宰相である魔族の男ゼンネル。
シアノスの指示で一斉に動き出す。シアノスはキラを伴ってルーに温室の案内をさせる。側近二人は人集め。マオはゼンネルと共に病人の運搬を任せられた。
温室に向かっている途中でキラがシアノスに話しかける。
「マオさんに運搬を任せて大丈夫なのですか? もしマオさんも患ってしまられたら……」
「獣のは病とは無縁の存在よ、心配要らないわ。それに、手数を増やせる獣の以外に適任はいない」
「着きました。ここが温室です」
温室に到着したシアノスはさっと見渡して頷く。温室は温度湿度が一定に保つため密閉されている。菌の繁殖を抑える環境として申し分ない。出入り口は一つだけで窓一つない。外に菌を排出させるようなことはしないようにするが万が一ということもある。その点ここは城からも多少距離が離れている。隔離に適した要素が揃った理想の隔離部屋だ。
残す問題は病人を寝かせる場所の確保。当然だが温室には手入れが行き届いた美しい花が管理されている。建物自体は広いが病人を収容するには面積が足りない。
シアノスは区切られた区画ごとに植えてある草花をまとめて亜空間に保管する。すべてを保管し終えれば遮るものはなくなり見通しが良くなった。
次にシアノスはキノコ型の魔物コロッシグナのコロを呼び出す。シアノスに呼ばれたコロは嬉しそうに体を震わせた。
「コロお願い」
以心伝心。その一言だけでシアノスの意思が伝わりコロは大きく体を震わせる。温室内の地面から次々と白いキノコが生え伸びていく。温室内全域を埋めたそれは膝下ぐらいまで高さがあった。
「わわっ」
「うわぁナニコレ!?」
そのキノコはかさが平らで面積が広く弾力がある。上に人が乗っても問題なく支えることが出来る優れもの。要はベッドの代わりだ。
場所の準備が整ったところでタイミング良く病人が運ばれてきた。一人一人布に包まれて鳥に運ばれている。絶え間なく運ばれてくる病人を温室に並べていく。
「シアノスさんこの子で最後だよ」
マオが獣人を抱えながら戻ってきて病人が揃った。まあまあな広さがあった温室には病人で溢れかえっていた。全員を収容できたものので想定より人数が多かった。
「キラ、ここの指揮は任せるわ。くれぐれも病人に治癒を施さないこと」
「分かりました」
集まった使用人と病人の看病を任せる。しっかり予防線を張れば意図を汲み取った彼は強く頷く。看病の心得はあるので温室を任せられる。
片っ端から一人一人診ていったシアノスはその中から五人選んだ。特に症状が進行していた重症患者の獣人だ。彼らを王の寝室に運び入れる。
「どうして移動なんて」
「実験体にするためよ」
「なっ!?」
弱ってる彼らを実験体にだなんて極悪非道過ぎる行いにルーは驚愕する。本当に彼女に任せて大丈夫なのかと心配になる。
「特効薬が確立してない現状、手当り次第に調合して試す他に方法はない。獣人族にしか掛からない以上実験体は必要不可欠」
そもそもシアノスは薬師ではない。一通り文献を読み漁ったことがあり病薬の知識はある程度記憶しているがそれだけだ。実際のところ専門外。解毒薬の部類なら慣れているが病の特効薬なんて作ったことは無い。
いつもの自分に投与して効力を確かめるという方法を今回は使えない。
「重症化している方が状態が分かりやすい。それに一番危ない彼らを手元に置いておいた方が対応しやすい」
集中したいから出ていってと追い出したシアノスは彼女らに入室禁止を言い渡す。早速調合に取り掛かろうと扉に手を掛けたシアノスに側近の二人が待ったをかける。
「シアノス殿、他に我らに出来ることはありませんか!?」
「何でもいい、何もしないでただ待っているのは苦しいんだ。騎士団の連中だってみんな力になりたいんだ!」
獣人族である彼らに出来ることはない。ただ近づくなと言付けただけだ。これ以上病人を増やすような行為は避けたい。
けれどそれでは彼らは無力感に苛まれる。国の一大事に指をくわえて見ているだけしか出来ないのは彼らの忠義心を傷つけるだけだ。
「それならここに書いた物を集めて。それぐらいなら出来るでしょ」
「ああ……ああ、任せてくれ! どんな素材だろうと集めてくるぜ」
心のケアをするつもりはないがせっかくの戦力を活用しない手はない。この先どんな素材が必要になるかも分からないから手当り次第に持ってこさせる。こんな状況下でもシアノスは私利私欲をないまぜにして素材リストを作成した。
やる気に満ち溢れた側近ないし騎士団はすぐに出征した。是非とも潤沢に取ってきてくれ。
「よろしくねシアノスさん」
マオの強い瞳がシアノスに向けられる。絶対的な信頼感を寄せるマオにシアノスは何も言わずに背を向けた。
部屋に入ったシアノスは大きく咳き込む。壁に手をつけて身体を支える。口元を拭い息を整える。
「【召喚】、マス」
『マスター♪』
するりとシアノスの体に巻き付いたマスは頭を擦りつけて甘える。撫でながらもシアノスは憂い顔をしていた。マスにお願いすることはとても酷な内容だ。
「ごめんマス、大変だけどお願いしていい」
『モチロン。マスター、ヤクタツ、ウレシイ』
「ありがとうマス」
変わらないマスの様子にシアノスの心は少し軽くなる。先ずはエドライーギスからとベッドに近づく。
マスは彼の腔内に蔦を突っ込んで分泌液を流す。目を覚まさない彼らに生命維持に必要な栄養分を無理やり与える。この行為はマスの生命を削ると同義だから出来ることならあまりやらせたくはない。それも一度に大量にとなるとマス自身が危ない。
『マスター、オワッタ。ウレシイ?』
六人目の栄養供給が終わった後、マスはだいぶしなびれてしまった。とても苦しいだろうにこの可愛い子は弱音を吐かない。それどころか歯を食いしばってツラそうにしているシアノスを慮る気持ちまである。
「ええ、嬉しいわ。とても助かった。ありがとうマス」
だからシアノスはたくさん褒めた。ありがとうの気持ちを込めてたくさん撫でて抱きしめた。




