魔女狩り
「キャハハハ、壊れろ壊れろ!」
耳をつんざくような爆音と、それに負けじと発せられる声のような高音。次々と転がる大岩が爆発する。
西の大陸バッセンの西端に位置する大陸屈指を誇る鉱山地帯、金銀宝石が文字通り山のように発掘できるそこでは現在立ち入りが禁止されている。理由は転がる岩だ。採掘場に入ることすらできなくなっていた。多くの鉱夫が被害に遭い、命を落とした者も少なくない。
鉱山の岩は硬い。それが大きな塊となり勢いよく転がり落ちている。強行突破は不可能だった。そこで魔女に依頼が掛かった。出向いたのは爆壊の魔女。行く手を阻む岩々を爆散させながら登頂を目指す。
「壊す壊す壊す壊す壊スゥ!!!」
彼女を突き動かすのは身を焦がすほどに強い破壊衝動のみ。そこに依頼のことはなかった。
爆壊の魔女バーンは世界に三体のみ存在する機械人形だ。一人の天才によって造られた存在。人形でありながら意思と感情を有した異質で特殊な生命体。しかしバーンの破壊衝動は想定外だった。
一度スイッチが入れば視界に映るモノ全てを破壊し尽くす。無差別に破壊の限りを尽くす。果たしてそれは魔物と違いはないのか。
山頂にいたのは鉱山の岩で造られた操り人形だった。胴体の中心に存在する大きな核が人形を魔物たらしめていた。
人形同士の戦いはすぐに決着がついた。ゴーレムがバーンを認識し攻撃動作入ったところで爆発した。幾つもの魔術陣が巨体を覆い、連鎖的に爆発を起こす。硬さをもろともしない威力の爆術にゴーレムは為す統べなく砕け散る。
敵を排除したバーンは次なる標的を索敵しようと周囲を見渡す。瞬間、バーンの頭が撃たれた。頭が吹き飛び頭部と胴体が切り離された。
同時刻、東の大陸ディウジスの北東にある森の中。
風切り音と破壊音が響く。
「魔女覚悟!」
「っ!」
占の魔女は放たれた矢を躱す。避けた先で影が差す。振り上げた腕が魔女目掛けて振り下ろされる。間一髪で避けれたが直撃した地面は凹み亀裂が走る。凄まじい威力だ。直撃したらただではすまないだろう。
占の魔女インデックスは魔女狩りから距離を取る。魔女狩りは二人。弓を引くエルフの少女と異形の化け物だった。
「逃げてばかりで、なめるなよ!」
インデックスは攻撃を避けるばかりで反撃は一切しなかった。頭上を羽ばたいていた烏がインデックスの肩に止まる。カァーと一鳴きする烏にインデックスは制すように手を翳す。小刻みに首を揺らした烏は目の前の手にすり寄ってから羽を広げる。
妨害するように化け物の周囲を飛び回る。振り払おうとしても素早い烏に攻撃は当たらない。烏によって異形は行動を封じられた。思考が乏しいのか目先の相手に意識が集中しているようだった。
エルフだけになってもインデックスの行動に変化はない。一定の距離を開けて矢を避けるだけ。その繰り返しだった。
「いい加減、当たれ!」
躱し続ける魔女に苛立ちが募る。距離は尚も一定に保たれている。しかし、変化はあった。占の魔女は黒い布で顔が隠れているため見ることができないが、肩で息しているのが見て取れた。しだいに動きに切れがなくなる。体力はそれほどないようだ。
烏がインデックスに向かって鳴く。心配しているようにも感じられる泣き声に、しかし、インデックスは首を振る。意思疎通ができているようだった。インデックスはあくまで攻撃はしない意志を貫く。
烏に誘われたのか化け物の標的がインデックスに切り替わった。反応が遅れたインデックスは振りかぶった腕が当たり大きく吹き飛ばされた。
「ぐぅっ」
「これで終わりだ」
衝撃で動けないインデックスの前にエルフが立つ。冷たい瞳で魔女を見据え、弓を引く。
動かない体、躱すことは出来ない。布に隠れた瞳は閉ざし、顔を逸らす。死を覚悟した行動だった。
「横やりは無粋だったかしら」
「ちっ、他の魔女か」
放たれた矢はインデックスに届くことはなかった。地面から伸びた蔦によって防がれる。シアノスが木々の間から現れてインデックスの傍に寄る。
「魔女狩り相手に何やっているのよ占の。いつものように始末すればいいじゃない」
「ぅ……苦痛なき捕縛」
「は? はぁ、分かったわよ」
痛みで動けずにいるインデックスの代わりに魔女狩りの相手になる。基本的に魔女同士の干渉、助太刀はしない決まりがある。それでもテンサイのような災害などは異例で協力することはある。また、インデックスも特別だった。
布に隠れて表情は窺い知れないが痛みに苦しんでいるのはか細い呼吸音で分かる。骨まで折れてそうだなと想定する。
「邪魔をするなら容赦しない」
「それはこちらの台詞よ。それにもうこの森はわたしの庭よ」
横やりを入れたときにはもうこの辺り一帯は掌握している。魔女狩りが攻撃する前に植物を操作して体に絡める。森の中では圧倒的に地の利はシアノスにある。存在する全ての植物がシアノスの支配下になる。
「っ、なに?!」
予備動作はない。足元から静かに伸びて体を絡めとる。気づいたときにはもう終わっている。そのまま地面に縫い付けるように抑える。
エルフは仕留めた。もう一人、異形の方は強引に力で引きちぎったようだ。吠えてシアノスに向かって突進する。
「まるで獣ね」
単調で猪突猛進、技能もなにもない怪力任せの攻撃。見た目も相まって魔物のようだ。
化け物の拳がシアノスの目の前で止まる。再び植物によって体の自由を奪われる。今度は振りほどけず動きが完全に止まった。
惑いの森と違ってここは普通の森、生えているのはただの草木だ。強度はない。なら、つければいいだけのこと。身体強化と原理は同じだ。足りない分は魔力で補えばいい。
制圧が完了したころ、キラと依頼者のエルフが合流した。キラにインデックスの治療を任せる。
「サニバン、どうして……!?」
「イルザ……」
依頼者のエルフはイルザと名乗っていた。そして、どうやら魔女狩りのエルフと知り合いだったようだ。
「サニバン、説明してくれ。どうしてこんなことをしたんだ」
「……」
「サニバン!」
サニバンと呼ばれた魔女狩りは無言を貫く。顔を逸らし、目を合わせない。
「要望通りに、後は任せていいのよね」
「緑の魔女、稀代の聖女も、感謝します」
治療の終えたインデックスにもうふらついた様子は見られない。捕縛の魔道具を用いて拘束を交代する。
「それじゃあ、里の案内を続けて」
「お待ちください、サニバンをどうなさるおつもりですか」
「さあね。この後占のがどうするのかは知らないし、わたしもあなたも関係ないことよ。それより目的を逸脱しないで」
「……分かりました」
歯を食いしばるイルザにキラが近寄る。
「イルザさん、魔女様は不当な行いはしません。私たちには想像もつかないようなお考えがあるのでしょう。それに、恐らくですが危害は加えないと思いますよ」
「そう、ですね。キラさん……ありがとうございます」
確かに怪我していたのは占の魔女だけでサニバンももう一人も傷一つなかった。キラの励ましによって気を持ち直し、里へ急ぐ。エルフの里まではもう目と鼻の先だった。




