墓地迷宮の花畑
「えーっと……シアノス、さん?」
「? わたしはシンシアだよ」
そう言って笑う少女にキラは戸惑う。無邪気な笑顔を見せる彼女は子供そのものだった。
子供になってしまったシアノスを前にキラはとても困惑した。
時は少し遡る。
氷薔薇ノ王を心配したシアノスは少しでも助けになろうととある迷宮に来ていた。
大陸各地に点在する迷宮はギルドの管轄だ。管理していると言っても割と出入りは自由で実態は緩い。迷宮ごとにランクがつけられており、特徴や魔物の情報などはギルドに保管されていて閲覧は自由だ。
冒険者は依頼や実践を積むために迷宮に赴く。事前に情報を収集するのも自由、どの迷宮を選ぶかも自由だ。基本自分のレベルにあった迷宮を選ぶのだがたまに傲り高ぶった連中が無謀に高ランクの迷宮に入って命を落とす場合もあるがそれも自由故だ。責任は全て自分にある。それが自由の象徴である冒険者というものだ。
実際に出入口が管理されているのは北端にある大陸を繋ぐ大迷宮だけ。それ以外の迷宮は冒険者でなくても入れてしまう。
シアノスが向かった迷宮はアンデッドが蔓延る墓地迷宮。死霊系の魔物が出没する。狙いは迷宮のどこかにある花畑。そこに咲くスノウドロップと呼ばれる花だ。
花畑は隠しエリア。気づいたら花畑に迷い込んでいるらしい。どの階層かもどうやって入るかも不明。辿り着けるかはその人の運しだいというクソ設定。
死霊系魔物はめんどくさい。ゾンビやスケルトンなどは核を壊さないと倒せなかったりレイスや死神は物理攻撃が一切効かなかったりと厄介な魔物だかりだ。さらにアイテムをドロップしないことから冒険者から嫌厭されている。
おどろおどろしい雰囲気の迷宮内だが、今現在ただの散歩になっている。一向に魔物が現れないまま気付けば五階層に到達していた。
それもこれも恐らくキラがいるからだろう。死霊に対して神聖力は天敵だ。触れるだけで浄化されるため出てこないのだろう。
不毛な戦闘が避けれて非常に有り難いのだが、同時に迷宮内である実感も湧かない。そのまま一回も魔物と会うことはなく最下層ボス部屋の前についてしまった。
「シアノスさん入らないのですか?」
回れ右して階段を上がるシアノスにキラが声を掛ける。
「目的は踏破ではなく花畑に着くことよ。ボスに挑む必要はないわ」
来た道を戻っていく。何往復すれば花畑に行けるのか考えていたその時、辺りに霧が立ち込める。
「来た、花畑よ!」
シアノスが走り出す。霧の中では見通しが悪くキラも後を追いかけるが見失ってしまった。右も左も分からずまま進んでいると霧が晴れる。
「わぁキレイ……」
見渡す限り一面に青い花が咲いていた。小さい青い花がびっしりと群生している。ここがシアノスが言っていた花畑なのだろうか。
霧が晴れて見通しが良くなったがシアノスの姿がどこにもなかった。
「シアノスさーん」
大声で呼んでも声は反響しない。それでも呼びながらシアノスを探した。
探し始めてからだいぶ時間が経過した。キラは地面に腰を下ろして休憩していた。
ずっと歩いているのに景色は変わらない。真っ直ぐ一直線で歩いていたのに一向に壁に到達しない。まるで同じ場所をグルグル回っているような。
ふいに手に何かが触れた。視線を下ろせば蒼色の瞳と目が合う。深緑色の長い髪の小さな少女がキラを見つめて首を傾げる。
その顔に見覚えがあった。少女の姿をした氷薔薇ノ王とそっくりだった。しかし髪と瞳の色が違う。この色合いはシアノスと同じ……
「もしかして、シアノスさん……ですか?」
少女はキョトンとしてキラを見つめる。そして首を横に振る。
「わたしはシンシア、シンシア・ルキグワンよ。シアノスじゃないわ」
その名前に聞き覚えがあった。シンシア・ルキグワン、シアノスが魔女になる前の名前。
「あなたはだれ? ここはどこ?」
「あ、私はキラと言います。ここは墓地迷宮内のお花畑、でしょうか?」
「キラね、よろしく」
幼くなったシアノス、いやシンシアはニコッと笑う。少し舌ったらずで屈託のない笑顔でキラの名前を呼ぶ彼女はキラの知るシアノスとは似ても似つかなかった。
「ねえキラはなにをやっているの?」
戸惑うキラを知ってか知らずかシンシアは笑顔で話し掛ける。二人は今、手を繋いで花畑を歩いていた。
「私はシアノスさん、緑の魔女という方の付き人?をしています?」
とても曖昧な言い方になってしまった。キラの立場はとてもおぼろげだ。確かな事実としては元聖女で緑の魔女の客人ということだけ。だが客人と言うのもまた違う気がする。助手ではないし、どちらかと言うと使用人?
「まじょってどんなひと?」
「魔女様はとても強くてとても優しい方です」
「キラはそのひとのことすきなの?」
「はい好きですよ。命の恩人であり尊敬するお方です」
笑顔で言い切るキラにシンシアは目を細める。
「いいひとにあえてよかったねキラ」
そう笑うシンシアはどこか寂しそうで、泣いているように見えた。その様子にキラの心は締め付けられる。会ってからずっと笑顔だった。知らない場所にいて不安だろうにずっと明るく振る舞っていた。
そうだ、シンシアはこういう子なんだ。どんなにツラくても明るく笑う女の子。愛して欲しい家族に冷遇されても笑顔を絶やさない女の子。その小さい体でたくさん傷つけられて苦しんで全部を我慢して一人で生きる女の子。
全然強くなんかない。我慢して表に出さないようにしているだけ。その心はずっと苦しみ傷つき泣き叫んでいる。閉じ込めて見ないように気付かないようにしているだけなんだ。誰も味方がいない孤独の中で助けを求めている。普通の女の子なんだ。
そう思った瞬間キラはシンシアを抱き締めていた。力強くけれど優しく包むように。
「シンシアさんを愛してくれる人は現れます」
「……ほんとう?」
「本当です。それに今は私もいます」
「…………うん」
シンシアの声は震えていた。縋りつくようにキラの背中を掴み抱き締め返す。小さく鼻をすする音は聞こえないフリをする。彼女の気が止むまで小さな背中を撫で続けた。




