ただの八つ当たり
「ほんっっっとーにすまなかった!」
「ごめんなさい」
「申し訳ございませんでした!」
「わりっ」
冒険者の四人が各々の言葉で謝る。深く深ーく頭を下げる。約一名を除いて。その相手はもちろんシアノスで、彼女は四人を冷たく見下す。
Sランクパーティー『獅子狼』グラッセ、メテリアーナ、イブキ、テン。
彼らがパーティーを結成して日が浅い、まだ駆け出しだったころのことだ。クエストを受注中に変異種に遭遇してしまった。なんとか討伐することができたが、その際にメテリアーナが命の危機に瀕するほどの大怪我を追ってしまった。急いで教会に駆け込んで治療してくれたのが聖女キラだったそうだ。その恩もあって教会に度々寄付金を奉献しており、その日も寄付のために教会を訪れていた。神官が聖女キラが緑の魔女に攫われたという会話を偶然耳にし、今に至る。
「まんまと教会の思い通りになっちまったってことか……」
大方、獅子狼を知っている教会の者がわざと聞こえるように会話して誘導したのだろう。これで聖女キラが戻ってこれば万々歳で、失敗しても冒険者の独断であり教会は無関係を貫けるというわけだ。シアノスが訴えたところで教会は罪を問われない。
彼らの判断が間違っていたとは思わない。人々の生活の支えになっている教会と人嫌いで有名な緑の魔女とではどちらを信用するかなど決まりきっている。そのことに不満は全くないし、実際シアノスがその立場なら同じ判断を下すだろう。だから彼らの言い分は分かる。
だがそれとこれとは話は別だ。知りませんでしたと謝って解決するのならこの世から争いなど生まれはしない。なによりこっちは怪我したのだ。危うく死にかけたのだ。誠心誠意の謝罪で済ますほど心根は清らかではない。こんなに謝っているのだし許してあげようなんて考えは微塵もない。それは向こうだって同じだ。無知は免罪符にはなり得ない。命をかける冒険者なら尚のこと。それがSランクともなれば嫌というほど実感していることだ。情報の重大さを。命がなければ次はないのだから。
過った行いには相応の体裁が、互いのためにも必要なのだ。
「魔女殿、どんな罰でも受ける所存です」
「おいイブキ、そんな簡単に何でもって言うな。これ見よがしに付け込まれるぞ」
「何をおっしゃいますかテン殿。無実の魔女殿を不当に襲撃してしまったのですよ?! 拙者らが筋を通すのは当たり前です。死ねと申されたとしても!」
いやさすがに死ねとは言わないわよ。潔いのは嫌いじゃないけどわたしのことなんだと思っているのかしら? この四人を殺したところでなんのメリットにもならないし。
シアノスはどうしようかしらと考えていると上空より咆哮が轟く。何かが太陽を遮り影をつくる。
「ワイバーン、なんてタイミングの悪い」
竜種はトップクラスで危険な魔物と位置づけられている。だが竜ごとにそれぞれ種類や特徴がある。飛竜は竜種の中では最弱だ。小柄で皮膚は厚くない。攻撃パターンは鉤爪が主のため降下して敵に接近しないと攻撃ができない。保有魔力も少ないので飛空以外で魔力を使うことがない。但しあくまでも竜種の中では、の話である。
ワイバーンが地上にいる六人を捉える。一度後退の動作の後、敵目掛けて急降下する。向かい打つために戦闘態勢に入る獅子狼の前にシアノスは出る。彼女の行動を察した四人は警戒を解く。
「魔女様!?」
「いいところに来たわね。悪いけどこれはただの八つ当たりよ」
上空からぐんぐん加速して降下するワイバーンを地上より伸ばした蔦でいともたやすく絡めとる。勢いを利用してそのまま地面に叩きつけて捕縛する。悲鳴を上げ藻搔くも絡みついた蔦は解けない。悠然と目の前に近付くシアノスに吠えるもどちらが優勢であるかは誰の目からも見ても一目瞭然だった。
「ちょうど試したい毒があるのよ」
シアノスが瓶を取り出し左右に揺らす。中の液体を魔力で操り威嚇を続けるワイバーンの口内に放り込む。
毒液を飲まされたワイバーンはすぐに悶えるように悲鳴を上げる。先程より激しく暴れるがそれでも蔦の拘束を振りほどくことができなかった。苦しみ喚き暴れるがピタリと膠着して倒れる。白目をむいて息途絶えていた。
「八秒か……まあまあね。全身に毒が回りきる前に死んだのね。やっぱりこれだと変色してしまうのね」
蔦の拘束を解いた後、屍骸の検視を始める。口を開けたり尾や翼など胴体を切ったりと忙しなくワイバーンの周りをうろつく。
「うわ何あれ、えげつねー」
「ワイバーンでも毒耐性って持ってたわよね?」
「あんなのを使われてたら命がなかったのは俺たちの方だったかもしれないな」
「だからオレのナイフ刺さってもぴんぴんしてたのか。どんだけ耐性つけてんだよ、化け物か」
一部始終見ていた獅子狼がコソコソ囁き合う。
「ほおー見事な御手前で! してその屍骸はどうなさるのですか? よろしければ拙者も解体のお手伝いをしますが?」
「毒が回っているから解体しても素材として使えないわ。だからこれは森の肥しにするの」
一通り検視を終えたシアノスはワイバーンがいる周辺の地面を切り取って持ち上げて、逆さにして落下させる。血の一滴たりともワイバーンがいた痕跡は残らなかった。埋葬の仕方にイブキが感心したようにパチパチと拍手する。そこにメテリアーナが近づく。
「も、もしかして……古代、魔法?」
「そうよ」
「きゃーーーすっごい! 古代魔法をまじかで見れるなんて感激だわ。じゃ、じゃあ、植物を操っていたのも古代魔法?」
「ええ、良く分かったわね」
「動きに違和感を感じていたの。それに術式が見えなかったから」
目を爛々と輝かせるメテリアーナ。興奮冷めやらぬ勢いでシアノスにグイグイと迫る。その勢いに押されたのか熱意に圧倒されたのか、シアノスが引いているがお構いなしに距離を詰める。
「古代魔法とやらはそんなにすごいのですか?」
そんなメテリアーナにイブキが首を傾げ疑問を口にする。グリンと音が出るほどの勢いで振り向くメテリアーナにイブキが一歩後退む。
「すごいってもんじゃないわ。今じゃエルフ族でも使える者が残っていないと言われている失われた技術なのよ。もう見ることができないと落胆していたのだけど……はあ~、まさか古代魔法をお目にかかれる日が来るなんて感激だわ」
「はて、魔術とどう違うので……」
「全然別物よ! 魔術は術式に合わせて魔力を転換させて発動するものに対し、古代魔法は存在するものを魔力で操作するの」
「はあ?」
「簡単に言うとね、0から1を生み出すのが魔術で自然を意のままに操ることが出来るのが古代魔法よ。大きな岩を持ち上げることも川の流れを変えることも空を飛ぶことも可能だって言われてるわ」
「なんと!? 空を飛べるのですか!? 魔女殿、拙者も空を飛ぶことができましょうか?」
「メテリアーナもイブキもいい加減にしろ。緑の魔女が困っているだろう。それにワイバーンのせいで忘れているのか知らないが俺たちは彼女に対して大きな貸しがあるんだぞ」
グラッセが興奮気味のメテリアーナとイブキを収める。本当に忘れていたらしくハッと思い出して縮こまる。
「グラッセ余計なこと言うなよ。せっかく流れそうだったのによ」
テンが残念そうに肩を落とす。薄々思ってはいたけどこのテンって男、反省の色が全く見えない。悪いとは思ってもそれだけ。三人のように申し訳が立たないとか一切思わないタイプだろう。実際、処罰とかダリィという態度を隠しもしない。
シアノスが紙切れに一筆入れてグラッセに渡す。
「そこに書いてある素材を全て納品すればこの件は水に流すわ。もちろん、傷一つない良質な状態でね」
渡された紙をのぞきこんだテンが声を上げる。
「うっわなにこれめんどくさっ! めっちゃ根に持ってんじゃん。性格わっる!」
「テン殿口が過ぎますよ。これしきで許しを得られるのなら安いものではないですか」
「いやいやいやよく見た? ちゃんと見た? 分かってる? どれもこれもめんどくさいのしかねーよ?」
「確かに全部を集めるとなると相当時間が掛かるわね」
「それでもやるしかないだろう。なに、一度は討伐したことのある魔物だ。問題ない」
グラッセの言う通り、彼らならこの程度のこと問題ないだろう。実力は嫌でも知らされたし、無理難題なものは課していない。シアノスでも取りに行こうと思えばできる物ばかりだ。ただ少し、だーいぶ手間がかかって厄介だというだけで。
早速採取に向かうと分かれた手前でテンが思い出したようにシアノスに振りかえる。へらへらと気の抜けた表情は鳴りを潜め、真剣な顔をしていた。
「なあ、あんた。いったい何者だ?」
「わたしは緑の魔女よ」
しばしの沈黙が流れる。真意を探ろうとするテンの鋭い眼光がシアノスに突き刺さる。質問の意味は理解している。分かっている上で殊勝に別の解を答える。これも間違いではないから。何より、真相をわざわざ教える意味も必要もない。
「ふーんあっそ。やっぱあんたいい性格してんな」
肩を竦めて気を抜く。そこにはもう真剣さの欠片もなく、人をバカにしているような上っ面の笑みが張り付いていた。




