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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
52/127

クラウンは躍る

「これはいったい……」

「里のみんなはっ、誰か、誰か返事をしてくれ!」


 イルザは目の前の光景に自分の眼を疑った。里は赤く燃える炎によって焼かれていた。家も木も畑も大事にしていた守りたい場所が燃えている。思い出が燃やされる。


「うあああぁぁぁぁ、やめろぉぉぉ!」


 イルザが大声で叫びながら水属性魔術を放つ。けれども炎は消えるどころか、逆に勢いを増していく。火に対して水は相性が優位だ。それでも負ける理由は圧倒的なまでの実力の差。


「酷い……」

「やめ、やめてくれ。なんで、こんな……」

「うぅ、タスケテ」


 炎の中から一人、出てきた。全身が黒く、フラフラになって倒れる。それに駈けつけようとしたキラとイルザを止める。


「近付かないで、それは焼死ではなく毒よ」

「まぁすごいわぁ! 見ただけで分かるなんてぇ、さすが毒の魔女だわぁ」


 炎の先にはあどけない笑顔を向ける少女の姿があった。着物を着た少女は手を合わせてニコリと笑む。着物と呼ばれる服は東国の衣服で少女が着ている豪華な装いは地位が高いことを表していた。


「これはあなたが?」

エルフ族(そのゴミ)はあたくしですけど、()は違いますわ。それは彼がやったことですもの」


 彼と隣を指すがそこには誰もいない。いや、燃え盛る炎に紛れて確かに存在している。


「まさか、あなたは……」

炎赤石ノ王(エンセキノオウ)


 炎を纏い炎を体現する姿。屈強な戦士の出で立ちで口を真一文字に閉じる。燃える炎のように逆立ったオレンジ色の髪に虚ろな瞳。

 それはエルフ族が崇拝する主。それは人型を成す魔物。氷薔薇ノ王と対となる存在。曰く、全てを燃えつき灰と消える無限大の前触れ(灼熱業火)――()()の王。


 虚ろな瞳に何を映すか。記録では確かにエルフ族を庇護していた。それが今や敵対する立場に立っている。明確な破壊行為。


 一つ謎が解けた。エルフの里には妖精が一体も存在していなかった。視えないだけでどこにでもいる存在。それが妖精という魔物だ。妖精の王がいるのなら惑いの森のように妖精もたくさん存在していないとおかしい。だから一体もいない状況が異常に思っていた。


 あの少女は恐らくヘクセの敵対組織の一員だろう。影で暗躍する通称サーカス。下っ端(魔女狩り)ではなく一員(クラウン)。そして炎赤石ノ王も。


氷薔薇ノ王よ(ロサ)ここに顕現せよ(来て)!」

「なんじゃシア……ふむこれは面妖な」


 炎がシアノスたちに迫る。それを氷で相殺する。


「なぜ、です……主よ。エルフ族(われら)になんの罪があってこのような所業をなさるのですか!」

「無駄じゃ、あれにもう自我はない」

「操られてるってこと?」

「そう考えるのが最適じゃな。情けぬな、たわけが」


 ぶわりと冷気が放出される。森を燃やしていた炎が消えて霧となる。氷薔薇ノ王は怒っていた。人間ごときに敗れ、死にぞこないの、シアノスの敵。

 妖精の王同士の戦いは熾烈を極めていた。代わる代わる襲い来る熱気と冷気。その環境は人の身には到底耐えられない。


「まぁ、妖精の王同士の衝突なんてぇ滅多に見られませんわぁ。けれどぉ些か華に欠けますわぁ。そうは思いませんことぉ?」


 それを横目に少女は暢気にシアノスに笑いかける。


「うふふー、それじゃぁあたくしたちも楽しみましょぉ。あたくしは蟲師フーコ。あたくしの()とあなたの()、どちらが強いか毒殺(ころ)し合いましょぉ」


 礼をした少女、フーコから一斉に蟲が湧き出る。ムカデやクモ、ガやヘビなど多種多様な蟲。黒く悍ましい生物(蟲毒)の群れ。


「わたしは緑の魔女よ。専門は植物で毒じゃないっての」


 味わうまでもなく蟲たちは危険だ。強力で凶悪な猛毒。シアノスでさえ触れたら無事かどうかわからないほど。

 最も留意する点は活動出来ていること。蟲と言えど環境の変化にそう強くはないはずだ。それも人ですら耐えらん過酷な冷熱。それを蟲毒と言えどたかが蟲ごときが活動できるなど異常でしかない。


 大地を捲り剥す。蟲ごと固めて圧す。それでも何匹かは間から出てきた。


「まぁヒドイですわぁ。あたくしが丹精込めて作った蟲たちの毒を味わって下さらないなんてぇ……毒喰らいの魔女が聞いて呆れますわぁ」

「わたしは自分が調合した薬しか飲まないわよ。そんな酔狂な女じゃないわ。勝手に理想を押し付けないでくれる!」


 クレピタンスの実を投げる。実はフーコの前で爆発し猛毒の種を発射する。

 クレピタンスの果実爆弾と呼ばれるそれはとても凶悪な植物だ。その速度はものすごく早く、素早さを誇る猫人族すらも凌駕する。刺さった種子は体内に喰い込み保有する猛毒によってさらなる苦痛を与える。死んで尚苦痛を与える死神の木とも呼ばれている。


 四方八方に爆散する種子はもちろんシアノスにも牙をむく。それを知っているから事前に防御壁を張れる。それでもギリギリ、首の皮一枚ってところが辛いところだ。


「なんですの? なんなんですの! ヒドイじゃありませんの!! あたくしは同じ毒使いとしてあなたと仲良くなりたいと思っただけなのにぃ、それなのにこぉんな仕打ちはあんまりですわぁ」

「仲良くして欲しいなんて頼んでないわよ。それと、毒使いじゃないから」


 フーコがヒステリックに叫び出す。耳をつんざくような悲鳴に眉を顰める。煙が晴れて姿が露わになる。無傷だった。どこにも傷一つなかった。前に溜まっている蟲溜りが壁となって防いだのだろう。反則級の隠し玉を防ぐなんて思考はともかく実力は折り紙つきだ。


「もう、いいですわ。それならあたくしの最高傑作の蟲で――」

「そこまでだよフーコ。これ以上は炎赤石ノ王の身が持たない」

「……分かりましたわぁ。残念ですが時間切れですわぁ毒の魔女。あたくしからの置き土産(プレゼント)、楽しんでくださると嬉しいですわぁ。では、また会いましょぉ」


 そうして新たに現れた女性と一緒に三人は消えた。

 シアノスは声も出せなかった。消えた後もその場所を見続けた。


「どうして、食の……」


 彼女は少し前に亡くなった食の魔女本人だった。

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