乱入は派手に行こう
宵闇が迫る空に鳥が一羽飛び立つ。闇に紛れるように魔女は王宮の屋根から空を眺める。
婚約破棄騒動は王族主催で王宮のパーティーで行われるそうだ。上空から地上へと視線を落とすとパーティー会場の中が窺える。貴族の男女が豪華な装いをして楽しそうに談笑や腹の探り合いをしている様子からしてどうやらまだ始まってはいないらしい。間に合ったことにほっと胸をなでおろす。
会場二階の人気のないバルコニーに降りる。壁に凭れて息を吐く。急いで来たから疲れた。本当に疲れた。やる前から体力を使って正直もう帰りたい気持ちでいっぱいだ。
今日と告げられてから言葉通りに頭を抱えたが一度引き受けたからには完遂する。それが受ける依頼を選定している魔女の決意だ。万人に手を差し伸べることは出来ないし、したくない。その代わり、引き受けた依頼に関しては誠心誠意最高の結果を出す。
それからの魔女の行動は早かった。魔女のローブを纏い素早く出掛ける支度を済ませる。惑いの森の手前にある魔女専用の転移陣を使って王国までやって来た。そのときには太陽が沈みかけていて普通に焦った。
王宮に向かう間にさてどうやって聖女を救い出すかを考えていた。どうせやるなら派手にやりたい。別に魔女が派手好きとかそういうわけではない。確実に正確に、なんなら多少のズルとか全然やる。正々堂々とかくそくらえだ。
しかし今回の敵は教会と王族。それなら変にコソコソとやるよりは堂々と盛大にやってそのくそったれた面を拝んでやろうという魂胆だ。
鳴り出したファンファーレと同時に会場内が静まり返る。今から王族が入場するのだろう。ならおかしな劇も幕開けを迎える。そろそろ準備を始めようと凭れていた身体を離し気合を入れる。
魔術で土球を生み出す。そこに家から持ち出した一本の枝木をぶっ刺す。植物属性魔術で植物の成長を促進させる。すると枝木がどんどん大きくなっていく。大木となったそれは王宮に巻き付き囲む。魔女が刺した木は〈ナハトバウン〉。夜のように黒く堅い大木で唯一の特徴は夜にのみ成長するという点だ。普通の植物とは真逆の性質で朝日を浴びると焼け落ちる植物だ。
「さあ、【召喚】」
目の前に術式を展開する。緑の魔女が得意とする魔術は植物属性と召喚だ。しかし召喚できる魔物は植物の魔物に限定されている。
召喚に応じたのは植物が人の形を成した〈アルラウネ〉と呼ばれる魔物だ。上半身が人体で下半身が大きな花冠に包まれている。胸までを花弁が包んだ蕾の状態で萼片が大きい。
『お呼びですか、マスター』
「うん、ちょっと王宮に乗り込むからラウネに手伝ってほしいの」
もちろんですと頷いたラウネに魔女は大まかな流れを説明していく。アルラウネは魔物ではあるが人型を取れる魔物というのは総じて賢い。それゆえに魔物ランクも高い。
「……って感じでやるからフォロー頼むわね」
『お任せくださいマスター』
諸々の準備が終わった段階で会場からどよめきが伝わる。中を窺えば中央で桃色髪の少女が床に座り込んでいる。恐らく件の聖女だろう。
「愉快な断罪劇の始まり始まり~ってね。その劇、乗っ取ってあげましょうか」
ニヤリと笑う。その顔は場をかき乱す乱入たる悪役として相応しい表情をしていた。
パーティー会場の窓が一斉に割れる。会場に面する全ての窓が同時に割れて室内にパラパラと破片が降りかかる。それと同時に窓から無数の蔓が会場内へと伸びる。会場内が一気に騒がしくなる。まさに阿鼻叫喚。みな一目散に会場から出ようと出入り扉へと向かう。だが逃げようにも会場はすでに蔓で完全包囲されていて逃げることは叶わない。扉付近に人が集りひっきりなしに声が飛び交う中、魔女とアルラウネは会場中央にゆっくりと舞い降りる。
隔離され会場外から応援の警護騎士が来ることはない。会場担当の警備騎士だって数は限られている。その少ない数人は最重要人物である王族を守っている。まあ今回の目的は聖女の誘拐であって殺戮ではないから関係ないけど。
会場はまさに劇のような人物配置がなされている。中央に聖女、少し離れたところに王子と背後に恐らく王子が懇意にしている令嬢だろう人物がいる。それを囲うように貴族たちが壁際に立っていた。そのため三人と他の間はかなり離れていた。その間をぐるりと蔓で囲う。
「なっ、なにが起きてっ?! ひぃぃ、なんだこれは?!?!」
「きゃああああ、なに?!」
慌てふためく男女とは反対に聖女は未だに床に座り込んで俯いている。何の反応もみせない聖女にそれほどショックだったのかと魔女は不思議に思う。ヒイロの話とはずいぶん違うようだが……。何はともあれ魔女のやることは変わらないが。
突如現れたローブの人物と異形の人型に気付いた王子は驚きに声を荒げる。
「誰だ!? さてはこの騒動も貴様の仕業だな」
「ええ、そうよ。愉しそうなことをしていたから、わたしも混ぜてもらおうと思ってね。演出はご満足していただけたかしら?」
優美に微笑む。この場で落ち着いているのは魔女だけだし笑っているのも魔女だけだ。
「殿下、いまお助けいたします。――……っく、蔓が……」
騎士が剣で蔓を切ろうとしているがなかなか切れない。見目のためか騎士を遠くに配置していたのが仇になったのだ。
「な、なにが目的だ」
「目的……そうね、これをもらうわ」
カツカツとわざと靴音を立てて聖女の元に歩く。これ、と聖女を指さしたのを見た王子は驚き、険しい顔をした。そうよね、折角立てた案が台無しになって悔しいでしょうねぇ。心情が容易に想像でき声を出さずに笑う。嗤われていると気付いた王子は怒気を強める。
「ふざけるな! 貴様にそこの聖女をどうこうする義理はないはずだ。なぜ助ける」
ギリリと歯軋りしそうな勢いである。そんな王子に魔女は至って通常通りに話しかける。
「義理も何もないけど? ……けれど、これがどうなろうとあなたには関係ないのではなくて? だって、今しがた婚約を破棄した、他人でしょう……?」
怒りと煽られて王子の顔が赤くなる。だが反論したいけれど図星を付かれて言葉が出ないようだ。王子の背後に隠れている令嬢は忌々しいという表情で魔女を睨む。わぁ、顔が凄いことになっているわよ。令嬢としてその顔はどうなの?
その令嬢が王子の背から一歩前に出る。
「あなたが誰だか知りませんが、このようなことを犯してただで済むとは思わないことです。あなたは今しがた王族に歯向かったのですよ。聖女に対しての誘拐発言だって……観念してこれ以上罪を重ねる前に反省してくださいませ」
令嬢らしく強かに堂々と構える。その姿勢に王子は感動している。何かしら、この茶番劇。あほくさ。
婚約者のいる男性、しかも王族相手を誘惑した女はやはり頭の緩い女だ。見目だけは良いようだけど。けれど貴族として美しいのは当然のことだ。外見が良くても見識がないと、とここまで考えて無駄な考えだと思考を破棄する。貴族子女は家同士の繋がりを強固にする結婚の道具で頭の良さは必要ないのだから。
「どうして?」
「えっ?」
「その耳は飾りかしら。耳の悪いあなたのためにもう一度聞いてあげるわ。なぜ、わたしが、反省、しなければならないのかしら、と言ったのよ」
再び尋ねても令嬢は訳が分からないといった表情で困ったように眉を顰める。本当、無駄な時間だわとわざとらしく溜息をつく。