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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
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エルフの里

「到着しました。ここがエルフの里です」


 森の中を突き進み、開けた場所に出る。明らかに違う場所に出た。景色も空気も変わった。

 目を見開いて感嘆するキラと目を細めて隅々まで観察するシアノス。森は掌握していた。全体に魔力を張り巡らせて、地形も生物も全部把握していた。だからインデックスがいることも分かった。

 だがエルフの里らしき場所は特定できなかった。そして視界に入ってようやくエルフの里を()()できた。恐らく認識阻害の類が里全体にかかっている。エルフ族以外が立ち入ることができないように自衛しているのだろう。

 それはシアノスも良く知っている。ヘクセも同じだから。転移の建物がそうだから。


「変ね」


 小さく呟いた声は誰の耳にも届かなかった。


「あら、イルザ。帰ってきたの――――キャァァーーー」


 通りかかったエルフの女性がイルザに気付いて、一緒にいる異種族に気付いて悲鳴を上げる。その声を皮切りに里のエルフが続々と集まってきた。


「異種族よ」

「なぜ里に異種族が」

「イルザ、どういうことだ!」

「彼女らは里を救うお方です」

「ふざけるな」

「エルフ族の掟を忘れたのか」


 シアノスの予想通りの光景だった。異種族を排除しようと集団で弾圧しようとする。多勢に無勢で、イルザの言葉を聞こうともしない。ついには弓を構える。実力行使だ。


「だから言ったのに」

「シアノスさんっ!」


 弓を向けられても平然とため息を吐くシアノスの様子に煽られて彼らは怒りは頂点に達する。弓を引いた。キラが止めようと前に出ることを制す。

 シアノスに向かった矢は、しかし当たることは無かった。その全てが空中で止まった。浮いた状態で静止したのだ。


「なっ?!」

「っ、うわぁ」

「なんだこれ」


 矢を放ったエルフを拘束する。突然体を拘束する蔓にエルフは驚きを隠せない。


「緑の魔女!」

「正当防衛よ。当然でしょう」

「なんの騒ぎだ」


 その一声にざわめきが静まり返った。奥から現れたのは一人の老エルフ。珍しい老いた姿のエルフだ。

 彼は植物に絡まった同族を、イルザが連れてきた異種族を見やる。


「長!」

「敵襲です、お下がりください!」

「イルザが謀反を……」

「拘束を解いてくだされ。話しは我が家で聞こう」

「長、危険です!」

「里に異種族を入れるなど、っ!」


 少し考えて拘束を解く。拘束が解けた彼らは長と呼ばれた老エルフに詰め寄る者、警戒する者と反応は様々だ。しかし総じて拒絶の意思を示す。


「無礼を謝罪しよう。ついてきなさい」


 一歩前に出て、手で制す。謝罪と言っても頭は下げない。口先だけの意味のない音の羅列。それでも暴動は止まった。


 振り返って進む長に彼らは道を開ける。その後を三人はついていく。向けられる憎悪と懐疑の視線を一身に浴びながら。


「イルザよ。どういう了見か話せ」

「はっ。彼女は緑の魔女、この里をお救いくださるよう助力を請いました。ご覧頂いた通り、古代魔法を使われる方です」

「ふむ。秘宝か」

「はい、彼女であれば」


 長は静かに目を閉じる。


「長、長! 起きてください長」

「……ハッ、寝ておらんよ」


 熟考しているかのように見せかけ眠っていた。


「コホン。良かろう、そなたらに里及び迷宮への立ち入りを許可する。イルザよ、責任もって最後まで務めい」

「はっ、聡明なご決断感謝します。それでは緑の魔女、キラさん早速迷宮へ参りましょう」


 長の部屋を出る時、シアノスは長を見た。お調子者を装いながらも一歩引いて俯瞰する眼。会話の裏で静かに見極めんとしていた。


「シアノスさん、どうかしましたか?」

「なんでもないわ」


 キラに話しかけられて視線を外す。

 許可が出たのなら合格だったんだろう。どんな基準でどう評価したか、なんて無粋なことをわざわざ尋ねることはしない。

 魔女のローブには認識阻害がかかっている。そこに居ることを認識しても個人の判別はできない。仮に顔を注視していたとしても記憶に留まらない。だからローブがなければ魔女としての証明が出来なくなる。逆にローブを羽織っていなければ魔女と認識されない。素顔はへクセ他、一部のものしか明かしていない。

 怪しさで言ったら上位の部類だろう。



「秘宝は過去の栄光、今となっては無きに等しいエルフの宝。それが手に入る可能性が万に一つでもあるのなら試す価値はある。例え、失敗してもこちらに損傷はない。もとより里も長くは無い」


 誰もいなくなった部屋の中、長は独りごちる。窓の外、太陽を見つめるその瞳には諦め。

 里の中で一番年の功がある彼が長の立場に座っている。ただそれだけでリーダーの素質も活力もない。長年の経験と少しばかり威厳があるだけのただのエルフ。老い先短い彼は静観することを選んだ。エルフとしてのプライドも掟も彼にとっては一枚隔てた壁の向こう側の出来事に他ならなかった。


 伝承には『隣人去りて太陽陰る時、新たな光をもたらさん』とある。

 妖精がエルフを見限り、里から豊かさは無くなった今がまさにその時。太陽は姿を隠し、作物は実らず、森に元気がなくなった。さほど多くはなかった貯蓄も、もう底が見え始めていた。

 自給自足ではすでに成り立たなくなっていた。それでも外に出ることはしない。誇り高い自尊心と慣習が異種族に交流することを、救いを求めることを拒んだ。それが例え死にゆく運命の上に立たされたとしても、エルフ族として終えることを尊重した。

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