密か事
会談を終えたラトスィーンはとある場所に向かった。ヘクセの地下、監獄の間。
「お久しぶりですね、影」
そこには一人の男がいた。彼は魔女ではない。しかしヘクセに与することを望み、監獄の間に自らの意思で望んで入った。
彼に名前はない。名を捨てた彼は便宜上、影と呼ばれている。
「話しは聞いていましたね。その上であなたには覚悟を問いに来ました」
彼の役割は魔女の監視。傀儡術で人形、黒き者を操り魔女の行いを監視する。加えて、各国の動向や情報を収集する密偵も兼ねている。ヘクセの包囲網の一端を担っている。
そして、ジェスターがまだ魔女だったころに付き添っていた弟子だった人物。
「彼が本格的に動き出しました。遠くない未来、決着をつける時が来るでしょう。あなたの意志は変わりありませんか。懸念はすぐに取り除くべきです。仮に迷いが生じているのなら今ここであなたを殺します」
監獄の間と言っても鎖に繋いでいるわけではない。最低限部屋としての設備は備わっている。ただ、生身の体が外に出れないだけだ。この部屋から一歩でも外に出ることは不可能だ。
「二言はない。師の犯した過ちを赦すことはありえない」
「それを聞いて安心しました、これからもよろしくお願いしますね」
ジェスターが裏切った後、彼は一人ヘクセにやって来た。門の前で何日間も土下座し続けた。
「お願いだ。俺をヘクセに置いてくれ。なんでもする。どんな命令でも遂行する。俺をヘクセの手足として使え。そして、あの男を殺す手伝いを!」
涙ながらに願う彼は静かに身を焦がすほどの殺意を抱いていた。師弟として親しかった。お大事とも仲が良かった。それ故に赦せなかった。どうして、なんでという疑問が湧き出る。でも、その答えが返ってくることはもうない。
叶う事ならばこの手で殺したい。けれど、実力差を考えれば万に一つも敵う相手ではないことは承知している。だから一番確実な方法を選択した。指を咥えてただ見てるだけじゃこの怒りを昇華させることは出来ない。他人事だと見て見ぬふりするには関わり過ぎた。この手で終わらす。この目で見届ける。誇らしい師だった者の末路を、弟子として引導を渡す。
「あっ、居た居た! こうして会うのは久しぶりだね妖精女王。シアノスさんのお大事になったことおめでとう」
「キャンキャン」
「む、ああ番犬か。人のルールなど気にしておらんが、こうして明言されるのも悪くないものじゃな」
大手を振って駆け寄るマオは氷薔薇ノ王を祝福する。頭の上に乗っている仔犬もお祝いする。
少女の姿の氷薔薇ノ王はふんぞり返って喜びを露わにする。
「でもさ実際のところ大丈夫なの? 大分変わっていたけど」
「今のところは問題ない。毒の一件で一気に進行が進んでしまったがまだ人間じゃ。わらわとてみすみす死なすようなことはせん」
「そこは信用しているよ。ただ前例がないから心配なんだよ」
「ええいうるさい! 用がないなら帰れ。我輩は昼寝で忙しいのだ」
そこに野次を入れる者が一体、黒くて大きい竜。
「用はないが、忠告がある。炎赤石が洗脳されておった。わらわらとて無関係では居れぬ」
「この中で一番可能性があるのはお前だろう妖精女王」
「同じ妖精じゃからか?」
「それもあるが、その人間に随分力を分けているんだろう? 完全でないのは番犬も同じだが程度が違う。自身が一番よく理解しているはずだ」
欠伸をする竜に氷薔薇ノ王がぐぬぬと歯を食いしばる。非常に腹立たしいが正論だった。
「まあでも、あの男が他のオリジナルも洗脳しているとなると危ないね。最悪の事態は何がなんでも避けないと」
「潰滅虚か、あれは一番心配ないだろ」
竜の言葉に氷薔薇ノ王も賛同する。そんなことはマオもわかっている。でも懸念する理由がある。
「インデックスさんは人間の中で一番脆い。もしあの子に何かあれば潰滅虚が何をするか分からない」
「あーあれも執着しておったな。揃いも揃って、全く理解できん」
「くぅ〜ん」
「おぬし、他人事のように言うとるが同じじゃぞ」
「我輩は独り身だ。のんびりここで昼寝をしておるだけだ」
「拠点を壊されれば支障が出よう」
一同黙り込む。しーんとなった空気を変えようと仔犬がキャンキャンと鳴く。
「うん、そうだね。起こってないことを考えたって仕方ない。それじゃあお互い気をつけていこー」
「やれやれ防ぎようがないのは困ったものじゃ……あ」
「どうした妖精女王、そんな間抜け顔をして」
「凍りたいか冥竜帝。……一つ、洗脳に対抗出来る手段がある」
そうして氷薔薇ノ王はニヤリと笑う。
「小童じゃ。あれの力は魔力を通さぬ」
「小童……ああ、キラさんのことか。そっか神聖力! 確かにそれなら、うんナイスだよ妖精女王。早速頼みに行ってくる」
来た時と同様に大手を振って走り去っていく。
「さてわらわも家に戻るかの。むぅ、まだ回復には時間がかかりそうじゃな」
氷薔薇ノ王は光となって消える。
しーんと静まり返った場所で竜は大きな欠伸をする。全く騒がしい奴らだと呆れる。心地よく眠っていたのを邪魔されて憤慨する。再び眠りにつく竜からは僅かばかりの寂しさと嬉しさが漂っていた。




