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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
65/127

間令嬢は公爵様

 連邦国家サーコルのラジャ領はゾルキアとアレキシオの故郷だ。街全体に水路が引かれておりその上を小船が進む。船は運搬用の水運船と観光用の旅客船とで二種類ある。


「キレイな街ですね」

「故郷を褒められるとうれしいですね。キラさん、私の我が儘に付き合ってくださりありがとうございます」

「いいえ、私の方こそ素敵な街を案内してくださってありがとうございます。とても楽しいです」

「そう言ってくださると助かります」


 シアノスとゾルキアが戦っている最中、キラとアレクシオスは街に赴いていた。陽気な船頭にキラは手を振り返す。


 当人たちは全く気付いていないが二人はとても目立っていた。容姿端麗の美男美女がデートしていると噂が人を呼び集めていた。あの空間が空気が違くね、と遠巻きに二人を目の保養にしていた。穏やかな雰囲気に話しかけようとする野次馬もちょっかい掛けようとする輩も二の足を踏む。


 そんな二人の前に一台の馬車が止まる。馬車の中から一人のメイドが出て来た。


「アレキシオ様、ルーザお嬢様の使いによりお迎えに参りました。そちらのお連れ様もご同行願います」

「ルーザさんが……! わざわざありがとうございます。キラさん参りましょう、足元に気を付けてください」


 キラを守るように前に出て警戒していたアレキシオだがルーザの名に反応を示す。警戒を解きパッと表情を明るくする。キラの手を取り流れるような所作で優しく馬車にエスコートする。無駄のない動きに野次馬たちはほぅと見惚れる。その姿はまさしく王子様とお姫様の様だった。


 アレキシオは元貴族令息だ。身についた所作は未だ抜けきれておらず気品が漂う。ゾルキアといるときは常にされる側だがアレキシオにだってエスコートの心得はある。教え込まれた所作は身体に沁みついている。


 キラは貴族のマナーを知らない。これが女性に対するエスコートだというのももちろん知らない。

 手を差し出されれば迷わず取る純粋な心根の持ち主。親切を無碍に出来ない心優しい性格。疑うことを知らない良心の塊。


「キラさんお手を」

「ありがとうございます」

「な、なにをなさっていますの!?!?」


 目的の場所についたらしく、馬車から降りていると女性の甲高い叫び声が聞こえた。目の前にそびえ立つ大きな建物の門から一人の女性が猛スピードで走ってきた。


「手を繋いで仲睦まじい様子、紛れもない浮気行為ですわよ!」

「お久しぶりですルーザ。今回はイーシス国で有名なケーキをお持ちしました」

「まあ、ありがとうございますわ! ……って違いますわ!! そちらのお方はどなたですの!?」

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はキラと言います」

「ご丁寧に、わたくしはハウンドッグ公爵家当主、ルーザ・ハウンドッグですわ。以後お見知りおきを。……ってそうではなく、あなたアレキシオとはどういう関係ですの!?」

「関係……は、その、お、お友達……です」


 キラは小さな声ではにかみながら答える。恥ずかしい話しだがキラには友と呼べる親しい間柄の人はいなかった。だからヘクセで仲良くなったお大事の三人が初めての友達となる。友達という響きが心地良くもあるが言葉に出すのはまだ慣れてない。故に照れた物言いになってしまう。


 恥ずかしそうに赤らめたキラに盛大な勘違いをしているルーザは雷が落ちたような衝撃を受ける。アレキシオは複合の魔女ゾルキアのお大事。これは立派な浮気、いえ不倫行為だわ。旧知の仲として見過ごすわけにはいかない。


「見損ないないましたわアレキシオ、ゾルキア様という方がいながらこのようなふしだらな……」


 そこでアレキシオはルーザが思い違いをしていることに気が付く。


「誤解ですルーザ。キラさんは男性です」

「なお悪いですわーーーー!!!!!」


 ルーザの叫びが天高く響き渡った。




 ルーザは初めて会った時からゾルキアを慕っていた。王子様のような彼に恋簿を抱いた。同じ公爵家であった両家は交流が多く、二人は会う機会は多かった。他人に興味を持たないゾルキアにとってルーザはただ一人の異性の知り合いだった。

 婿を望むハウンドッグ家としては嫡男であるゾルキアを婿にするのは厳しかった。けれど両親はルーザの好きにさせた。家のことは気にせず好きに行動させた。猛アタックするルーザだがゾルキアが振り返ることはなかった。


 恋に盲目になりきれないルーザは適齢期になっても婚約者がいない現状に負い目を感じていた。家のためにも別の殿方に目を向けるべきだろうことは理解していた。それでも諦めきれない心に葛藤していた。

 ある日ルーザは見てしまった。成長してさらに美麗になったゾルキアの愛しげ見つめる瞳を。ずっと見てきたから一目で分かってしまった。初恋は伝えられずにそっと閉じ込めた。


 「いつまでウジウジと迷っていますの。あなたも彼のことを好いているのでしょう? 家のことも他人のことも考えないで自分に正直になりなさい。後悔してからでは遅いのよ!!」


 迷っていたアレキシオの背中を押し、勇気を与えたのは他でもないルーザだった。


 「ルーザ様はいいのですか? あなたはルキのことを……」

 「ええ、わたくしは彼のことが好きですわ。大好きです。でもわたくしではダメですわ。あの方が愛しているのはわたくしではなくあなたですもの。だからこそあなたが許せませんわ。相思相愛のくせにいつまでも立ち止まっている弱いあなたが許せません。わたくしは好い人と添い遂げたいと思う以上に好きな人が幸せでなければ嫌ですの!」


 涙を流しながら叱咤するルーザは美しかった。失恋してツライはずなのに、恋敵であるアレキシオを妨害するどころか応援する彼女がとても眩しく映った。




「お恥ずかしい思い違いをしていましたわ。アレキシオ、キラさんもごめんなさい」


 暴れるルーザを取り押さえ懇切丁寧に説明をしてなんとか誤解が解けた。シュンと落ち込んだルーザは正直に謝る。


「全くとんだ迷惑ですお嬢様。そもそもお部屋でお待ちになる予定でしたよね? どうして外で待ち換えていたんですか」

「だって、噂が……それに親しげに手を繋いで」

 「自分の眼で見た物しか信じないんじゃなかったんです? それに、どう見てもただのエスコートでしょう」


 ぐちぐちと悪態をついているのは馬車で迎えに来てくれたメイド、ルーザの専属侍女のメリーだ。彼女たちは主人と使用人の立場だが子供のころからの仲でルーザに対して砕けた態度を取っている。ルーザ曰く辛辣で毒舌で容赦ないけどめちゃくちゃ有能で頼りになるとのこと。公私の分別はついている。


 しくしくと泣き言を言いながら手土産のケーキを口に入れるとパッと表情が明るくなった。美味しい美味しいと幸せそうに食べている。コロコロと表情が変わるルーザにキラは微笑む。


「ルーザさんはとても可愛らしいお方ですね」

「ええ、私とルキの仲を取り持ってくれたとても優しい方なんです」

「良かったですねお嬢様。殿方から可愛くて優しいと褒められてますよ」

「やかましいですわメリー!」


 プルプルとリンゴのように赤く染まった顔で怒鳴っても全く怖くない。照れるルーザをメリーは鼻で笑う。それでも内心はルーザを慮っていて喜んでいた。


 ルーザがこうして表情が豊かに子供のように振る舞えるのは気の知れた相手の前だけだ。彼女は三年前に起きたモンスターペアレントを境に変わってしまった。ルーザの父である前当主は国を護るために前線に出て命を落とした。後を追うように母も倒れてルーザは一人になってしまった。一人娘だったルーザの他に後継者はおらず、ハウンドッグ公爵家の当主にならざるを得なくなった。両親の死に沈み込むが哀しみに暮れることは許されず、当主として仕事に追われる日々を過ごす。公爵家の当主に女がなることは彼女が初めてだった。当然、風当たりは悪い。公爵家を護るために、他家に侮られないようにと必死になっていた彼女はやがて感情を表に出さなくなった。常に神経を張り詰めてピリピリしている彼女についた名は狂犬公爵。

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