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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
58/127

エルフと異形

「サニバン、私は里を出る。必ず里を救う手段を探して帰る」


 主がいなくなり、作物が実らなくなった。庇護がなくなったせいか、森の空気が悪い。里のみんなは日に日に衰弱していく一方だったころ、イルザが里を出た。


 サニバンも後を追って里を出たがイルザの姿を見つけることは出来なかった。数日が経過してサニバンは諦めて里で彼の帰りを待つことにした。里に戻る道中で彼と出会った。


「くそっ、どこに逃げやがった!」

「早く見つけて連れ戻すぞ」


 森の中を複数の異種族が悪態をつきながら走り回っている。それを隠れてやり過ごす。辺りに気配がなくなったのを確認してからサニバンはそれに話し掛ける。


「行ったみたいだ。ここも安全とは言えない。早く別の場所に移動しよう」


 サニバンは彼の手を取って移動する。一言も話さない彼だがサニバンの言うことを聞いてくれる。


 彼の名前も追われている理由も分からない。魔物のような見た目の彼からは血が流れていた。どうしてかサニバンは彼を見捨てることが出来なかった。気づいたら手を差し伸べていた。


 不意に後ろで音がした。振り返ると彼が倒れて動かなくなっていた。


「お、おい、大丈夫か?! あと少しで洞窟に辿り着く。もう少し頑張ってくれ」

「――いたぞ、こっちだ!」

「ちっ、見つかったか」


 サニバンは彼を守るように前に立ち、追手向かって弓を引く。放った矢は頭に命中し倒れる。近付く前に殺る。幸いなことに追手は手練れではなかった。次々と撃ち殺し、すぐに最後の一人になった。


「答えろ。どうして彼を狙う」

「し、知らねぇ! 俺らはただ雇われただけだ。あの化け物を研究所に連れ戻せって、ホントに知らねぇんだ。なあ頼む、殺さないでくれ」

「そうか」


 そして、最後の一人も殺した。弓を引く手に迷いはなかった。懇願されようが何の感情も生じない。元々排他的なエルフ族、異種族を排除することに躊躇はない。


「研究所……確か、魔女という奴が好き放題していると言っていたな。お前は魔女にやられたのか?」


 洞窟の中に避難して彼を手当てした。酷い怪我で痛むだろうがそれでも声を出すことはなかった。もしかして声を封じられているのだろう。だが話しかけても一切反応が返ってこない。せめて身振りだけでも返してくれれば良かったのだが。


「安心しろ、お前は私が守る。魔女を見つけて元の身体に戻してやるからな」


 サニバンは里のこともイルザのことも頭の片隅に追いやっていた。彼を助ける、それがサニバンの原動力となった。


 一夜明けて、森の中で魔女を見つけた。



 魔女に捕まって数日が過ぎた。予想外なことに待遇は悪くなかった。いや、正直に言ってとても快適だった。部屋から出られないものの食事は三食しっかり配給された。質の良いベッドに浴槽まである。懸念していた彼と離れ離れになることもない。尋問されたのは最初だけで、それでも拷問の類はされなかった。


 後で教えられた話しだが、彼を異形に変えたのは魔女ではないらしい。初めは嘘をついていると疑っていたが待遇を考えたら心が揺らいだ。でも、そうだとしたら、大きな過ちを犯してしまったのではないか。

 不意にイルザの顔が頭を過る。悲痛な声に顔は見ていなくても表情は容易に想像がつく。


「なあ、私はどこで間違えてしまったのだろうか」


 サニバンの独白に答える者はいない。異形はサニバンを慰めるかのように身を寄せた。




 客室の扉を開ける。中にはエルフ族の女性と異形の化け物が身を寄せあって寛いでいた。


「何の用だ!」

「用があるのはそっち」


 シアノスは異形を指さすと、咄嗟に庇うように間に入る。


「ああ、警戒しないで。悪い様にはならない……と思うから。うん、苦しいね。もう少しだけ我慢してくれる? シアノスさんどう?」

「別の魔力が魔力溜まりをつくっている。張り付いて動かせない。ねえちょっと、神聖力流して、ああ流すだけよ」

「な、なにを……」


 エルフを無視してマオ、シアノス、キラの三人が彼を囲い躊躇うことなくその体に触れる。マオの頭の上にいた仔犬も飛び移って異形に触れる。

 サニバンはそれを見てることしか出来なかった。なぜなら、異形の彼が抵抗しなかったから。


「……ふぅ、もういいわよ。魔力を均したけど、これでいい?」

「うん、ありがとうシアノスさん。どう、まだツライ?」

「イ……アイ」

「っ!? しゃべ、た……」

「アイ……オ」

「どういたしまして。体が馴染めば支障が軽減されるようになると思うよ。リハビリ頑張ってね」


 マオが異形の頭を撫でる。嬉しそうに涙を流すサニバンにキラが近づく。喜ぶ彼女とは裏腹にキラは思いつめたような悲壮感が漂っていた。


「サニバン、さん? あなたにお伝えしなければならないことがあります。エルフの里が襲撃に会いました。イルザさん以外、お守りすることが出来ませんでした」

「え……」

「ごめんなさい」

「うそ、そんな……」


 部屋に入る前にキラはサニバンに里のことを話していいか許可を取った。知らない方が幸せなこともあると忠告だけして好きにさせた。結果彼は里のことを話した。


「そんな、嘘だ……なあ嘘だろ」

「ごめんなさい」


 謝るキラに発狂したサニバンは掴みかかる。前を掴んで揺さぶる。それでもキラは謝るだけだ。


「止めなくていいの?」

「自分で選択をしたことよ。どんな結果でも受け止める責務があるわ」


「手厳しいね」と笑うマオも異形を撫でるだけで止めようとする気は無い。サニバンは帰ろうとしたシアノスを目ざとく見つけ、矛先を変える。


「あんた魔女だろ。どうして助けてくれなかったんだ。どうして守ってくれなかったんだ」

「あなたに責められる覚えはないわ」

「シアノスさんっ」


 サニバンの手を払い除けてシアノスは嫌悪感を露わにして彼女を見下す。キラが止めようとしても聞かない。


「あなたは里よりあれを優先した。そんなあなたに責める権利がある? それに居合わせただけで里を守護する義理はないわ。自惚れるな」

「あ、ああ……」


 崩れ落ちる。信じたくないと頭を振る。その間にシアノスは部屋を出ていく。


 キラは後悔した。話すべきじゃなかったと己を責める。話したのはイルザを支えて欲しかったからだ。打ちひしがれた孤独な彼に仲間がいることを思い出して欲しかった。それはキラでは出来ない。寄り添うことは出来てもそれだけだ。真に助け合うのは同じ種族である彼女にしか出来ない。二人なら立ち上がることが出来ると信じていた。


「シアノスさんの言う通りですね」

「遅かれ早かれ事実は知ることになる。正しいと思った行動をしたのなら胸を張りなさい。それと、あなたのせいではないのだからむやみに謝るのはやめなさい。その弱さは身を滅ぼすわよ」

「はい……」


 シアノスとキラが退室した後、マオはサニバンに近づいた。


「大丈夫、じゃないよね。里に行きたいなら近くまで連れていこうか?」

「いいのか」

「うん。ああでも彼はここに居てもらうよヘクセで保護するから安心して」


「えっ」と声が漏れる。理解が追いつかない。ナイフを首に突きつけられてたような感覚に陥る。


「エルフの里に帰るか彼と一緒にいるか、どっちか選んで。忘れているようだけど君は捕まった身、望みが全部叶うなんて都合のいい考えは捨てた方がいいよ。これでも譲歩しているんだよ」

「わ、たし……私は…………残る」


 逡巡の末、異形の彼を見て答える。里のことは気になる。今すぐにでも戻って確認したい。それでも、薄情でも彼の方に天秤が傾いた。長年暮らした故郷を捨てて数日一緒にいた名も知らない彼を取った。魔女の言う通りだ。責めるなんてお門違いだ。謝られる筋合いもないんだ。


 マオが出ていき部屋の中にはサニバンと異形の二人っきり。サニバンは彼の硬質な毛に顔を埋めて泣く。大声でただただ泣いた。

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