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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
34/127

後悔と恐れ

 その日、朝からシアノスは外に出ていた。急いた様子で飛び出すように出て行った。未だ立ち直れていないキラは何をするまでもなく座っていた。背中を丸め、俯いて、ただただ己を悔やんでいた。


「いい加減女々しいぞ」


 少女の声と共に頭に衝撃が走る。頭を押さえて顔を上げると踏ん反り返った少女が目の前にいた。その顔に見覚えがあった。シアノスの幼少の頃を連想させるほど似ている彼女はキラの滞在を説得してくれた恩人だった。


「あなたは……」

「いつまでそうしておるつもりじゃ。これでは鬱陶のうて構わん」

「もうしわけ――」

「なんの謝罪じゃ」

「お目汚しを、私が、立ち直れずにいるせいで」

「理解しておるのなら何故変えん。何を恐れ怯え躊躇しておる。シアは気にしておらんなんだ」


 それはキラも感じている。気にしているのは自分だけで、関係が悪くなっているのは自分のせいだ。分かって、いるんだ。それでも言い返せなかった。彼女の言葉に、自分の心の内すらわからない。

 視線が下がっていくキラに少女はふんっと鼻を鳴らす。


「シアは三日は帰ってこん。それが猶予じゃ。もしそのままならぬしを追い出すでな」

「まっ……!」


 顔を上げる瞬間、家の扉がノックされる。注意を逸らした間に少女の姿はもうどこにもなかった。そのことに少しほっとした。続く言葉はない。彼女の面影があるせいか、本人に言われているように錯覚して気が気でなかった。


「キラさん? どうかなさいました?」

「あ、アレキシオさん」


 ヘクセで会った複合の魔女のお大事アレキシオが心配そうに首を傾げていた。そういえば訪問者が来ていたことを思い出す。から回って何もできない自分が酷く情けなかった。


 学会が終わった後、アレキシオはゾルキアにお願いして各国から美味しい料理を買い集めた。たくさんの手土産を持ってキラの元を訪れた。

 けれどあのときと違って表情は硬く元気がなかった。脆く今にも壊れてしまいそうで、そのことに気付いていない様子が酷く痛ましい。


「役に立ちたいと思うことが間違いなのでしょうか。何をすべきなのか分からなくなってしまいました」

「キラさん……何が正解で何が間違いか誰にもわかりませんよ。誰であろうと完璧にはなれません。例え正しい行いをしたとして喜ばれ称えられる一方で妬ましい疎ましいと思う人もいます。それは実際に行動して得られた結果です。恐れる気持ちは分かります。一歩踏み出すことはとても勇気がいることです。それで誰かが傷付いたら悲しいですよね。ですが自分を悪者にしないでください。自分を嫌いにならないで上げてください。どんな結果になろうと、選択した自分を誇っていいのです。正しいと信じて貫き通していいのです。理解してくれる人が助けてくれる人が傍にいるではないですか」

「あ……」


 アレキシオの言葉が胸にストンと落ちて行く。腹の底に溜まった不快感が消えていく。初めてだった。強い感情(怒り)をぶつけられたことが。初めてだった。誰かではなくシアノス(一人)の助けになりたいと思ったのは。シアノスと出会ってからだった。望みを抱くことも一喜一憂することも胸が躍ることも、全部彼女がくれた。


「なれるでしょうか」


 たくさんもらった恩返しがしたい。力になりたい。シアノスのことを知りたい。ラトスィーンと接するような認め合うような仲になりたい。あわよくば、ラウネやあの少女と話しているときのような笑顔を――


「ま、俺からすれば今でも十分だと思うけどな。人と関わることを避けていることを思えば一緒に行動している時点で少なからず内には入っているだろうよ。折り合いがついてなくて自己嫌悪が混ざって余計にきつく当たってる部分もあるだろうけど構わずぶち当たれ。少し困らせるぐらいがちょうどいと思うぜ」


 ゾルキアがサムズアップをみせる。アレキシオも同意するように頷く。

 気持ちを吐露すること自体慣れていなくて、こうして悩みを打ち明けるのですら少し怖かった。それでも話して良かったと自信を持って言える。気遣いも激励も申し訳なさを感じるもこそばゆくて嬉しかった。


「アレキシオさん、ゾルキアさん、ありがとうございます。お陰で勇気が出ました」

「おっ、その意気だ。取り敢えずとっかかりを作ろうぜ。小さくても変化を持たせるのは大事だ」

「とっかかり……」

「簡単なことでいいですよ。難しく考えないで思いついたことはありませんか?」

「名前……名前で呼ぶことを、許していただけるのでしょうか」

「え」

「え」

「?」


 少し顔を赤らめて言うキラにノリノリだった二人は固まる。侮っていた。シアノスとキラの対人スキルの低さを。いやでもまさか同じ屋根の下で暮らしておきながら初歩の初歩だとは思わないではないか。なんだその顔見知り以上知り合い未満な関係。おもしろ……おかしいだろう。近いくせにとーっても離れた距離の二人に一株の不安が過る。

 なにも言わずに視線を合わせして苦笑交じりの溜息をつく。

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