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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
20/127

温泉でまったり

 ちゃぷちゃぷ。


「ん~~~、はぁ……温泉というものは気持ちがいいですね。身体の芯から温まります」


 長い髪を頭上に纏め上げ清めた身体で温泉に浸かる。部屋に充満するもわっとした熱気、人肌より少し高めに設定されたお湯、独特な匂いだが嫌な感じはしない。キラは今、温泉を存分に堪能していた。


 時は少し遡る。

 シアノスが「荷物」と零した後、頭を抱えながら苛つきに声を上げていた。


「どうやら一旦、シアノスの家に一緒に戻る必要があるそうですね。おや、外はもう日が暮れ始めていますね。暗くなっては危険です。今日はこちらで身体を休めて、明日にしても遅くはありません。部屋は用意してあるのでお気になさらず」


 状況にいち早く察したラトスィーンが意気揚々と声を上げる。仕事はスピードが命。すぐに従業員を呼び出し部屋と食事の準備を指示する。その様子を胡乱な目で眺めたシアノスは一つ息を吐くと今度こそ扉に歩き出す。


「シアノス」

「野暮用」


 それだけ言い残してシアノスは部屋を出て行った。いまいち状況を理解できていないキラとヒイロはお互いの顔を見合って、ラトスィーンに視線を向ける。やれやれと肩を竦めて、二人の視線に気付いてニコリと笑む。


「今日はお疲れでしょう。どうぞ私の自慢の温泉を堪能していってください。食事も部屋の用意もご心配ならず。ああ、支払いは結構です。今日は私の頼みで来ていただいていますからね」

「い、依頼は……!?」

「キラさんが出て行くというのは覆せませんでしたが、今すぐにという話ではなくなりました。と言っても一日猶予を得ただけのようですが。彼の荷物がある手前、明日シアノスの家に戻ってそこでお別れという流れになるでしょう」

「そうですか。ラトスィーンさん、お世話になります」



 キラは風呂というものに入ったことがなかった。修道院でも教会でも身を清める行為はタオルに水を付けて拭くだけだった。そもそも風呂に入るということすら知らなかった。知らなかったから温泉でのルールを聞いているとき、一糸まとわぬ姿で水に入るというのが驚きだった。

 そういうわけでキラは戸惑いはありつつも生まれて初めての温泉を体験しているわけだが……


「……さま、キラ様、キラ様! ああ、良かった。お目覚めになりましたか」

「ヒイロ……?」

「はい、ヒイロです。調子はどうですか? 気分は悪くないですか?」

「……?」


 少し頭がふらつくが問題はない。温泉に入っていたはずなのにどうして部屋にいるのだろうか。間の記憶がない。


「失礼いたします。ああ、お目覚めになったのですね。ようございました。水をお持ちいたしましたのでしっかりと水分補給をなさってください。急に動かず、ゆっくり」


 部屋に入って来た――ここに着いたときに案内してくれた――女性はキラの背中を支えゆっくりと上体を起こさせると持ってきていた水を飲ませる。冷たい水が喉を通り、火照った身体に気持ちがいい。


「キラ様は温泉でのぼせておりました。長居するほど気に入っていただけたのは結構ですが、いえ、初めてなら一人つけておくべきでしたね。ご配慮が足らず申し訳ございません」

「いいえ、私の方こそご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした」

「お食事はいかがなさいますか? 体調が優れないようでしたら消化に良い物を用意させますが」

「いえ、もう身体は大丈夫です。本当に申し訳ありません」

「でしたら食事を運ばせていただきます。ヒイロ様もこちらで召し上がりますか」


 ヒイロはキラの顔色を窺う。キラが微笑みながら頷いたので席を一緒にすることにした。女性が部屋を出て行った後、ヒイロはまだ心配気にキラに接する。


「キラ様、本当に大丈夫なんですか? 本当に本当に? 気を使わないで正直に言ってください」

「本当の本当に大丈夫です。ヒイロに心配かけさせましたね。すみま……」

「謝らないでください! キラ様は何も悪いことはしていません。確かに心配はしましたけど、けど、キラ様は悪くありません。あたしはキラ様の謝罪が聞きたいんじゃないです。こういうときはありがとうって言うだけでいいんです」

「そう、ですか?」

「です!」

「……ヒイロ、今までありがとう。ヒイロに会えて良かった」

「~~~!?!? あたしも、キラ様に会えて、キラ様のお付きになれて幸せでした」


 感極まったヒイロはキラに抱き着く。未だキラの身体は火照り冷めやらぬ、ヒイロの勢いで少しふらっとしたのは内緒だ。

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