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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
28/127

月明かりの下で

 静かな夜。窓の外にある月を眺めながらシアノスが口を開く。


「他人をここに住まわせるなんて、どういう風の吹き回し?」

『使えるモノはなんでも使う、じゃろ?』


 部屋にはシアノスしかいなかった。しかし頭の中に直接語り掛けるように声が響く。それに驚くことはない。


『あれの力は現状でも目を瞠る。シアも見たじゃろ。わらわと小僧の魔術をかき消した様を。制御もできてない、形もない状態であれほどの力じゃ』


 声の主、氷薔薇ノ王は愉快気に笑う。昼のできごとはまだ記憶に新しい。高濃度の魔力と高位魔術のぶつかりあい。衝突すれば辺り一帯、森も動物も無事である保証はない。残念だがこの時シアノスには余裕がなかった。だから氷薔薇ノ王の攻撃を留めることができなかった。

 大惨事は免れない。そう思われたとき、一人の人間が入り込んでいた。それは迫る魔力をも飲み込みなきものにした。風に煽られる桃色の髪が、真っ直ぐに見つめる二つの桃色の瞳が脳裏をよぎる。


『完全に力を制御できればどうなるやら。楽しみではないか』

「嬉しそうね」


 弾んだ声に不愉快だった。自分以外の人間に興味を持ったことがとても嫌だった。これが嫉妬なのだと気付いた頃には遅かった。腹の底にぐつぐつと煮えたぎるような怒りと底冷えする冷たい寂しさが綯い交ぜになる。醜い考えが頭を占める。氷薔薇ノ王は初めてできた友だった。魔物だろうが何だろうが関係ない。相手にされない人間と自分を見てくれる魔物とではどちらに軍配が上がるかは決まっている。

 自分でもわかっている。不貞腐れて面倒な感情を持て余し、友に当たってしまっていることを。切り替えたくてもすぐにはできない。思い通りにならない自分が嫌いだ。


『わらわとてシアが嫌な気持ちをさせとうない。小童はシアを守る盾として有用だと思っただけじゃ。わらわが興味を持ったのは小童ではない。あの力の方よ。それに、邪魔になったのなら消せばよいだけのこと。だから安心せよ、シア』


 気を使わせてしまった。しかしそれ以上に嬉しかった。何も変わっていなかった。氷薔薇ノ王が情を向けるのはシアノスただ一人。それ以外の何物には残酷な魔物であった。

 人間と魔物の生物としての垣根を超えた友情。聞こえはとても美しい。それがただの友情であれば。それが人同士であれば。

 異種族とはあまりにもかけ離れ、根本的なつくりから異なる生物。当たり前だが人間が作ったルールも常識も適応しない。しかし魔物にも意思はある。集団で行動するのも、テリトリーを築くのも、強者を避けるのも意思がある故の行動だ。本能で行動したという意思の表れに他ならない。

 氷薔薇ノ王のような高位の魔物は知恵を有する。人間のように考え行動する理性が伴う。だが勘違いしてはいけない。人間のように思考をするからといって人間と同じように情が湧くわけではないということを。人間と魔物とでは越えられない壁があり、決して交わることのない平行線だということを。


 二人の間には愛がある。しかしそれを愛と呼べるものかは、愛と理解しているかは不明瞭だ。唯一の友を大切にしたい。誰にも渡したくない。自分以外に興味を持つのは嫌。ずっと隣に居て欲しい。自分だけを見て。ずっと一緒に――

 親愛や友愛のような純粋で美しい愛はない。執着、依存、独占といった歪んだ愛のようなものならある気がする。醜く黒く粘り着くような歪なこの感情を果たして愛と呼べるのか。それは果たして()に向ける感情なのか。形のないモノを定義することはできない。それでも一つ確定していることは、どんなカタチであれ二人の間には強固な絆で結ばれているということ。二人の間にはなにものも介入ことも侵すこともできない。





 同時刻、獅子狼。

 夜の番をしているテンにイブキが近づく。


「どうされましたかテン殿」

「イブキ……こんな夜更けに起きているなんて珍しいな。明日は槍でも矢でも振るんじゃないか」

「それを言うならテン殿だって、なにをそんなに思い悩んでおられるのです? 魔女殿と別れてからというもの、ずっと難しい顔をしておられますよ」


 言われて自分の顔を触る。テンは冒険者になる前は無表情でいることが殆どだった。それは職業柄ともいえるし元の性格ともいえる。今の飄々とした態度は彼がその方が冒険者として利点があるからしているだけであった。イブキは幼いころからテンと知り合いだった。冒険者になる前の彼を知っているし、なってからはずっと一緒だった。だから他人よりは彼の性格は知っているし、なにを考えているのかは分からないが雰囲気で察することはできる、と思っている。


「魔女殿のことですか? そういえば去り際にも何か尋ねておられましたが……」

「……まあ、そうだが。なあイブキ。緑の魔女に対してどう思った?」

「手強い御仁です。人数はこちらが有利でしたが地の利はあちらに、それも余りあるほどに。仮に魔女殿が本気であったならば御一人でも苦戦を強いられていたやもしれません」

「そうだが……」


 イブキの分析はテンも同様に感じたことだった。だが聞きたいことはそれではなかった。


「あの魔女自身に異変を感じなかったか?」

「異変、と申しますと?」

「氷薔薇ノ王と親しいのもそうだが、どこか人間離れしているように感じた。いつの間にか傷も塞がっているしよ」


 人間離れした力を持っている人は何人も見て来た。しかしあの魔女は文字通り人間離れしているように感じた。どこがどういう点でと説明することはできない。直感でそう感じた。人間でも魔物でもない、異質な存在。

 テンが付けた肩と頬の傷もいつの間にか治っていた。聖女が駆け付けたころには傷はなかった。服に着いた血の跡が傷を負ったという事実を物語っていた。


「うーむ、確かに魔女殿は不思議な方でした。生きているのに死人のように手が冷たかったです。まあでも、考えたところで何も分かりませんよ。他人を理解することほど困難なことはありません。それも少しあっただけで、生まれも育ちも知らぬ相手ならなおさら」

「まさかイブキに諭されるとはなー」


 イブキは好奇心旺盛な能天気だった。深く物を考えず勘を頼りに生きているようなもの。戦うことが好きな戦闘狂で、実力もセンスも兼ね備えた武人だった。疑うことを知らない純粋で活発な少女。だが時折、本当にたまにだが、鋭いときがある。


「魔女殿の許しが得られたら仲良くなれるでしょうか。拙者を空に飛ばしてくれるでしょうか」

「あーはいはい。眠いならテントに戻って休め。ったく、暢気なもんだ」


 眠気を催し微睡むイブキの声に溌剌さはなかった。うつらうつらと体が揺れて倒れそうだ。甲斐甲斐しく支えてテント内に寝かせたイブキのあどけない寝顔に毒気が抜かれる。

 確かにイブキの言う通りだ。何も知らない人間のことを考えること自体無意味で無駄な行為。何かあればその時にまた考えればいいだけのこと。モヤモヤした思考が晴れてスッキリした。


 そして静かな夜が明ける。

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