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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
24/127

氷薔薇ノ王

 青々と生い茂る惑いの森では一年通して寒暖差は大きくない。だというのにシアノスと冒険者がいる周囲一帯の気温は急激に下がった。凍えるような空気が肌を刺す。吐いた息が白くなる。


 その意味することをシアノスは知っていた。知っていたからこそ、彼女ら四人を安全な場所(魔女の家)に戻した。


 冒険者の四人は強気に構えているが一抹の不安を抱えていた。なにか強大なものが来る予感があった。偏に冒険者の勘がそう告げていた。命を脅かすほどに脅威なナニカが迫りくる。迂闊に動かず、一か所にまとまり、四方を警戒する。何が来ても対処できるように。


 強い風が吹き荒れる。体の芯までをも凍らすような冷たい風がシアノスと冒険者の間を吹き過る。次の瞬間、シアノスの傍らには一人の女性が立っていた。

 水のように薄い水色の肌。棘のように鋭い長い髪。血のように禍々しい紅く弧を描く口。温度の感じられない無機質な瞳。大男も見上げるほど大きい背丈。それは人の形を成し、人間に非ず。


「まさか、氷薔薇ノ王(ヒバラノヒメ)……!」


 それは魔物であった。


 氷薔薇ノ王。冒険者ギルドで一個体だけで街一つ簡単に滅ぼすほどの脅威を有する災害級として登録されているSランクの魔物。しかしそれが実在しているという記録はない。曰く、全てを凍てつき破壊する終わらぬ冬の訪れ(絶対零度)――()()の女王。


 空虚な瞳が傍らに立つ女を映す。風に煽られてローブは捲れた。露わになった顔はまっすぐ魔物に向けられる。

 魔物は片膝をつきゆっくりと手を女へと向け――


「シアよ、なんと嘆かわしいことか。こんな怪我をして、さぞ痛かろう」


 眉を下げ悲し気に顔を歪めて口を開く。伸びた手は今しがた負った傷のある頬に添えられる。聞こえる声は人間が発する音ではなかった。だが妙に人間らしい所作のSランクの魔物に四人は身動きできずに硬直している。Sランクの魔物の出現に驚きと焦りが隠せない。


「ロサ……」

「安心せよシア。わらわの大切な友(シア)に傷をつけた塵芥には相応の苦しみを与え(くれ)てやろう。楽に死ねると思うなよ」


 シアノスを見つめる優しい瞳、声色、態度。一転して冒険者に向けるは魔力のこもった重圧な殺気。息をするのも困難になるほどの膨大で魔力は重力のように重く圧し掛かる。それと共に周囲の気温が一層下がる。

 Sランクの魔物に正面から向けられる殺気に冒険者らの頭には絶えず警鐘が大きく鳴り響く。冷や汗は冷気によって瞬時に凍え、武器をさらに強く握り締め固唾をのむ。氷薔薇ノ王の一挙手一投足に集中する。


 先制は冒険者だった。合図もなしに一斉に行動に出る。剣士二人は左右に分かれて走り出し、斥候はナイフを投擲し、魔術師は詠唱を始める。

 氷薔薇ノ王が手をかざすと足元から氷でできた茨が伸びる。それは斥候の投げたナイフを弾き剣士へと向かう。氷の茨は見た目に反し頑丈だった。剣士の振るう剣でも砕くことは出来ず、魔術師の放った高位の火属性魔術でもってしても溶けずに原型を留めた。

 氷薔薇ノ王が口を歪め、笑みを形作る。危機感なんて微塵も感じていない、純粋な殺戮を愉しんでいるような笑み。だがそれを可能とするほどに力の差があった。冒険者の攻撃は一切通らない。反対に氷薔薇ノ王の攻撃は防御不可で少しでも掠れば凍傷してその分動きが鈍る。加えて極寒のような環境に体力が大幅に削られていく。

 一方的で勝敗はすでに決している。だというのに遊んでいるかのように少しずつ嬲り痛める。どんなに抗っても勝ち目はなく、明運尽きたように思われた。


 咳込み、ヒューヒューとか細く浅い呼吸。それはシアノスが発した音だった。左手で胸を押さえ、白い息を吐きながら必死に呼吸を繰り返す。ただでさえ白い肌は青白くなり、とても苦しそうにしている。


「まだ足りぬか」


 シアノスの様子を見て氷薔薇ノ王は小さく呟くと腕を上げる。氷薔薇ノ王の背後に作られた氷の薔薇がどんどん大きくなっていく。


「不味いな」


 斥候が三人の前にでて高速で詠唱を唱える。氷薔薇ノ王が手を振り下ろし、砕けた薔薇の破片が一斉に冒険者へ向かう。それと同時に詠唱を終わらせた斥候が魔術を放つ。


 二つの強大な魔力がぶつかり合う。その瞬間――


「ダメですっ!!!」


 そんな声と共に両者の間から何かが飛び出して来た。それを目にした何人かが声を上げる。放たれた魔力は止まることはない。その何かを挟む形で二つの魔力がぶつかった。

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