迷宮と秘宝
「あちらが迷宮の入り口とされている場所です。緑の魔女、お願いします」
里から少し離れた湖。その湖の中に小さな浮島がある。ポツンと石碑が一つあるだけの小さな島だ。
シアノスはふわりと飛んで島に着陸する。石碑にはただ一言『ココニ眠ル』とだけが刻まれていた。
「どうなされましたか?」
すぐに戻ってきたシアノスにイルザは不審がる。もしかして、迷宮は、秘宝は存在しないのではいかという予感が大きくなる。確証はなかった。それでも一縷の望みとして賭けたかった。焦りが不安を増大させる。
「あの島の地下には空間があるわ。でも入り口はここじゃない」
そうしてシアノスは移動する。感知した入り口らしき場所。何の変哲もない木に囲まれた場所。
「ここ、ですか?」
「多分ね」
シアノスは地面の一角を持ち上げた。土の下には複雑に捻れあった木があり、とても自然に出来たものではないと分かる。絡まりを解くと下に空間が現れた。
全員が迷宮に入ったのを確認し、シアノスは入り口を閉じる。真上に持ち上げていた土も魔法が解けて重力に従い落ちる。そこはおおよそ元通りに戻った。
一部始終を見ていた人物は何も言わず静かに消えた。
迷宮内は一本道だった。灯りが等間隔に設置されていた。内部は木で作られており、まるで木の中を歩いているような感覚に陥る。
「行き止まり、ですね」
「緑の魔女、秘宝はどこに……っ!」
シアノスが行き止まりに手を触れると床がなくなった。落とし穴だった。踏み場のなくなり、抵抗も出来ずに落ちて行く。
「いたた……」
落ちた先は先程と打って変わって開けた場所だった。灯りはなく少し薄暗いが天井から少し光が入っていた。足元は変わらず木だが天井と壁はなくなった。
「ここがあの石碑の真下よ」
真上には影が差しておりそれがあの浮島だ。水の中ではあるが水中ではない。一枚の膜が隔てている。
「では湖の中にいるということですか。呼吸が出来ているのはなにか魔道具が作動しているから」
迷宮は天井も床も壁も見分けがつかない筒状の一本道。随分長い時間歩いていた気がするだけで実際が入ってからさほど時間は経過していない。
真っ直ぐ石碑の下まで斜め下に向かって作られていた道は目標地点で行き止まり。落ちたのは人間からすれば下だが地形的に見れば上だ。
迷宮内で気付かぬ内に平衡感覚が変わった。あの地点に到達していた時点では天地が逆になっていた。要は逆立ちの状態だ。足元が地下ではなく地上を向いていた。
落ちる途中で反転し、今は平衡感覚は元に戻っている。
「秘宝、秘宝は!?」
「ここに」
シアノスの手に中央に穴が開いた円形のものがあった。緑色で一か所布に巻かれた物。魔道具にしては魔石は見られず魔力の気配もない。ただの工芸品のようにも見える。
「これがエルフの秘宝……」
言ってしまえば期待外れ。なんの力も感じられないそれが本当に秘宝なのかと疑わずにはいられない。思えば迷宮もただの道だった。入り口が分かりにくいだけの魔物も仕掛けもない道が続いているだけの空間。迷宮と呼べるのかも怪しい。
「シアノスさん、イルザさんも。あの、この空間だんだん狭くなってきていませんか?」
少し離れていたキラが寄って来て言う。確かに徐々に空間、膜が狭まってきている。
「中に水が入らないようにするための一時的な空間なのだから当然でしょう」
「何故そんなに平然としていられるのですか!? このままでは呼吸ができなくなってしまうのですよ?!」
イルザはついに心に余裕がなくなった。里の大事、サニバンのこと、秘宝と立て続けに事が起こり憔悴していた。
膜はすぐそこまで狭まっていた。まだ呼吸はできるものの数秒も満たない時間でこの空間は消失するだろう。光の差し加減から湖の底は予想以上に深い。果たして水面に辿り着くまでに息は持つのだろうか。もう時間はない。
「忘れたの? 古代魔法は自然を操るのよ」
シアノスが手を伸ばし水に触れる。その瞬間、水が割れた。水が真っ二つに割れて道が現れ、その先には空が見える。
「わぁすごいですシアノスさん。こんなこともできるのですか!」
「これが古代魔法……」
「早く行くわよ」
地上に上がると水は閉じていき、元の湖に戻る。
衝撃だった。まるで夢幻を見ているかのようだった。それほどに幻想的で現実味がない。到底魔術では説明できない技術。
羨ましい。昏い思考が頭に過る。その力は元々エルフの力だ。どうして人族が扱える。どうして人族の分際で主と親しい。何故我らの前には姿を現してくれないのか。それは人族じゃなくエルフ族のモノだ。奪われた。返せ。返せ返セカエセ!
「なんだか里の方が騒がしいわね」
シアノスの声にイルザはハッとする。ズキンと頭が痛む。
「イルザさん大丈夫ですか?」
キラが背中を擦ると頭の中のモヤが晴れていくのを感じた。
「すみません、大丈夫です」
怒りに満ちた凶悪な思考に飲み込まれるところだった。どうしてあんなに憎悪を感じたのか自分でも分からない。気持ち悪い。頭の中を強引にかき回されているような、無理矢理思考を植え付けられているような感覚だった。もしこのまま思考の渦に取り込まられていたらと思うとゾッとする。緑の魔女は恩人だ。恩を仇で返すような下劣な行為はしたくない。それは忌まわしき異種族と同じではないか。
「静かになった。里に何かあったみたいよ」
認識阻害のせいで上手く把握できない。魔力を通しても繋がりが保てない。
里に異変があったのは明確だ。胸騒ぎがする。秘宝のことは一旦おいて、里に急ぐ。




