表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
62/127

花と追憶

「ありがとう、キラ!」


 少し赤くなった目と鼻で笑うシンシアはとてもきれいだった。初めて彼女の本当の笑顔を見た気がした。


 二人は再び手を繋いで歩き出す。けれどさっきとは違う。シンシアもキラの手をしっかりと握っていた。


 仲良く歩く二人だがその実状況は何も変わっていない。ずっと同じ景色の中を歩き続けている。花畑という名の見えない監獄の中に囚われていた。それにシアノスを戻す手段も見つけたい。


「どうすればいいのでしょうか」

「どうしたのキラ?」


 途方に暮れるキラの不安が声に出ていたようだ。心配するシンシアにキラが安心させるように笑う。


「大丈夫です、シンシアさんは私が守ります。ここから出る方法も絶対見つけてます」

「ここからでたいの?」

「はい?」


 シンシアの言葉には確信めいていた。もしかしたら彼女はこの花畑から出る方法を知っているのだろうか? だとすれば落ち着いているのにも納得がいく。


「シンシアさんはここから出る方法を知っているのですか?」

「うん、しってるよ」


 呆気なく答えたシンシアにキラは肩透かしを食う。シンシアは未来のシアノス、幼少の頃でも知識量はキラよりも多い。一人でも出来ることといえば本を読むぐらいだった。賢くなればお父様が褒めてくれるかもしれないという希望も抱いていた。


「このおはなはねランミジンっていうの。はなことばは『わたしをわすれないで』」

「花言葉?」

「それぞれのおはなにはいみがつけられているの」

「シンシアは賢いですね」


 頭を撫でながら褒められてシンシアは照れて頬を赤く染める。とても嬉しそうだ。


「そ、それでね一つだけシエンっておはながはえているのがみえたの」

「気づきませんでした」

「いろがにているからね。シエンはうすむらさきいろのおはなだよ」


 それからキラは花を注視しながら歩く。けれどなかなか見つからない。


「キラこっち」


 グイっと手を引いてシンシアは方向を変える。指差した先に目を凝らしてみると確かに少し色が違う花が見えた。


「これがシエンよ」

「シンシアさんはすごいですね。私一人では見つけることが出来なかったと思います」


 それはキラの率直な感想だった。シンシアを褒める意図はなかった。事実、キラは違う花があることもその花を見つけることも出来なかった。一人ではずっと花畑に閉じ込められて一生出られなかったのかもしれない。


「この花にも花言葉はあるんですよね」

「……うん」


 モジモジと躊躇う様子のシンシアにキラは首を傾げる。シエンを突くシンシアは頭を振ってその花を摘む。


「キラ、わたしキラのことわすれないよ」

「シンシアさん?」


 両手で掴み胸の前で握って彼女は笑う。その姿はとても儚くていまにも消えてしまいそうでキラは思わず手を伸ばした。けれどその手は何も掴むことはなかった。


 急に辺りの霧が濃くなる。霧にのまれてシンシアの姿が見えなくなる。


「シンシアさん! シンシアさん!!」


 何度呼びかけても返ってくる声はなかった。視界は霧に囲まれて何も見えなくなった。



「……い、……なさい…………起きなさい!」

「はい! あれ……シアノス、さん?」


 パチリと意識が呼び戻される。目を開けた先にはのぞき込むシアノスの姿。子供の姿じゃない、いつものシアノスの姿。


「全くいつまで寝ているつもり?」


 上体を起こし、自分の手を見つめる。

 寝ている……あれは夢だったのだろうか。でも、手の感触は残っている。服の胸の部分も少し濡れている。あの時間がとても夢だとは思えなかった。


 狐につままれたような感覚に陥ったキラはしばらく動けないでいた。


「スノウドロップは見つけたわ。早く帰るわよキラ」

「は……え?」


 手を差し伸べたシアノスの手を掴もうと伸ばした手が触れる前に止まる。勢いよく顔を上げたキラにシアノスは首を傾げる。


「い、今、名前を……!」

「………………っ!」


 訝しむシアノスだが視線を彷徨わせた数瞬後、ボンッと音が聞こえるぐらい一気に顔を赤くした。どうやら無意識だったらしい。首まで赤くしたシアノスはとても慌てた様子で顔を手で覆っている。それでも隠せていない部分はリンゴのように真っ赤だ。それでも差し出した手は変わらずキラの前にあった。


 立ち上がりながら差し出された手を掴む。そのまま手を握ってキラは歩き出す。


「ちょっと!」


 手を引かれたシアノスは反抗の声を荒げる。前を歩くキラの顔は見えないが、繋がれた手の力が強くなった。


 名前を呼ばれて嬉しかった。

 シアノスは名前を識別記号だと言った。けれど彼女は頑なに人の名前を呼ぶことをしなかった。それほどシアノスにとって名前を呼ぶことは特別なことなのだろう。だからこそ、名前を呼ばれたことがとても嬉しかった。しかも無意識に。


 キラの顔はとてもほころんでいた。とても見せられないぐらいに頬が緩んでいた。それほど嬉しいことだった。


 それでもキラはシアノスに振り返った。破顔した顔のままシアノスを見る。


「はい、帰りましょうシアノスさん!」


 その顔がとても嬉しそうで、まだ顔に赤みが残るシアノスは口を閉ざす。目を見開いたシアノスを見てさらにキラが微笑む。

 その笑顔と繋がれた手の温かさが鮮明に記憶に焼き付かれた。




 家に帰ったシアノスはすぐに研究室にこもった。

 キラは部屋にある本棚を調べた。大きくない本棚には隙間なく本が並べられている。本の数は少なく、魔術全集や魔物図鑑といった厳選された本が置かれている。その中の花図鑑というタイトルの本を見つける。


 シンシアが言っていたようにそれぞれの花に花言葉が記述されていた。ページを捲っていくと目当ての花を見つけた。


 シエン、花言葉は『きみを忘れない』


 その文字を指でなぞる。


「私も忘れません、シンシアさん」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ