ぴょんぴょんぴょーん
その日、ラトスィーンのお誘いもありキラは一人で温泉街に来ていた。転移の仕方はシアノスに教わった。転移はバッジで作動する。逆に言えばバッジさえ所持していれば誰でも使用することが可能なのだ。
初めて自分で行った転移だったが無事に温泉街の近くに飛べたので安心した。何回体験しても感動してしまう。
旅館の裏手には前と同じように人の姿があった。しかし今回の人影は小さかった。
「キラさまですね、おまちしておりました!」
拙さの残るものの一生懸命勤める少女にキラは視線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「だんちょーはてがこんでますのでしょうしょおまちください」
「分かりました。待っている間は私の話し相手になってくれませんか?」
「もちろんです!」
キラに用があるのはラトスィーンではなくリーリンの方だった。こっちこっちとキラを案内した先は従業員用の休憩所だった。そこには案内した少女と同じような年齢の子が多くいた。
「すまないキラ、待たせたぴょん」
用事が終わったリーリンはキラの元に急いだ。呼び出した側が相手を待たせるなんて失礼に値する。
「リーリンさん、お邪魔しております」
そう言ったキラの周りには少女たちが多く囲んでいた。どうやらキラに髪を編んでもらっていたようだ。それぞれ違った髪型をしていて見せ合って喜んでいた。かくいうキラも少女たちに遊ばれたのか髪を結われていた。
少女たちは旅館のお手伝いをしている正当な従業員である。彼女らはみな孤児だった。親を失った、あるいは捨てられて行き場のない子供たちを雇い入れる。数を増やしていく温泉街の施設には人手は多くても余ることはない。子供たちには働き口をもらってかつ生活の基盤を整えることができる。もちろん衣食住の三つも揃っているし、学習の場も用意されている。至れり尽くせりな理想の環境が構築されていた。成長して大人になった後は自由だった。冒険者や職人を目指すなら大手を振って送り出す。それは一部で大半の子はそのまま温泉街で働き続けることを選ぶ。
温泉街の通りはどこも明るく賑やかだった。売り子の元気な呼びかけも飲んで食べての大騒ぎでとても楽しそうだった。笑いの絶えない街だった。
「団長さん寄ってかない! いい肉が入っているよ」
「取れたての新鮮な人参あるよ」
「隣の別嬪さん紹介してよ」
「好きなもん言いな。なんでも旨いからさ」
少し歩いただけでも屋台から次々に声がかかる。リーリンは街の人気者のようだった。店番があれもこれもとリーリンとキラに持たせていく。広場に着いた頃には二人の手には大量の料理を抱えていた。
「見境なくてすまないぴょん」
「いえ、優しい方ばかりですね。こんなに頂いてしまって食べ切れるでしょうか」
「ああ、それなら問題ない」
噴水広場に設置してある机にもらったものを置く。四人用の大きな机だが落ちそうなほどの量だった。
「好きなものを食べるぴょん。ここのはどれも美味しくておすすめなんだぴょん」
確かにどれもこれも美味しそうだ。種類が多くて迷ってしまう。一先ず手前にあった串に刺さったお肉を取る。どう食べるのか悩んでいると同じものをリーリンが取って手本を見せてくれた。そうしていくつか食べ進めていったがどうにも減っている気配がない。残してしまうのを申し訳なく思ったときだった。
「――あれ、団長? 団長じゃないっすか」
「ホントだおーい団長ー」
一人の男性がリーリンに気付いて近付いてくる。その後ろをぞろぞろと人が列をなしていた。
「団長、ここで何してるんですか?」
「うわーすごい料理の山!」
「あー見てたら腹減ってきた」
「ちょうどいいところに、お前たち食べていいぴょん」
「わーいやったーー!!!」
「さすが我らが団長」
「うまうまうまっ」
机の周りをやって来た男たちが囲って人の壁ができていた。彼らは料理に手を伸ばして大量にあった料理はみるみるうちに減っていった。
「ふぉふぉろへはんほう、っんぐ、このお嬢さんはどなたですか」
どうやら全員気になっていたようで頻りに頷く。早く紹介してとオーラを放っていた。四方八方から穴が開くように見られているキラは苦笑を零す。
「初めまして皆さん、キラと申します」
「天使だ。天使がいる」
「声まで可愛いのかよ!」
「存在が可愛い……」
食事を済ませた獣たちの次なる標的はキラだった。取り囲んでワイのワイの騒ぎ立てる。どんどん掛けられる質問に答える暇がない。困惑してるものの邪見にしないキラに男たちはさらに気を良くする。それを止めたのはリーリンだった。
「いい加減にしろお前たち!」
「すみませんでしたー!!!」
リーリンの一喝で男たちはざっと整列して土下座をする。息の揃った動きは統率されていた。ピーンと耳を伸ばして正座する。
「一人に寄ってたかるとは情けない! 困っているのがわからないのか」
「はい!!」
「今から街外十周だ! 頭を冷やしてこい」
「はい!」
「それとキラは男ぴょん」
「はい! …………ええぇぇぇーーーーー!?!?!?!?」
男!? 嘘だろ!?!?
男たちの視線がキラに集まる。
一身に集まる視線にパチパチと瞬きをして微笑みながら頷く。
男たちの顔は絶望の色に変わり阿鼻叫喚だった。
「あれで男とか詐欺だぁ!」
「くっ、男と分かってても可愛いなぁおい!」
「あり……」
思い思いの感情を口にする。その様子を残念そうな顔でリーリンが眺めていた。
「醜態を晒してほんっっっとうにすまないぴょん」
「いえ、皆さん楽しそうですね」
これが楽しんでいるように見えるのかとキラの感性に甚だ疑問が浮かぶが気にしていないのならなによりだ。感受性は人それぞれだからな、趣味嗜好に関してはなにも言うまい。……一瞬主人の顔が浮かんだ気がしたが気のせいだ、気のせいだったことにしよう。
「改めて紹介するぴょん。彼らうさぴょん軍団の団員たちはここ温泉街の治安を守る自警団ぴょん」
温泉街のうさぴょん軍団、その軍団長を務めるのは水の魔女のお大事であるリーリンだ。筋骨隆々の兎人族のみで構成された軍団はだいぶ結構目を引く。脳筋思考だが明るく活発で人の好い性格から街民から人気と信頼が厚い。今の状況だって見世物だと快く受け入れられている。
温泉施設は各地に展開されているがそこの守備隊は性別種族問わず、腕っぷしのあるものが勤めている。魔女のお膝元である温泉街だけ特殊だった。発案者は言わずもがなラトスィーンである。
和やかに騒いでる中、軍団全員の耳がピクッと一方向に向く。
それまで笑い合っていたのが嘘のように皆真剣な目つきになっている。
「うさぴょん軍団出動!!!」
「ぴょーーーん!!!!!」
リーリンの号令と共に素早く走り出した軍団。ただごとではない様子だった。
「なにかあったのですか?」
「遠くで騒ぎが起きたようだ。心配するな、そのための軍団ぴょん」
兎人族は聴覚が優れていて瞬発力がある。鍛えられた彼らなら街の端であっても異変に気付くことができるし、筋肉という分厚い装甲があっても素早く駆け付けることができる。決して悪ふざけのネタではなかった。




