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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
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過去の因縁

「不甲斐ないのぉ」


 ディルゴはアルノーとシアノスに向かって言う。ボロボロになっていたアルノーと疲労困憊のシアノスは何も言い返さない。


 テンサイの危機が去ったユヴァ領はその夜、街をあげて祝祭を催していた。最功労者の魔女、民の安全を優先してくれた冒険者や魔女関係者、そして心を激しく疲弊した民たちへの慰労。今はなにも考えず食べて飲んで、羽目を外してはしゃいで明日への気持ちの切り替えにしようという魂胆だった。

 広場ではポンが歌っている。「ここからはわたしの出番だよ!」と意気揚々にステージに上がった彼女は瞬く間に大歓声を浴びていた。熱気で包まれ、元気な声が上がっている。


 五人がいるのは広場の端。アルノーは楽しそうに自分を世話するセフィラの好きにさせていた。キラは音楽に乗りながらポンの歌声を聞き、シアノスは机に突っ伏していた。代表して領主との話し合いから戻ったディルゴは彼らの様子を見て肩を竦める。いつものような揶揄いの言葉はなかった。


「人助けは褒められることじゃが優先順位を忘れるな。子供一人の命と大勢の命、どちらを助けるべきかは考えずとも分かるじゃろ。甘えは命いつか取りになるぞ」

「返ス言葉モナイ」

「研究熱心なのは良いが好奇心もほどほどにするんじゃ。それで命を絶っては元の子もない。……おぬしのことじゃよシアノス」

「……善処はする」


 二人とも反省しているようだが改心はしていない。もう一度同じ状況になっても同じ行動を取るだろう。やれやれとディルゴは留飲を飲む。堅物どもめと心の中で悪態吐く。信念を貫くことと我を通すことを混在し、目的を違えている。

 いつまでも生意気で分からずやのシアノスの頭を殴る。


「年寄りの助言はしかと聞け。伊達におぬしより長生きしておらん。アルノーも、人族は短命で弱いからこそ思考し続ける。脆くとも逞しく強かなでずる賢い。無理にとは言わんがぬしらはもっと賢い生き方を学べ」


 アルノーは魔族でディルゴよりも長く生きている。それでも真剣にディルゴの話を聞いた。人族は最も数が多く、最も関わりが深くなる種族だから。


 シアノスが無言で立ち上がりその場を去る。キラは迷って、シアノスの後をついていく。その様子にディルゴは溜息を零す。頭では理解できても行動に反映できない。まだまだ子供だった。



「シアノスさん」

「疲れたから寝るだけよ。戻っていいわ」

「シアノスさん、少しは召し上がった方が……ほら、あちらにあるの美味しそうですよ」

「あなた、金持っているの」

「お金?」


 現在シアノスは硬貨を取り出せない。そしてキラに一銭も渡した覚えはない。

 案の定、キラは硬貨を所持していない。村では物々交換と親切心で売り買いしていた。そもそも金銭の知識すら教わっていない。


「お姉さん! お姉さんのお陰で助かりました。あの、良かったらこれ食べてください。本当にありがとうございます」


 それはポンが庇った女性だった。女性はキラに料理を渡して何度もお礼を言った。


「……シアノスさん、一緒に食べてもらえませんか」


 キラはお願いすれば優しいシアノスは一緒に食べてくれることを分かっていた。ほら、機嫌悪くても一緒に食べてくれる。悟られないように心の中で喜ぶ。



「シンシア!」


 突然発せられた女性の声にシアノスの動きが固まる。キラがどうしたかと尋ねようとする前に声の主が目の前に立ちはだかる。


「シンシア、やっぱりシンシアなのね……! 会いたかった」


 涙ぐむ女性はシアノスを見ていた。シアノスの表情は怖いくらいに無表情だった。そんなシアノスを気にも留めずに女性はさらに近付く。


「生きていて、くれたのね。さあ、家に帰りましょう。お父様もお母様も喜ぶわ。ライアンさまも」


 ぐいっとシアノスの腕を掴む。シアノスは反射的にその手を払う。触られた部分を隠すように庇う。


「誰のことを言っているのかしら」

「あなたのことよ、シンシア」

「わたしの名前はシアノスよ。シンシアではないわ」

「まあ、もしかして記憶が……わたしよ、フローラよ。あなたはシンシア・ルキグワン、ルキグワン伯爵家の長女でわたしのお姉様よ。……思い、出した?」

「何度も言わせないで、わたしはシアノスよ」


 話が通じないとシアノスは彼女、フローラから離れる。その間もずっと顔は強張ったままだった。


「……そう、言う通りにしてくれないのね。それなら、しかたないわ」


 フローラの顔から表情が消える。呟く声は昏かった。

 シアノスはいきなり後ろから誰かに取り押される。キラの焦る声を最後に意識が遠のいた。




 次に目を覚ました時、知らない天井だった。知らない部屋のベッドに寝かされている。窓からは朝日が差している。どうやら一晩気を失っていたらしい。お陰か、魔蝕薬の効果が切れて魔力が使えるようになった。


「……まあ、お目覚めになりましたのね、お姉様」


 勝手に扉を開けて入ってきたのはフローラだった。どうやら彼女に誘拐されたようだ。


「お父様もお母様もお姉様に会いたがっていますわ。はやく行きましょう。……そうそう、お姉様のお友達の方もご招待しておりますわ」


 強引に出て行こうとして、止まる。友達というのはキラのことだろう。それなら、連れ出さないと。

 黙ってフローラの後に続く。案内されたダイニングに見たくもない顔が二つ。


「シンシア?! ああ、本当にあなたなのね。会いたかったわ。今までどこにいたの? さあ、もっと顔を良く見せてごらん」

「お姉様、また家族みんなで食卓を囲みましょう」


 ああ、吐き気がする。気持ち悪い。心が冷えていく。でも不思議と恐怖はなかった。避けていたのはもちろんだけれど、実際に会ってみて想定していた恐怖心は感じなかった。昔は彼らのことが途轍もなく怖かった。でも、今の姿はとても小さく見える。


 シアノスの口から乾いた笑い声が漏れる。訝しむ彼女らの様子に笑い声はますます大きくなる。可笑しくて笑わずにはいられなかった。


「生きていた? 会いたかった? 家族? はっ、笑わせないで。殺したのは他ならないあんたたちだろ。シンシア・ルキグワンは家族に虐げられ、家族に殺された」

「お姉様? 混乱しているの?」

「お姉様、だなんて虫唾が走る。あんたが欲しいのは思い通りに動く人形でしょう。どれだけいじめても何をしてもいい人形。ああ、その顔。今のあなた、とっても醜い顔をしているわよ」

「いい気になって――きゃぁ!」


 険しい剣幕で掴みかかろうとしたフローラを突き飛ばす。母親はフローラを支え怒りの形相を向ける。

 シアノスは魔女のローブを取り出し羽織る。


「一度だけ言うわ。シンシア・ルキグワンは死んだ。わたしは、緑の魔女シアノスよ。これ以上危害加えるようなら相応の報復を覚悟しなさい。それとも今ここで潰えたいのかしら」

「っ! 申し訳ございません魔女様。命だけは、命だけはどうか!」


 それまで傍観していた父親が怯えるようにシアノスに土下座する。平伏する父の様子にフローラと母は眼を剝く。


「お父様何言って」

「黙れ! 死にたいのならお前一人で死ね!」


 どうやら魔女の意味することを知っているみたいだ。


「このことを少しでも漏らしたら、すぐに息の根を止める」


 シアノスは一つ忠告を残して、部屋を出て行った。

 顔が見えないように一層深くフードを被り、キラのいる場所に向かう。ベッドの上で男に襲われそうになっているキラを救出してルキグワン家から去った。

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