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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
36/127

複合の魔女

 緑の魔女の家を訪ねた後のゾルキアとアレキシオ


「ね、言った通り可愛い人だったでしょう?」


 アレキシオは学会の後、キラのことを頻りにゾルキアに話していた。それほどまでに彼のことを気に入って、なにかしてあげたいと思っていた。そうしていつものんびり旅をしている二人だったがアレキシオの希望により転移で各所を巡り、色々なものを買い漁っていた。


「まあ、確かにな。幼い子供……いや、犬みたいな子だったな」

「犬は言い過ぎだよルキ。キラさんとシアノスさん、仲直りできるといいね」

「なるようにしかならんだろう。二人の関係は俺たち外野は関与できない」

「それは、分かってるけど……キラさん、薄幸な生活を送っていたみたいだったから幸せになってほしいなって」

「……随分気にかけているんだな」

「そうかな? うーん、そうかもしれないね。昔の自分と重なっているように見えるから、かな。ルキに会って幸せになったからその幸せをお裾分けしたいのかも」


 はにかむように笑うアレキシオをゾルキアは抱き締める。頬をそっと赤くするアレキシオに可愛いが大渋滞している。人目もはばからず――と言っても森の中で他に人の姿は見えないが――抱き締めるゾルキアはいつものことだった。未だに気恥ずかしさは残るものの、それでも最初の頃よりは慣れたものだった。



 アレキシオは貴族家の生まれだった。宰相の父と社交界の花である母はお手本のような貴族だった。家、ひいては国の利益となるように生きることを良しとし、己の感情は不要とする。その生き方は勿論子供にも強制していた。刷り込みのようにそれが自分の役目だと幼い時分では信じていた。優秀だった彼は若くして父である宰相の補佐と同年代故に王太子の相手をこなしていた。大人たちの期待に沿うよう動くことは大変ではあるけれど当然のことに感じていた。国のために必要なことだと疑うこともなく身を粉にして働いていた。

 それを救い出してくれたのがゾルキアだった。同じく貴族で高位の出、しかも嫡男だった彼だが自由だった。領地経営は傍らに趣味の魔術研究に没頭していた。魔術に愛された神童だともてはやされ、揶揄されていた。それでも相応の実力があり顔も良い彼はとてもモテていた。恋愛結婚だった彼の家の意向で好きにさせていたので適齢期ではあったが未婚で、特定の相手もいなかった。そもそも趣味か家のことしか興味のない彼は出会いすらなかった。

 アレキシオと出会ったのはほんの偶然だった。たまたま、仕事の関係で出会い、少し会話しただけ。その日をきっかけに二人は会うようになり話をするようになり、友人のような関係になった。次第にゾルキアはアレキシオに恋愛感情を抱き、色々あって逃避行することになった。魔女になったのだってアレキシオと結婚するためである。


「ルキには感謝してもしきれません。今こうして幸せに暮らしているのもルキのお陰です。だからでしょうか。キラさんにも私のように幸せになってほしいと思ってしまうのは。これでは、私の自己満ですね」

「いいんじゃないか? 例え自己満であったとしてアレクはキラを想っての願いというのには変わりはない。理想を押し付けているでもなく強要しているでもない。行き過ぎた行為は目に余るがそうでないならとやかく言う人はいないし俺が言わせない」

「ルキ……ありがとう」


 ゾルキアとアレキシオは男同士だ。男同士の恋愛は存在するが、家を存続させる義務のある貴族の身分がそれを許さなかった。恋愛は良くても結婚は反対。正妻を他に用意し、良くて愛人の立場にするしかない。それはゾルキアにとって受け入れられなかった。だから魔女になった。アレキシオに話して同意を得た。ゾルキアの家は了承してもらえたがアレキシオの家は話すらままならなかった。だから強引に事を運んだ。円満に済めば尚良かったが諦めるという選択肢は存在しなかった。


 今でも後悔はしていない。愛する人が自分の隣で笑ってくれている日々を噛み締めないときはない。可愛い愛しい恋人が笑ってくれるのならどんなことでも乗り越えられる。


「なんだか昔のことを思い出してしまいました。久しぶりにルキのご家族に会いに行きませんか?」


 魔女になるとき、それまでの人生に区切りをつけなければならない。家族や友人と縁を切り、名を捨て生まれ変わる。魔女として、新たな人生を歩むのだ。

 縁は切っても魔女として過剰な介入をしなければ会う事は黙認されている。私情で手を貸すことは禁止だが会って談笑するぐらいお咎めはない。そこまで厳密に制限してはいない。

 ゾルキアの元家族とは関係は良好。アレキシオのことも快く思っているし、家族のように愛情を持っていた。


「ルキ………?」


 抱き締めたまま動かないゾルキアに首を傾げる。アレキシオ主義のゾルキアは滅多なことで意に沿わないことはしない。だけどなんだか少し様子がおかしい。

 ゾルキアはアレキシオが大好きだ。頼みはなんでも聞きたいし、喜ぶことはなんだってしてあげたい。可愛くて愛しいアレキシオ。それでも、いやだからこそ――


「それはまた今度ね。暫くは二人っきりで過ごしたい」


 嫉妬する。最近ずっとキラキラと口を開けば他の男のことばかり。実際に会ってみて悪い子ではない、むしろ好印象だった。彼に対しては純粋な好意だというのも理解している。それでもやっぱり他の男の話は面白くないものだ。


 腰を抱いて密着したまま頭を起こす。片手を頬に添えて至近距離で目を合わせてふわりと微笑む。


「ル、キ」

「俺だけを見て俺のことだけを考えてよ、アレク」


 独占欲を全開にさらけ出す。ゾルキアは内外がはっきりしている。興味を示さない大抵のものには無関心だ。しかし、一度内に入れたものはとても大切にする。それが愛する人であればなおさら。愛情は全て惜しみなく愛する人に注がれる。とても大事に大切に傷付かないように真綿で包み込むように優しく。他に無関心であるが故に、過剰に愛してしまうのかもしれない。

 過保護なゾルキアに惚れた弱みかアレキシオは彼にとても甘い。それとも普段とは逆の関係性に萌えているのかもしれない。なにはともあれ断る理由も意思も持ち合わせていない。


 ますます赤く染まった顔で小さく頷いた。その瞬間視界が揺れ浮遊感を感じる。横抱きにして疾く走るゾルキアは一番近くにある持ち家に向かった。そこは誰にも邪魔されない二人だけの箱庭だ。

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