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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
42/127

終わりを告げる音

 観客の熱気は最高潮に高まり、長くも短いあっという間の一時。最高のライブの終わりを告げる。


「みんなー今日はありがとうー!」


 鐘の音がした。


 リンゴーンとゆっくり長き時間をかけて重厚な鐘が鳴る。少し間をおいて二回目も響く渡る。歓声に包まれていたステージは静まり返り、鐘の音だけが場を支配する。熱気も高ぶった気分も転落する。誰もが空を見上げて呆然とする。


「て、テンサイだ……」


 誰かが呟いた。零れた言葉が波紋のように揺らぎ広まる。


「テンサイが来る?!」

「逃げろー!!」

「キャー助けてー!」


 瞬く間に騒然とする。人を押しのけ押し倒し我先にと逃げ出す。その顔には恐怖の一色だけが浮かんでいた。怒号と悲鳴が飛び交う中で、誰かの泣く声が耳に届いた。


「いったい、なにが……っ!」


 急な変わりように戸惑うキラは何事か聞こうとみんなの方を向き、言葉を失う。張り詰めた空気が肌を刺す。睨むように空を見上げていた彼らはローブを纏い、何処かへ行ってしまった。残ったのはキラとセフィラだけだった。


 どうして。さっきまではあんなに元気で笑顔が溢れていた。一丸となって盛り上がっていた。言葉にできないほどの感動で胸がいっぱいだった。

 どうして。そんなに怯えているんだろう。なにに怖がっているんだろう。恐怖に怯え、焦りが怒りに変わり、救いを祈り、子供が泣く。


「テンサイよ」


 セフィラの静かな声が聞こえた。その声に反して表情は硬く冷や汗をかいていた。テンサイ、彼らも叫んでいた言葉だった。


「そのテンサイとは、なんですか」

「テンサイは……自然災害のようなもの。十二の鐘が鳴り響くとき、空から災いの雨が降り注ぐ。未曽有の大災害として語り継がれる一節よ」


 どこからともなく響き渡る鐘の音は終わりを告げる絶望の前触れ。十二回目の鐘が鳴り終わると、()からテンサイが降る注ぐ。それは空を揺るがし、地を爆ぜ焦がし、大地を荒らし破壊する。()が怒り見放した人間を粛清するための鉄槌を下すと伝えられている。テンサイは神の裁きと称された。


 鐘は絶望へのカウントダウン。抗うことも逃げることも無意味な行動。己の無力さと不運を呪い絶望に打ちひしがれて死を待つことしか許されない。

 鐘の音はユヴァ領とその周辺に響いていた。街でも同様の騒動が起こり、混乱極まっていた。気丈な避難誘導も意味を成さない。


「安全なところなんかどこにあるんだよ!」


 絶望の淵に立たされた人間は誰かに当たることでしか気を保つことができなかった。心の底では分かっていた。どんなに逃げても意味がないことを。それでも本能に逃げるように体が動く。



 五回目の鐘の音が鳴る頃、テンサイに抗う者たちが笑う。

 ここ、ポンのステージ会場は街からさほど離れていない草原に構えていた。急いで移動すれば街に避難することは可能だ。鐘はテンサイが降る範囲。国一つ飲み込むほどの広範囲だが防げない広さじゃない。そしてここには人々を陵駕する力を誇る魔女が三人もいた。


「テンサイノ着弾点ニハクレーターガデキルノ。着弾ハテンサイノ始マリニスギナイ。三日間、止マルコトナク大地ヲ破壊スル」

「ふむ、なら落ちる前に(落と)せばよいのじゃろう。街全体はちときついが、三分の一ともなれば容易いことじゃ」

「簡単に言ってくれるわね風の。老いて正常な判断も出来なくなったんじゃないかしら」

「なんじゃ、シアノスは自信がないのぉ? ここにいる塵芥と同じように逃げて一人安全な場所に籠るのか。ほっほっほっ、誰よりも弱者に成り下がろうとはさすがじゃのぉ」

「はっ、誰が尻尾撒いて逃げると言ったかしら。風のこそ、うっかり寿命で死ぬことがない様に自分の心配でもしておけば?」


 売り言葉に買い言葉。シアノスとディルゴは会えば口喧嘩が絶えない。


「方針モ決マッタコトダ、スグニ行動ニ移スノ。時間ノ猶予ハ多ク残ッテナイノ」


 九回目の鐘が鳴り終わる頃。避難誘導が済んだ。シアノスはステージにいる全員を街に押し込む。アルノーは魔道具を用い、ギルドと情報の共有と誰も街から外に出ないように指示をする。ディルゴは出来る限り街の外にいる人を街へと送る。


 街では暴動が起きていた。閉じた門に人の波が押し寄せた。鐘の音が回を進める度に混乱は増していく。

 それとは別に教会で神に祈りを捧げる者がいた。天に許しを請い災害を鎮めるよう神に祈る。

 そして魔女を信じる者は街の各所に散らばった。キラ、ポン、セフィラを始め、駆けつけた冒険者や魔女の関係者。彼らの仕事は魔女が撃ち落とすテンサイの落下点の人命救助。


「モンスターペアレントの次はテンサイか……」

「はは、この世界はなんて残酷なんだ」

「神に祈るなんて無駄なんだよ。俺たちは見放されたんだ」

「呪いじゃ! この地は呪われているのじゃ」

「ママー、パパ―、どこー?」

「私たちにいったい何の罪があるというの?」


 嘆き哀しみ怒り、行きつく先は絶望のみ。


「頼むぜ、魔女さんら。あんたらがだけが頼りだ」

「アルノー信じてるわよ」

「シアノスさん、どうかご無事で」


 そして――十二回目の鐘の音が鳴り終わる。

 空から金色の光が降り注ぐ。その光景は荘厳で神秘的だった。人々が言葉を失い空を見上げる。


「おお、神よ……!」


 神の裁き? そんな恐ろしいものではないんじゃないか。そう、これは神の祝福だ。神は我々に恵みと癒しを施してくださっているのだ。

 跪き両手を合わせ涙を流して感謝を述べる。喜び目を見開いたその時、空に黒い点が浮かぶ。


「え……」

「あ、ああ……」


 笑顔のまま固まる。黒い点はどんどん大きくなる。いや落ちてきている。落ちて距離が近づいているから大きくなっているように見えるだけ。それが次々と現れる。


「こんな、こんなのって」

「終わりだ……助かるわけねえよ」


 降りかかる恐怖に絶望した。神々しい光に希望を見た。そして、逃れることのできない絶対的な死に絶望の底に叩き落された。

 怒りも哀しみも湧いてこない。ただ涙を流しながら口から笑い声が零れる。打ち砕かれた心は何も映さない。真に絶望したものは感情すら消失する。笑うしかなかった。ふざけた現実(世界)を受け入れることを拒絶した。

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