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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
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予期不能な不調

「魔女、お願いだ! 無味無臭の毒を売ってくれ」


 雨が振っている夜だった。魔女の家に訪問者がやって来て開口一番言った。男は酷く衰弱していた。目の下はくぼみ、唇にハリはない。服もボロボロで雰囲気も暗い。


「毒殺でもするつもり? そうでなくても断るわ」

「誰かを殺すなんてしない! 自分で使うんです。生きるのが苦しくて人生に疲れてもう死にたくて、魔女の毒でやすらかに死のうとしました」


 男がすべてを諦めたように笑う。溜息をついたシアノスは立ち上がる。


「帰りなさい。わたしは毒は作らないわ」

「待ってくれっ!」


 男が立ち去ろうとするシアノスの後を追う。伸ばした手がシアノスに触れる直前。もう片方のナイフを握った手を振り下ろす。油断している今が好機。完全な死角からの攻撃でニヤリと口角を上げた。


「え」


 体が動かない。男の首から下が氷漬けにされている。情けない悲鳴が漏れる。


「ち、ちがう! 体が勝手に、操られているんだ。オレの意思じゃない。助けてくれ」


 男の言葉は矛盾していた。死にたいと言ったすぐ後に助けを求める。死の気配に怯えて、生に執着し出した。死ぬ覚悟も中途半端な男。


「助け、ひぐぁ。うううぐぐぐががあああぁぁぁぁ」


 突然大声で苦しみ出した。振り返ると男が頭が小刻みに震えている。凍らせた胴体の氷が割れる。尚も男の体は揺れ動く。不自然な動き。男の肌が脈打ち膨れ上がる。


「あがっ、ぎぎぃぃあああ」


 ブクブクと膨れる。その姿は元の倍の大きさ、高さは天井に届きそうになっていた。目は白目をむき、口からは泡を吹いている。もうとっくに意識はなくなっていた。


「っ!」


 シアノスが慌てて男を凍らせキラを掴んで外に逃げる。そのすぐあと、男が破裂した。氷を突き破り、爆散した肉片と血が部屋中に飛び散る。部屋の中には悪臭が立ち込める。あまりの惨事に気分が悪くなる。


「シアノスさん?」


 シアノスの姿が重なってキラからは中の様子が見えない。扉を閉めて振り返ったシアノスは口を手で押さえていた。顰めている顔は心配になるほど酷く青ざめていた。


「気持ち悪い」

「シアノスさん……シアノスさん!」


 弱弱しく呟いた後、シアノスは意識を失う。倒れそうになる彼女を支える。揺すっても目を覚ますことはなかった。力なく眠る彼女はどこか苦しそうだった。




 目覚めたシアノスは嘔吐した。胃液を吐瀉した後数回空吐きして吐き気は治まった。けれどその顔はまだ青ざめている。気分も全く優れないし呼吸も浅い。


「シアノスさん、大丈夫ですか!?」


 家から出てきたキラがシアノスの容態に気付いて背中を擦る。


「ごめんなさい、少し我慢してくださいね」


 辛そうにするシアノスに一言断りを入れてからキラは彼女を抱き抱えた。またシアノスの意識が遠のきそうになっていた。運ばれていることに文句一つない様子から大分弱っているのが明白だった。きれいに片づけた家の中に入り、ベッドまで運ぶ。苦しそうにするシアノスを治療を施すが顔色は変わらない。


 シアノスの手が弱弱しくキラの手に触れる。口を開閉する彼女に耳を寄せる。


「へや、はなを……」


 キラはすぐに部屋を出て、研究室に向かった。誰もいないが丁寧に断りを入れてから扉を開ける。研究室の中は雑然としていた。大量に積まれた書類が幾つもの山を成し、広いはずの部屋がとても狭く感じるほどだ。壁には様々な薬草が干されている。


 物が溢れている部屋の中、一角だけきれいな箇所があった。大釜の周り、前にある長机の上は物が少なかった。調合用なのだろうか。その近く、くり抜かれたように開いた壁に咲いてある青い花に目が行く。視線が引き寄せられるように魅入られる。青く光り輝くそれはとても存在感を放っていた。


 シアノスが言った『はな』が何かは分からない。けれど、なぜかこれのことだという確信があった。誘われるように近付いて手を伸ばす。花に触れた瞬間花弁が一枚落ちる。持ち上げるとそれは氷で出来た花の様だった。冷たいそれを持ってシアノスの元に戻る。


「シアノスさん、お持ちしました」


 キラの声で薄く目を開く。見えるように目の前にかざすが視線が定まっていないのか反応が乏しい。小さく口を開ける彼女に躊躇いながらも氷の花弁を口に入れる。辛そうに飲み込んだ後、息を吐いて瞼を閉じる。


 青ざめた顔色は戻り、苦しそうに歪めた顔も穏やかなものになっていた。安定した呼吸を聞いてキラは床に座り込む。


「良かった……」


 安堵して暫くシアノスの寝顔を眺めた後キラは引き続き掃除を始めた。キラはなんともないがシアノスにとってはとても危険なものなのかもしれない。次に目覚めたときはキレイさっぱり元通りの状態で迎えれるようにキラは丹念に掃除した。


 キラの掃除技術はすごいものでシアノスが目を覚ましたころには家の中はすっかり元通りになっていた。肉片も血痕も臭いすらもなくなっていた。



 シアノスは家の地下に向かった。そこには氷薔薇ノ王が眠っている。大きな氷の結晶の中で彼女は眠る。その氷に手を当ててシアノスは口を開く。


「ロサ、大丈夫?」


 その問いに返ってくる声はない。


 シアノスの家は木で出来ている。巨大な切り株の中をくり抜いたような家だ。氷薔薇ノ王の依り代、妖精樹。家と彼女は繋がっている。地下はその核となる部分。

 彼女に話し掛けても反応が返ってこないのを心配して地下に足を運んだ。


 両手を額を氷に当てる。集中すると鼓動が伝わってくる。

 安静に眠っているだけだと分かり安堵する。


 最近、彼女が眠っている時間が増えた。森にいる妖精たちもどことなく元気がないように思える。

 同じくしてシアノスも睡眠の時間が増えた。元々小食であったがさらに食が細くなった。エルフの里から帰った後、一つ変わったことがある。

 シアノスの研究室の壁に咲いた氷の花。定期的にその花弁を食べるように言付けられた。

 口に入れた途端花弁は溶け込み喉を滑る。とても甘美な味だった。今まで食べてきた中で一番美味しいと感じた。なにより、食べた後はロサに包まれているような感覚になる。とても心地よくて恍惚な息が漏れる。


「ロサ……」


 呟いた声は氷のように冷たく落ちる。寂しさ抱えたままシアノスは地下から出る。

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