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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
23/127

襲撃者は冒険者

 ヒイロは未だに悩んでいた。キラと一緒に居たい気持ちは山々だ。だが理想だけで生活できるとは露ほどにも思ってはいない。そんな能天気ではいない。これほどまでに己の非力さを恨んだことはない。いや、王国での騒動ですでに自分を悔いていたなと考えて頭を振る。今そんなことを考えている暇はないのだ。

 一刻も早くキラを魔女の庇護下に入れてもらえるような案を考え出さなければいけない。もう、時間がないのだ。


 昨夜、素敵な温泉旅館に招かれて温泉や豪勢な食事を堪能して胸いっぱいになったところで考え始めて――すぐにベッドで寝ちゃったけど――何も良案浮かばず今に至る。移動も転移で一瞬なので本当にもう時間がない!


 扉が開いて外には鬱蒼と生い茂る緑が一面に広がる。ああ、もうすぐで……かくなる上は恥を忍んで泣き寝入りするしか……!


「魔女様、どうかお願い…………っ!」


 先に建物から出ていた魔女にしがみ付こうとして、近付く前に何者かからの攻撃が飛んできた。それはどうやら魔女を狙った攻撃だがこちらに飛び火しないとは限らない。急いでキラを庇うようにして周囲を警戒する。



 驚いた。シアノスは目の前に突如現れた壁のような葉を見て瞬く。そのすぐあとに金属がぶつかる音がした。硬さのある葉は何かの投擲武器を防いでくれていた。


『マスターご無事ですか!?』

「ラウネ、それにラクネまで。助かったわ、ありがとう」


 シアノスを守るように立ちはだかる二つの人影。しかしどちらも人の形を成しているのは上半身のみだった。片方は半人半植物のアルラウネ、もう片方は半人半蜘蛛のアラクネと呼ばれる魔物だった。


『お気を付けください。恐らくマスターを狙っています。奴らは昨日からここを見張っておりました』

「そう。魔女に喧嘩を売るなんて命知らずはどこの誰かしら!」


 木々の間から姿を現したのは四人。冒険者、それもかなり上級者の強さ。厄介な相手に堪らず舌打ちする。剣士が二人、魔術師が一人、斥候が一人といったところか。バランスの良いパーティー構成に嫌気が差す。

 狙われる心当たりは……あり過ぎてどれかは分からない。が、実際に犯行に及んだのは今回が初めてだった。これでも魔女だ。世間一般的に魔女を相手にすれば命がない思えと揶揄されている。あれはS級相当の魔物と同位と心得よと冒険者ギルドで通達されていることを知っている。だから、どんなに憎んでもどんなに怒りを抱いても、魔女に手出しする愚か者はいない。……はずだった。


 ラウネとラクネの攻撃が届かない。個々の高い戦闘スキルと抜群のチームワークで押され気味になっていた。何より――


「フレイムウォール」


 彼女ら二体の最も相性の悪い火属性魔術を扱う魔術師がいた。

 ラウネの蔓鞭も、ラクネの蜘蛛糸も、火には弱い。多少の威力なら耐えられるが上位の魔術師にもなれば話は別だ。そしてそれはシアノスにも同じこと。彼女の得意も植物を操ることで、火には弱い。勝ち筋はあの魔術師を押さえることだが、手を出そうにも二人の剣士が守るし反撃もしてくる。何よりあの斥候だ。気配を消すのが嫌になるぐらい上手い。そして隙を突いては攻撃してくるのだ。本当に嫌になる。


「わたしは戦闘職じゃないってのに……!」


 悪態だってつきたくもなる。それでも必死に攻撃を防ぎ反撃を試みるもことごとく薙ぎ払われる。ここは惑いの森。道端に生えてるようなやわい草木ではない。燃えにくい堅い魔力が流れているの三拍子が揃った木しか生えていない。加工しにくい素材だがそれだけ上質なものを作り出せる。惑いの森の木を加工できるというのは生産職にとって一種のステータスにもなるほどのものだ。

 そんな魔力木を操っているシアノスだが、魔術師には燃やされるわ、剣士には簡単に斬り落とされるわで散々だ。それは彼らのレベルの高さを物語っているだけで、シアノスにとっては嬉しくもなんともない。


「つぅ……う」


 斥候の放ったナイフがついにシアノスの右肩に深く刺さる。それに気を取られた隙にラウネとラクネにも刃が差し迫る。やや押され気味ではあったがそれでも攻防一体だった。が、その均衡も潰えた。


「魔女様……!」

「ダメですキラ様。巻き込まれてしまいます」


 聖女として勤めを覚えているからかキラが怪我したシアノスに近付こうとする。しかしそれはヒイロが全力で押し止める。魔女を助けたいがレベル差は火を見るよりも明らかだった。とても敵わない。助けるどころか足手まといになる。だからせめて邪魔にならないように離れた場所でキラを守るので精一杯だった。そしてヒイロは攻撃がこちらに飛んでこないことを感じていた。それもあって戦火に自ら突っ込むのは自殺行為にも等しいことを理解していた。


「聖女様を返してもらう。このまま死にたくなければ素直に差し出すんだな」

「はっ……」


 そこで初めて敵が口を開いた。冒険者の目的にカチンと頭にきた。そうかそうか。つまりはキラのせいでこんなことになっているのか。出会って数日ではあるが、ろくなことがない。やはりさっさと無関係に戻る(追い出す)に限るな。

 そう嘆いても状況に変化はない。彼がお探しの聖女様ですと言ったところで果たして信じるだろうか?

 そう、考えたところでザワリと冷たくなった空気に身震いする。


 ――これはマズイわね。


 それはシアノスだけではなく、四人の冒険者にも感じ取ったらしい。空気の変化に先程よりも警戒度が増した。視線の鋭さも殺気も強まる。それを肌で感じ取り、やっぱり本気を出していなかったのねと心の中で呟く。


「ラウネ、お願い」

『力及ばず申し訳ありませんマスター。どうか、ご武運を』


 怪我したラウネは蔓でラクネ、キラ、ヒイロを捕縛し自身の傍に固める。それと同時にシアノスは魔術式を描く。最初に気付いたのは魔術師だった。


「させない! ファイアアロー」


 素早い魔術の一手。だがそれはただ空気を切るだけに終わった。火の矢が当たる前にシアノスの魔術によってその場から忽然と姿を消したのだ。


『マスター!!』


 召喚の逆、つまりは送還。これでラウネたちは無事に家に戻れた。魔術が発動した瞬間、ラウネの悲痛な叫びは姿と共に消えた。

 シアノスは無造作に頬を拭う。痛みと熱を持った頬は手の甲を赤く染める。あの瞬間、魔術師はラウネを狙い、斥候はシアノスを狙って攻撃していた。寸でのところで何とかかすり傷程度に免れれた。


「逃がしたか。だがお前一人ではなにが出来る?」


 剣士の男が言う。正論に返す言葉もない。ラウネとラクネがいたときでさえ、相手が本気を出していないときでさえ、押され気味だった。実力の差は歴然。この状況は正しく絶体絶命だった。

 第三者の目から見れば、の話しではあるが――

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