魔女の事情
日が暮れだした辺りからキラはソワソワと落ち着かない様子だった。
「キラ、なにか気になることでもあるぴょん?」
「あ、すみません。シアノスさんの様子が気になってしまいました」
「そうか、もうそんな時間か。配慮が足りなかったな。長々と付き合わさせてすまないぴょん」
「いえ、私も楽しくて時間を忘れてしまっていました」
「転移陣まで送るぴょん。早く帰ってやらないとな」
転移陣に着くとちょうど誰かが来たようだ。扉が開いて中から出てきたのはラトスィーンだった。
「おや、リーリンにキラさん。……ああ、なるほど。もうお帰りになられるのですか?」
「はい。シアノスさんが心配ですし、食事の用意がありますので」
「シアノス…………仲の良いことで安心しました。彼女のことくれぐれもよろしくお願いしますね。シアノスを、裏切ることのないよう願います」
「裏切る、ですか? ラトスィーンさんはシアノスさんとは古い仲なのですか?」
思えばゾルキアもシアノスのことを知っているようだった。魔女同士の仲は良くないと言ってはいたけど深い間柄ではないのだろうか。
「古い仲と言うのも間違ってはいませんが、キラさんの考えるような間柄ではありませんよ。魔女は他の魔女の過去を知っています。精査し共有しています。それは単に要らぬ諍いを失くすため。過去を知れば人柄も掴めます。最たる理由は藪蛇にならないこと。魔女も人間ですから色々抱えるものがあります」
「シアノスさんの過去……」
「私の口から話すことはしませんよ。秘密を吹聴する趣味は持ち合わせていませんし、地に落ちてもいません」
「も、もちろんです。シアノスさんがお話ししてくれるまでお待ちします。それに、過去を知らなくても今のシアノスさんを知ることはできます」
気にならないと言えば嘘になる。でも無理に聞くことではない。話したくない過去なら知らないままでいい。傷口をこじ開けるような真似はしたくない。知らなくても寄り添うことは出来る。関係が壊れてしまうぐらいなら上っ面だけでもいい。
「すみません、そろそろ失礼します。リーリンさん本日はありがとうございました」
そう言ってキラは転移して行った。手を振って見送った後、ラトスィーンは息を吐いてリーリンに体を預ける。
「どうして魔女は、こう隠したがるんだか」
肩を支えながら溜息をつく。ラトスィーンの顔には疲労の色が濃く表れていた。リーリンは片手で抱え上げてゆっくりと歩き出す。だらりと力を抜いて運ばれているラトスィーンは楽しそうに笑う。
「会う度に変わっていますね。若さゆえでしょうか。このままシアノスもいい方向に変わってくださるといいですが」
「楽しそうだな。……大丈夫なのか」
リーリンは不安な顔でラトスィーンを覗く。魔力がだいぶ消耗している。笑みもいつもより力ない。最近は特に忙しくしている。ヘクセに依頼が立て込んでいるのもその一端だった。それこそ、休む暇もなく動いている。疲労もだいぶ溜まっているはずだ。
「……さすがに、雨を降らせるのは疲れました。相次ぐ魔物の暴走に異常気象と、どうもきな臭い。誰かが裏で暗躍しているようにしか思えません」
「なおさら無理はするな。もっと頼れ」
クスクスと笑う。言ったところ頼らないことは分かっていた。それでも言わずにはいられない。ラトスィーンは主人で恩人で大切な人なのだから。心配するなという方が無理な話だ。
「リーリン――語尾が抜けていますよ」
「っ!」
つつ、と耳の付け根を撫でられる。ぞわっと一気に鳥肌が立つ。
獣人にとって耳と尾は聖域だ。他者に触れられることを忌避する。恋人だけが許されるという不文律がある。
ラトスィーンがリーリンの耳を触るのは問題ない。問題はないが平気ではない。
「いけませんね。約束は守りませんと」
こそばゆくて、力が抜けそうになる体を叱咤する。快感に屈してラトスィーンを落とすわけにはいかない。必死に耐えて赤くなった顔でブンブンと縦に振る。
「返事は」
「……ぴょん」
満足のいったラトスィーンは耳から手を離しご機嫌な様子だ。対するリーリンは羞恥心に未だ顔に赤みが残る。耳もしおれている。
旅館が見えたところでリーリンが平時に戻る。
「食事はどうするぴょん?」
「休んでからにします」
「ならせめて温泉だけでも入るぴょん」
「そうですね、リーリンに任せます」




