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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
25/127

神聖力の御業

「このっ、キラ様を離せ! いくら魔女様の仲間だからってキラ様に手出しはさせな……って、あれ?」

「ここ、魔女様の家ですね」


 アルラウネの蔓に巻かれた後、キラとヒイロは魔女の家にいた。さっきまで確かに森の中にいて、目の前で魔女と冒険者が交戦していた。それで――


「魔女様の傷を治さなければ!」


 キラが思い立って玄関の扉に向かう。しかし目の前に緑の女性が立ち塞がる。アルラウネだった。危険を察知したヒイロが間に入り、キラを庇うように立つ。が、アルラウネの取った行動は攻撃ではなかった。

 両手を左右に広げて首を横に振る。それはまるで、行かせないと言っているようだった。その様子にヒイロは混乱する。魔物が人間のような仕草をするなんて初めて見たからだ。


「はっ、怪我をしていらっしゃるのですか! 見せてください」


 伸ばされた腕には切り傷があった。そういえば、魔女が傷を負った時に剣士に斬られていたのを見た。傷が痛むのか震えているがそれでも通せんぼするように腕を伸ばしていた。


「あっ、キラ様ダメです! 危ないです!」

「大丈夫ですよ、すぐに治しますからね」


 そう言ってキラはヒイロの静止を無視してアルラウネに向かって施術を行い始めた。それはヒイロがずっと見ていた光景だった。聖女だったキラが訪れた人々の傷を癒す。長い間ずっと見ていた。見慣れた光景だった。なのに全く違う異様な光景に見えた。その理由は相手が魔物だから。

 キラが手をかざすと光り、見る見るうちに傷が治っていく。どうやら神聖力の治療は魔物にも有効らしい。そんな事実をぼんやりと認識するヒイロを余所にキラはアラクネまでも治療する。傷が治って嬉しそうに動かして、キラに頭を下げる二体の魔物。傷が治ったことに喜んで、治してくれたキラにお礼をする。それはどこからどう見ても人間と何ら変わりがないように見えた。上半身が人の形をしているから?

 でも、と前を見る。そこには嬉しそうに抱き合うアルラウネとアラクネがいた。


「なんなんだよ……」


 ヒイロは困り果ててしまった。魔物は危険な生物だ。街を襲い人を襲う魔物が、こんな風に誰かを想い何かに一喜一憂することはない。こんなのじゃあ本当に人じゃないか。途方に暮れていたヒイロが扉を開ける音に気付いた時には遅かった。通せんぼする相手がいなくなった隙にキラが家を飛び出していた。


「キラ様ーーーーー!!!!!!!」


 考えることを止めたヒイロは叫ぶ。それでもキラは振り返らずに走り去ってしまった。



 恐ろしかった。恐怖で手足が石のように固まって動かなかった。頭が目の前で起きていることを理解するのを拒否しているようだった。夢を見ているような感じがした。

 キラにとって戦うという行為は全く縁のない事柄だった。教会にいた頃は聖女の務めで傷を治していた。血を流している人を見た。腫れて変色している人を見た。片方の足がなくなっている人を見た。怪我をしている人を何度も見て、その全員を治療してきた。時には全身ボロボロで意識が朦朧としている人を治療したこともあった。だからどこかで怪我するような危ないことをしているのだと理解していた。けれど実際は何も分かっていなかった。

 シアノスの肩にナイフが刺さった。苦痛に顔を歪めているのを見て、ようやくこれが現実なのだと認識した。震えて動かない体を叱咤して動かす。それでも体はフラフラで、しかもヒイロに阻まれた。

 頭が追いつかないまま、それでも状況が次々と切り替わった。



「っさむい!? ……待っていてください魔女様、すぐに行きますから」


 景色は変わらないのに境界線があるかのように一瞬で雰囲気が変わった。急激に冷え込み、猛烈な寒さが襲い掛かるがそれでもキラは走ることを止めなかった。


 木々の合間に見知ったローブが見えた。シアノスの姿が見えて喜んだのも束の間すぐに様子がおかしいことに気付いた。苦しそうに胸を押さえている。きっと少しの間に何かあったのだと焦燥感にかられて急いで森を抜ける。抜けた先に待っていたのは己に迫りくる何かだった。左右からくるこれらを合わせてはいけないと何故か頭が理解した。


 キラは願った。もう争わないでと。誰も傷付かないでと。その願いが神聖力によって形になる。眩い光が辺り一面を飲み込むように覆った。


 光が収束する。両者のちょうど真ん中にキラは立っていた。地面がめくれている様子はない。氷薔薇ノ王と斥候の魔術がぶつかった痕跡はなかった。最初から何事もなかったかのような錯覚を起こさせる。


「ほう」

「まじかー」


 自分が何を仕出かしたのか分かっていないのか瞬きを数回繰り返した後ハッとした様子でシアノスノもとに駆け寄る。


「魔女様、ご無事ですか!? 今治療致しますから」


 キラがシアノスに向かって手を伸ばす。が、伸ばされた手をシアノスが振り払う。パシンッと乾いた音が静寂の中に響いた。


「……ないで」

「魔女、さま……?」

「ふざけないで! あなた自分が何やったか分かっている? どうして魔術の間に飛び出すのよ。助かった、だなんて結果論だわ。下手したら死んでいたかもしれないのよ?」


 シアノスの叫ぶような慟哭に、はたまたキラの登場に戦意がそがれたのか武器を収めた冒険者が何事かと寄ってくる。


「え、えと、あの……」

「落ち着くのじゃシア」


 氷薔薇ノ王がぜえぜえと肩で呼吸するシアノスの顔を掴み自分の方に向かせる。至近距離で見つめる瞳にだんだんシアノスは落ち着きを取り戻す。


「……ありがとうロサ。もう平気よ」

「うむ。ではわらわはもう行くでな」


 そう言って光のように氷薔薇ノ王は姿を消す。

 その一連のやり取りの間、キラは冒険者ら四人の傷を治療していた。

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