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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
55/127

お騒がせな奴ら

 エルフの里の一件から、シアノスは日常に戻った。と言うのもただ単に依頼者が訪れなかっただけだが。意気揚々と研究に勤しむシアノスは相も変わらず元気だ。喜々として調合した薬を試飲していた。


「キラ殿ー!」

「イブキ、待ちなさい!」


 キラの後ろ姿を見つけたイブキは走ってドーンと彼の背中に突撃する。もちろん加減はした、と本人は思っている。


「わわ、……あ」

「え?」


 ギムノスパームで特訓していたキラは急な背後の衝撃で集中が途切れてしまった。結果、送っていた神聖力が揺らいでギムノスパームが牙を剥く。

 突如襲いかかってきたギムノスパームにイブキは反射的に抜刀し一刀両断する。瞬きする間もなく終わった。


「あ」

「お怪我はございませんかキラ殿」

「私は大丈夫ですが……」


 両手を取られながらキラは斬られたギムノスパームを見る。

 どうにか一つ実を作れるようになったと報告したら「最低でも10個は連続で作れるようになりなさい」と言われた。まだまだ力量不足で連続どころか一つ作るのでも何十回と失敗している。


 どうしようとキラは焦る。シアノスは怒るだろうか。不可抗力だったとはいえ斬ってしまったのは事実だ。集中力を切らしてしまったからと己を責める。


「危ないところでしたね。もう大丈夫ですよ」

「ありがとうござ――」

「バカー!」


 追いついたメテリアーナが大声で叫びながらイブキの頭を杖で叩く。鈍い音がした。容赦なく思いっ切り振り下ろした。


「だ、大丈夫ですか?!」

「もう、痛いではないですかメテリアーナ殿」


 頭を擦りながら口を尖らすイブキは大したダメージになっていないように見受けられる。結構な音がしたけど、と心配するキラを余所に言い争う。


「いい加減にしろ二人とも!!」


 雷が落ちたように怒号と拳が落ちる。イブキの頭には重く鈍い強烈な一撃。メテリアーナの頭には軽く小突く程度の優しい拳。これにはイブキもしゃがんで痛がっている。


「なぜ、拙者だけ……」

「どう見てもイブキが悪い」

「キラさん、イブキが大変失礼しましたっ」


 勢いよく頭を下げたのはグラッセだった。



「……というわけで、イブキがギムノスパームを斬ってしまったんだ」

「ああ、別にいいわよ」


 事のあらましをシアノスに伝えるもケロッと答える。先程渡した採取してきた薬草(誠意)を検分している彼女は言葉通り気にした様子はない。


「だがギムノスパームの実は薬の素材になるのだろう? それは他でもないあなたが一番よく知っているはずだ」

「あたしも経験しているから苦労は知っているわ。見つけるのも大変だったわ」


 実際にギムノスパームの実を採取できた内の一人がメテリアーナだ。上級魔術師であるメテリアーナですら一つ採取するのにとても苦労した。テンがいなければもっと時間がかかっていただろう。


「確かにあそこは家から近くて他に魔物が現れない立地だったけど、森の中にはまだまだいるわ。それに、わたしの狩場以外ならどれだけ倒されようと構わないわ」

「随分と淡泊なんだな」

「冒険者が魔物と遭遇したらやることは一つでしょう? 分別はついてるわよ」

「自分が使役している魔物以外は興味ないってことか」

「約束通り襲撃の件は水に流すわ」


 話しは終わりだと立ち上がって階段を上るシアノスにテンが待ったをかける。


「あんた本当に緑の魔女か?」


 訝しむ眼はあの時と同じだ。階段の途中で立ち止まり首だけ回して振り向く。横目で見下す彼女の眼は冷たい。


「何度も言わせるな」


 そう言ってそのまま研究室に入っていった。

 肺の中の息を全部吐きながら無造作に椅子に座り込むテンは一気にお茶を仰ぐ。割れないかと思うほど大きな音を立てて机に叩き置く。


「っっ変わりすぎだろあの魔女!!!」


 最初に会った時と大分纏う雰囲気が異なっていた。冷たいなんて陳腐なもんじゃ表せない。人間味が感じられなかった。人の形をした別の何か、恐ろ悍ましいと思った。職業柄、危険を何度も潜り抜けてきた。それでも恐怖を感じた。殺気も威圧もない。ただ視線を向けられただけで心臓を握られた気分になった。

 冷や汗が止まらない。


「おかわりをお注ぎしますね」

「なあ聖女サマ、なんで…………そんな服着てんの?」


 なんであんな化け物と一緒に住んでいるの?

 その言葉は恐怖心と一緒に飲み込む。代わりにいつもの表情を張り付ける。飄々とした態度、胡散臭い顔で本心を隠す。踏み込んで、なんだ。恩人でも他人だ。わざわざ首を突っ込むほどお人好しでもない。それに彼が気にしていないのなら部外者が口出すのも変な話だ。


「変、ですか?」

「何言ってるのよテン。とっても似合っているじゃない」


 キラは自分の装いを見渡す。着方は間違っていないはずだし、これまで誰にも指摘されたことはなかった。変だと感じていなかったがもしそうなら改善したい。シアノスと並んで歩くときに彼女に恥をかかせてしまうのは嫌だ。


 テンの言葉に他のメンバーがキラを擁護する。三対一だ。傍から見ればいじめっ子からいじめられてる子を守っているような構図だ。


「いやいや、別に趣味だったらとやかくは言わねえよ。否定するつもりはねえ」

「ん、どういうことだ?」

「単純にどうして女物の服を着てるのか気になっただけだって」

「女性が女物の服を着るのは普通だ――」


 はたっと異変に気付く。「可愛いではありませんか」と鈍いイブキを無視してグラッセとメテリアーナはぎこちなく振り返る。自分の姿を見渡しているキラの姿に浮かんだ疑問を否定する。いやいやまさか、嘘だよなと思いながら震える声が漏れる。


「お、男……?」


 プルプルと指を差されたキラはキョトンとしながら首を傾け、肯定する。二人の悲鳴が響く。


「え、なん、えっ? お、男?」

「嘘でしょうこんな美少女が男って……」


 改めてキラを全身を見る。床につきそうなほど長く艶やかでさらさらの桃色の髪。小さくて丸い顔に大きな瞳。折れそうなほどに細い首や手首。きめの細かい美しい白い肌。控えめだけど可愛らしいドレス。声だって野太くない。

 どこからどう見ても女性にしか見えませんが??


「い、いつから……」


 震えながらメテリアーナはテンに聞く。


「いつって最初から……あ、教会のときはさすがにわかんねえよ。ここで聖女サマってわかったときに男だったのかって驚いたな~」

「…………えええぇぇぇぇぇ!?!? キラ殿は男の方だったのですか?! 拙者勘違いしておりました。本日のお召し物も大変よくお似合いです」


 ワンテンポ遅れてイブキが驚く。が、すぐに受け入れる。順応力が高かった。


 キラは教会を出て以降もずっと女性の服を着ていた。ヘクセに訪れたときも、街に訪れたときもだ。誰も指摘しなかったのは単に女だと思われていたためだ。彼の性別を知っているのはヒイロ、ヘクセの面々、うさぴょん軍団だけだ。それ以外の人は彼を女だと思っているため服装に違和感を抱くことすらない。

 シアノスを始めとしたヘクセが指摘しないのは気にしていないからだ。女装してようが変装してようが気にしない。見た目を気にする人も口に出す人もいなかった。

 ユヴァ領でショッピングしたときも、セフィラはもちろんポンもキラを男と知った上でショッピングに出かけ、気に入った(女物の)服を買った。


 特にこだわりはない。どうしてと聞かれても答えられない。なぜなら馴染みの服を着ているだけだから。

 子供のいない修道院に子供用の服なんてあるはずはなく、金銭的余裕もないためキラの服は手作りだった。刺繍は出来ても裁縫は勝手が違う。彼女らは自分たちの服を加工した簡易なワンピースしか用意してあげれなかった。

 教会にいたときは言わずもがな。


「どうしてそんな簡単に受け入れられるのよ!」

「だってキラ殿はキラ殿でしょう?」


 理不尽に募るメテリアーナにイブキはなんてことないように答える。性別なんて関係ない。男だからと言ってキラという人間が変わるわけではない。確証を突くイブキにメテリアーナは口ごもる。

 分かっているけどすぐに受け入れることは出来ない。命の恩人でもある心優しき麗しの聖女様像は強固だった。


「騙していたようで申し訳ありません」

「いえ、あたしたちが勝手に思い込んでいただけで聖女さまは悪くありません!」


 申し訳なさそうに眉を下げるキラにメテリアーナは吹っ切れた。キラに性別の概念は存在しない、と。

 因みに男と知って落ち込んでいるグラッセはキラの素顔に一目惚れしていたからだ。恋ではなく純粋な好意、目の保養。眼福だと心の中で合掌していた。

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