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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
41/127

その名はアイドル

 シアノスとキラは連邦国家サーコルに来ていた。と言っても今回はギルド本部があるヴィーティリプ領ではなくユヴァ領だ。

 そこには風の魔女ディルゴと魔具の魔女アルノーの姿もあった。しかし三人の魔女は今はローブを羽織っていない。それが意味することは魔女の仕事ではないということだ。

 その魔女二人は早々にどこかへ行っていた。二人を迎えたのは魔具のお大事セフィラともう一人、風の魔女が保護している女性。


「シアノスさん来てくれてありがとうございます。何度もお世話になります! これ、今回の構想です」


 彼女はシアノスに元気よく話し掛ける。そして一枚の紙を渡すした。ざっと目を通したシアノスは納得するように頷いた。


「ああ、だから魔具のもいるのね」


 紙にはいつものようにステージの構成が事細かに描かれていた。今回はどうやら小型飛行船の試運転とお披露目も兼ねているらしい。

 シアノスが呼ばれた理由はステージの制作と演出。一層華やかにするための舞台装置としてお呼びがかかった。


「小型飛行船の最終確認にまだ少しかかりそうなの。だ・か・ら、待っている間に四人で女子会しましょう!」


 セフィラが名案とばかりに言う。約一名男なのだがそれは気にしない。


「そういえばポンちゃんはキラさんとは初めてよね。こちらはキラさん、シアノスさんのお付きよ。こちらはポンちゃん、ディルゴさんお抱えのアイドルよ」

「初めましてポンさん。キラと申します。よろしくお願いいたします。――ポンさん?」


 挨拶したキラに返る声はなかった。どうしたのだろうかと窺い見ればポンは固まっていた。目を見開いて両手で口元を押さえて震えていた。


「うそ、そんな……天使さま」


 ブワリと涙が溢れ出す。突然泣き出したポンにキラとセフィラが慌てて気遣う。けれどその涙は感極まって溢れてしまった嬉し涙だった。




「どう、落ち着いた?」

「うん、急に泣いちゃってごめんね。天使さまに会えたのが嬉しくて感情が暴走しちゃった」


 涙が止まったポンは照れたように笑う。

 このまま立ち話はなんだということでカフェに移動していた。この時シアノスは抜けようとしたが薬湯を出すというカフェに釣られて一緒に行動している。全種類注文して今は二杯目を飲んでいる。


「恥ずかしいところを見せちゃったけど改めて、わたしはポン。風の魔女(おじいちゃん)の力を借りてアイドルをしているの。天使さま、じゃなくてキラさんとは昔会ったことがあるんだけど……覚えてる?」


 窺うようにキラを見つめる。キラは記憶を手繰る。会ったことはあると言ってもキラは聖女時代に一日に数千人とあっている。だからその時に会っていたとしても次々と入れ替わる人の顔を覚えることは不可能にも等しいことだった。だがどこか見覚えがあるのもまた事実であった。

 少し尖った耳に大きく見開かれた瞳は宝石のようにキラキラと煌めいてる。透き通ったようなきれいな涙を流す姿は昔会った少女と重なる。名前は知らない、一度しか会ったことはない。けれど鮮明に記憶に残っているあの美しい歌声。


「もしかして、あの綺麗な歌声の……」

「――そう! 覚えてくれてたんだ……嬉しい」

「なーにー二人は知り合いなの?」


 昔、キラとポンは会ったことがあった。当時はお互い幼く、名前を教え合うことはなかったけど、その出会いはとても鮮烈に残っていた。

 キラがまだ修道院にいた頃に遡る。金銭の余裕がない修道院では自給自足の生活が余儀なくされていた。修道女四人のごく小規模の院だったがそれでも切り詰めて何とか生活できるぐらいの貧しさだった。畑で育てた作物だけでは足らず、森で果実や山菜を採りに行くこと日々を送っていた。それでも親無のキラを育てたり、神への祈りと感謝を忘れなかった。貧しいけれど明るく朗らかだった。

 内職の時間はキラの唯一の遊ぶ時間だった。手伝いを申し出るキラに彼女たちは子供は遊ぶのが仕事と一蹴。村に行って同じ年ごろの子供と遊んで欲しいという老婆心だったが、キラが行くのは村ではなく森だった。少しでも生活の足しをと山菜採りに行っていた。

 その日は収穫が悪く森の奥へ奥へと進んでしまい、道に迷ってしまっていた。右も左も分からぬ森を彷徨っていると微かに歌声が聞こえた。その声に引き寄せられるように草木を分け進むと湖に出た。そこに木の上に座って泣きながら歌うボロボロの少女の姿があった。


「そこは忘れていいから! あのときはその、色々あったの……」

「それで傷を癒したお礼に歌を歌ってくださいました。とても感動したのを覚えています」


 結局その後は一度も会うことはなかった。キラは教会に連れられてしまったしポンもまた、ディルゴと出会うことになった。


「大きくなって再会してってロマンチックね。なら明日は頑張っていいとこ見せないとね」

「うん、最高のステージを見てもらいたい。よーしやる気が湧いてきた! シアノスさん、少し変えてもいいですか」


 その後、シアノスは確認が済んだ小型飛行船やステージの準備のため分かれた。三人は思いっ切り羽目を外してショッピングを楽しみ、大量の荷物を抱えて帰ってきた。



 翌日、公演を迎えたステージには大量の人で溢れていた。また時間には余裕があるがすでに多くの人で賑わい、今か今かと待ちわびていた。


「やっぽーん! みんなお待たせー、最高の笑顔と幸せを受け取る準備はいい? それじゃあ、いっくよー」


 巻き上がる歓喜の声と熱狂。何百もの声の中でも鮮明に届くポンの歌声。木で作られたステージが歌に合わせて形が変わっていく。大きな花に乗って空を舞うポンの姿に一層大きく歓声が飛ぶ。空に花が咲いては散ってを繰り返し、花弁が舞い落ちる。


 特等席で見ていたキラは瞬きも忘れて魅入っていた。高揚感に包まれて感動で胸を打ち震える。鳥肌が止まらない。


「すごい……」


 ポンが言っていた「アイドルはね、みんなを笑顔にする存在なの」という意味を実感した。気づけばキラの口は口角が上がっており、笑顔をポンに見せていた。

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