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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
31/127

魔女集結

 キラが住み始めて早くも一か月が経過した。一か月を長いとみるか短いとみるかは生活の忙しさによって変わるだろう。だが人が変わるのには十分な時間だった。


 今日は半年に一度のヘクセにて魔女一同が集まる学会の日だ。


「お久しぶりですシアノス、それにキラさんも。お元気そうで何よりです」

「ラトスィーンさん、先日は大変お世話になりました」


 廊下でばったりと遭遇した水の魔女ことラトスィーンは二人を見て微笑む。その様子にシアノスは苛立ちを隠さずに顔を背ける。結果的に彼女の想い通りになってしまったのが気に食わなかった。それを言明してはないものの愉快気にしているのに腹が立つ。表立って言われるのは嫌だが意味ありげな顔をされるのも鬱陶しかった。


「そうだキラさん、私のお大事のリーリンです。ぜひ仲良くしてください」

「リーリンという、よろしくぴょん」


 差し出された手を握り悪手を交わす。リーリンは服の上からでも分かるほど筋骨隆々でがっしりしている。長身な彼は少し屈んで目線の高さを合わせてニカッと歯を見せて笑う。頭と一緒に揺れる長い耳に目が行く。


「獣人族を見るのは初めてぴょん? 獣人とは言葉の通り人と動物が合わさった種族で俺は見ての通り兎人族だぴょん」


 獣人族の特徴として挙げられるのはやはり身体能力の高さだ。と言っても種族ごとに差がまちまちだがそれでもヒト族に比べると際立っている。差異は何も見た目だけではない。生まれながらにして高い能力値に対する妬みや種族の違いによる恐れや忌避でヒト族は獣人族に排他的だった過去はある。今はある程度緩和してはいるがそれでも場所によってはその色はまだ濃く残っている。


「リーリン、キラさんにヘクセを案内して差し上げてください。それから他の魔女のお付きとも顔合わせも。頼みましたよ」




 現在ヘクセには八名の魔女がいる。水の魔女ラトスィーン、獣の魔女マオ、風の魔女ディルゴ、魔具の魔女アルノー、爆壊の魔女バーン、占の魔女インデックス、複合の魔女ゾルキア、緑の魔女シアノス。


「全員集まりましたね。それでは学会を始めましょう」


 魔女とは憧憬の称号だ。一国の王より尊き身分。Sランクの冒険者をも凌駕する実力。人は魔女を畏怖しながらも良き隣人として共存してきた。

 魔女になる条件はたったの二つ。一つ、ヘクセに辿り着くこと。一つ、魔女に認められること。

 ヘクセは大陸の北の離島にある。陸海空どの経路でも構わない。但し、どの経路を選んでも命の保証はない。空は雷雪と怪鳥が飛び交い、海は時化り水龍が遊泳し、陸は大陸間を繋ぐ最大難易度の大迷宮が広がっている。さらに離島全土が魔境だ。大陸とは比べ物にならないほどに強力な魔物が生息している。手段は問わない。それらを全て切り抜けれた者に試験を受ける資格が与えられる。

 試験は三人の魔女の前で研究成果の発表をすること。その結果を持って魔女なりえるか決定を下す。


 魔女は基本的に何をしでも許される。しかし、それは制約の中でならの話である。魔女であるがゆえに相応の首輪が必要なのだ。倫理を犯す非道な行いを、理に反する狂気を赦してはならない。人間としての一線を超えた者に生きる価値なし。それ即ち消滅。慈悲はない。ヘクセ総動員(力の暴力)でもって粛清する。


「周知する内容は以上で異論ありませんね。……さて! 近況報告と参りましょうか、シアノス」

「聖女を手に入れた。教会との諍いなし」

「ほぉあの強情頑固な娘が……どんな手で落とされたんじゃ?」

「立派に成長してくれてなんだか感慨深いです。シアノスは献身的で従順な子が好みでしたか」

「老害どもが、今ここで息の根止めてあげましょうか」


 各々のプレゼンテーションは粛々進み、終わった後は一転して報告会とは名ばかりの雑談交じりの談議に映る。


「最近気になることがあるんだが、魔物による生態系や環境の変化が各地で起こっている」

「報告、凶暴化した魔物が腕輪を所持しているのを確認」

「ボクも見た! 暴走してる魔物(暴れてる子)に話しかけても意識が混濁しててとても苦しそうだった……」

「凶暴化サセル魔道具、実物ハ無イノ?」

「否、消滅を確認」

「切り離しても正気に戻らなかったから難しいね。変質しているからみんなも気を付けて」

「どうも作為的なものを感じますね。冒険者ギルドにも情報共有しておきましょう。他に報告はありますか? ……インデックスどうぞ」

「災禍降りかかりし単に非ず。西方に凶多し」

「随分物騒じゃのぉ。老体に響くわい」

「ソウダ風ノ魔女、飛行船ノ試作機ヲ試シタイカラ手伝ウノ」

「完成したのか、俺も見に行っていいか?」

「モチロンダ、人手ハ多イホドイイノ」

「アルノー、開発もいいですが調査の方も頼みますよ。それではこれにて学会はお開きとします」


 半日以上にも及んだ学会は幕を閉じた。合図とともに好き勝手に動き出す魔女はやはり自己的な者しかいない。

 一番に廊下に出ていたシアノスは珍しいことにインデックスに声を掛けられた。魔女内で一、二を争う協調性のない二人が会話することは滅多にない。それこそ片手で数えれるほどに少ない。


「感謝します」

「なんのことかしら? 占のに感謝される謂れはないわ」


 肩を竦めるシアノスにインデックスは感謝の意を込めて礼をしてその場を後にした。シアノスもまた、何も言わずに歩き出す。




 魔女がヘクセに連れてこれるお付きは二名までだ。どの魔女のお付きなのかが分かるようにバッジを身に付ける必要がある。学会中はお付きは自由に行動して良いが基本的に控室で待機していることが多い。魔女とは違ってお付き同士は仲が良かった。メンバーが変わることは殆どないのでいつも御馴染みのメンツだ。


「ワタシはセフィラよ。魔具の魔女アルノーのお大事なの」

「僕は複合の魔女のお大事アレキシオです。こちらは爆壊の魔女のお付きのタタさんとシュツさんです」


 和やかにお茶会が開かれていた。机の上には香りのいい紅茶が入れられており、所狭しと大量のお菓子が並べられていた。


「あの、お一つ聞いてもよろしいでしょうか。みなさんのお大事というのはなんですか」

「お大事とは魔女の伴侶のことだぴょん」


 魔女とお大事は一心同体。お大事になれば魔女と同様の権利を得ることができる。しかしそれと同時に命を危険に晒すことになる。魔女に怨みを持つ輩は一定数存在する。魔女には力で勝てない。ではどうするか。お大事を狙うのだ。お大事が死ねば魔女も死ぬ。愛する伴侶一人守れずして魔女と語れぬ。何より、失くした絶望と活気を失い命を絶つ。


「シアノスさんとの暮らしはどうですか? 悩みや困っていることがあるのなら力になりますよ」

「とても良くしていただいております」

「痩せてるけどちゃんとご飯は食べてる?」

「僭越ながら私がご用意させて頂いております。嬉しいことに魔女様にも美味しいと言っていただけました」

「じゃあ一緒に食べてるの!? 想像つかないわ。キラさんやるわね」

「シアノスさんの家に食糧はないと思いますが大丈夫ですか?」

「森に果実がたくさん実っていますし、ラウネさんラクネさんがお肉を持ってきてくれます。村の方たちも優しくていろいろ頂けます。毎日美味しいご飯を食べることができて幸せです」


 キラの満面の笑みに場がほっこり和み、かけた――


「美味しいご飯って教会では何を食べてたぴょん」

「一日に二回、パンとスープが運ばれます」

「キラさん、不躾ですみませんが教会に入る前は……?」

「修道院で育ててもらいました。余裕がありませんでしたがそれでも私を育てて頂いて感謝しております」

「「「…………」」」

「ここにあるの全部食べていいわよ。なんなら持ち帰っても」

「今度美味しい物たくさん手土産しますね」

「遠慮しないで何度でも遊びにくるぴょん。温泉も食事も用意して待ってるぴょん」


 キラの薄幸な過去を聞いた三人は取り敢えず机の上の菓子をどんどん食べさせる。それからは旅をしていたときに見た景色や街の様子の話で盛り上がった。

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