危機と感謝
地上を駆けるテンサイにアルノーが照準を合わせる。テンサイの動きは単純で一直線に走ることしかしないから狙いがつけやすい。
発射する直前、視界の端で子供の姿が映る。反射的に魔道具を全て放り出す。バチバチっと身体から雷が放出される。背中から背丈ほど大きさの黒い羽が生える。
残像を残して加速する。まっすぐ子供の元へ、スピードをぐんぐん上げていく。
子供は地面に倒れて起き上がれない様子。声も出せないほどに怯え、遂には意識を失った。テンサイによる地響きで体重の軽い子供は空に打ち上げられる。
テンサイに轢かれる直前、アルノーの伸ばした手が子供の腕を掴む。
すぐに引っ張って小さな体を抱きしめる。
危機一髪、何とか間に合った。
しかし全速力で飛ばした弊害で止まることができず、すぐ近くの木に激突した。羽で体を包んで守り、何本もの木々に当たってようやく止まる。
ボロボロになったアルノーは腕の中の子供の姿を見てホッと安堵の息を零す。どこも怪我した様子は見られず穏やかな寝息を立てていた。
「間ニ合ッタノ……っテンサイ!」
不運にもテンサイの直線上には街があった。折角最小限に抑えれていた被害が水の泡になる。
そう思って飛ぼうとしても動けない。身体が、痛い。想像以上にダメージが大きかった。それでも――
何が何でも、守り抜く!
己を鼓舞し、痛みに耐える。飛び上がってテンサイの場所を確認する。もう、街の近くまで来ていた。間に合わないと分かっていても諦めるわけにはいかない。子供を抱き締めて羽ばたく。
「間ニ合エッ!」
しかし位置が悪い。アルノー、テンサイ、街は一直線上にいる。テンサイを止めるにはそれなりの火力が必要だ。ここから攻撃すれば街にも飛び火する。回り込む時間はなかった。
時間は少し遡り、ディルゴが上空のテンサイを撃ち落とした。
地上で一緒に行動していたキラとポンは喜びあった。
「やった、やったよキラさん! おじいちゃんたち魔女が勝ったんだよ」
「ええ、本当に良かったです」
共に喜ぶキラに違和感を覚える。どこか寂しそうな眩しそうな目をしていた。
「どうしたの?」
「……私は無力だと実感しました。シアノスさんたちのように強くはありません。セフィラさんや冒険者の方々のように動くこともできません。こうして見守ることしか出来ない自分が情けない……」
キラを見ていたポンは視線を外して同じ方向、喜び合う冒険者の方を見る。
「わたしはね、星になりたい。夜空で一番明るく輝く一等星になりたい。星が輝けば周りも綺麗に輝くでしょ? だからどんなに辛く苦しくてもわたしがみんなに元気と笑顔を届けるの。そんな一等星になりたい。キラさんは何になりたい?」
そう言うポンは星のように光り輝いていた。夢を語る瞳も向ける笑みも眩しいくらいに輝いて見えた。そして、歌っているポンを思い返して納得する。彼女は望む夢に目指していた。
「私は……」
考え込むキラの耳に悲鳴が聞こえた。思考を中断して周りを見渡すとポンが目を見開いて固まっていた。視線の先に目を向けると驚愕した。街を囲う外壁の先からテンサイが向かってくる。
喜びも束の間、周囲は騒然とする。ここに魔女はいない。逃げる人波に流されそうになる。冒険者が大声で避難指示を出しているが混乱しているのか誰も耳を貸さない。その様子をキラとポンは固まって見ていることしか出来なかった。
テンサイが外壁を破壊する。そのまま街の中を建物を壊しながら進む。避難は間に合わない。冒険者が何とか食い止めようとしても一切攻撃が効いてる様子がない。
逃げ遅れてぶつかった拍子に転んだ女性にポンが駆けよる。でも、もう間に合わない。庇っても意味はないのに身体が反射で女性に覆い被さる。二人の前にキラが立ち塞がる。
「っ、天使さま!」
ポンが叫ぶ。ダメ、逃げてと。自分のことは二の次でキラの安全を優先する。その気持ちはキラとて同じだった。守りたい、守らなきゃ。その想いが原動力だった。
キラは想像する。教会本部で見た大陸を覆っている結界を。あれならテンサイを止められると確信していた。
シアノスは言っていた、想像することが大事だと。
教皇猊下が教えてくれた、神聖力は祈りだと。
結界を想像し、祈る。みんなを守ると強く願う。
その祈りが形になる。テンサイにも引けを取らないほどの大きな結界が一瞬にして顕現する。テンサイが結界に突撃して大きな音と共に街が揺れた。テンサイの動きが止まり、ぐらりと傾いて横に倒れた。
場が静まり返る。そこにいた全員がテンサイが倒れた状況に理解が追いつかない。静寂が満ちた後、どっと歓声が上がる。思い思いに喜びあう。拳を上げ、涙を流し、抱き締め合う。生きている喜びを噛み締める。
「キラさん! ありがとう、助けてくれて……キラさんのお陰でみんな、無事だよ」
固まっていたキラにポンが抱き着く。自分の両手を見つめて、ポンを見る。笑顔を見せる彼女に笑い返す。
「ポンさん、見つけました。私はみなさんの笑顔を守りたい。手の届く範囲で助けられる命があるのなら助けたい」
思い出すのは聖女をしていた頃のこと。訪れる人々を癒していたキラは大変ではあってもツライと思ったことはなかった。なぜなら――
「聖女様ありがとうございます」
治療を施した人から贈られる感謝の言葉。それがキラにとっては何よりの褒美だった。
「うん、うん、とってもステキだよキラさん。応援してる」
「ありがとうございますポンさん」
フラフラになりながらアルノーはテンサイが壊した外壁に到着した。壁に寄りかかって街中の様子を見る。逃したテンサイは倒れていて喜びを分かち合っていた。
「良カッタ……」
「アルノー! 大丈夫、怪我は?!」
「セフィラ、問題ナイノ」
アルノーを見つけたセフィラが顔を青くしながら近寄る。ボロボロのアルノーを見て涙をこぼれそうになっている。彼女を心配させないように笑って答える。実際にはとても痛いが耐えられないほどではない。
腕の中にいる子供から寝言が漏れる。そこでようやくセフィラはアルノーが子供を抱えていることに気がついた。
「そういうことだったの。もう、無茶して……無事で、良かった」
「セフィラ、心配サセタノ」
「本当よ、全く……そんなあなただから好きになったんだけどね」
泣き笑うセフィラの頭をアルノーは抱え込む。ポンポンとあやす様に撫でる手は少しぎこちなかった。




