初心な年頃
バタンと大きな音を立てて勢いよく扉が開かれた。たまたま下に降りていたシアノスは音に驚く。扉の方を見るとキラが膝に手をついて息を切らしていた。確か今日は水の魔女のところに行っていたはずだ。急な用事でもあったのだろうか。
シアノスが首を傾げる。走ってきたにしては顔が赤い。首まで赤くなっている。
「なにかあった?」
「う、あ、いえ……」
ぷしゅーと湯気が出そうなほど真っ赤に染まっていく様子に訝しむ。
「じ、実は、その……み、見てしまったんです」
転移したキラは家に帰る途中ガサガサと揺れている草木を発見した。動物だろうかと思ってそっちの方に抜けたところでそれを見てしまった。
緑と白が複雑に絡み合う。どこにも隙間がないぐらいに密着している。水音が今でも頭に響いている。目の当たりにした光景が頭から離れない。
「ラウネさんとラクネさんが、その、き、キス……しているところを」
言葉にして一層赤みが増す。両手で頬を挟んで目には涙が溜まっていた。
二体の深く長い睦み合いはキラには刺激が強すぎた。
「当然でしょ」
状況を察したシアノスはあっけらかんと言う。
「当然、なんですか」
「恋人同士がキスするのは普通でしょう」
「こいび……え?」
「あら、言ってなかった?」
「初耳です」
確かに二体は仲がいい。いつも一緒にいるし距離が近かった。知識がないため魔物にとってそういう距離感が普通なのだろうと特に何も思わなかった。
そうか、恋人だったのか。それならおかしくない?
色事には疎いを通り越してもはや無縁といっても相違ないキラに正しい判断は持ち合わせていない。
あれ、でもそれなら、魔物の蜜事を覗いたことになる。
赤くなったり青くなったりと忙しないキラを冷めた眼で見る。
何を考えているのかが一目瞭然だった。
「気にする必要はないわ。二体に羞恥心はないし、見られたことに対して照れることも怒ることもない。見ても無視すればいいのよ」
処構わず睦み合う様はよく見る光景だ。逆に今まで良く見なかったなと感心するほどだった。
無縁と言っても関心がないわけではない。これまでの環境故にその手の話題に触れる機会が皆無だっただけ。気にしないで無視しろと言われてできるものではなかった。
「シアノスさんは、平気、なんですか?」
言ってから愚問だったと気付いた。気にならないから黙認しているのだ。それを意味することは――
「慣れているから……」
「は!? なんでそうなるのよ」
考えてることが口に出てしまったようだ。何をどうしたらそんな考えに至るのだとシアノスはギョッとする。
「違うのですか?」
「違うわよ! そもそもわたしにそんな相手はいな――あっ」
勢いに任せて余計なことを口走ってしまった。そもそもなんでこんなに熱くなっているだと冷静になる。けれども一度口に出てしまったことをなかったことには出来ない。そして気付いたときにはもう遅かった。ここまで言ったらさすがのキラでも分かった。
「そうですか、良かった。……あ、すっかり遅くなってしまいました。すぐに夕食の準備をします」
ホッとしたように柔らかく笑んだキラはようやく落ち着いたらしい。足早にキッチンに向かい、料理を始める。
一人残ったシアノスは思考停止していた。
(いやいやいや良かったって何!? どういう意味?!)
終いに大きな爆弾を投下したことにキラは気付いてない。シアノスだけが悶々と抱えることになった。
シアノスもまた色事には疎遠だった。そしてキラと違って自分には縁のない事柄だと切り離していた。他人同士がなにをやっていても気にしない。無関心でいられるのはその対象が自分ではないから。だから決して慣れているというわけではない。かくいう彼女もそういった経験はない。だから、そう。自分がその立場になったときにドギマギしてしまうのは仕方のないことだった。




