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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
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茶で一息

 来客用の椅子の前で握られていた手を振り払う。なんと少女は歩いている間も両手で魔女の片手を掴んでいたのだ。歩きづらくはないだろうかと思ったが指摘してやる必要性はないので気にしないことにした。


 玄関を入ってすぐの部屋はこの家で一番広い一部屋だ。来客用の部屋として大きなダイニングテーブルが置いてあるだけで他は装飾一つない簡素な部屋。この部屋は研究室と打って変わって整っている。いや、整っているというより物が置かれていないという方が正しい。


「そこに座って待ってなさい」


 家の中を勝手にうろちょろと動き回られても困るので座るように指示して部屋を出る。

 先程までの作業が中途半端だったのでキリのいいところまで終わらせる。客がいるからと、人を待たせてはいけないという考えはない。何にだって自分優先。それが許されるのが魔女である。別に数十分とかかるわけでもないし、それで怒ってでていくようならこちらとしては万々歳だ。

 作業を終わらせたらキッチンへと向かう。少女と自分用の茶を準備する。


「さてさて、彼女は魔女の客となるかしら」


 ゆっくりお茶の準備をしながらひっそりとほくそ笑む。


 魔女の名前には各々の専門分野の名称が入れられる。彼女は植物の研究を主に行うから『緑』という様に。それは魔女間でも世間的にも分かりやすくするためだ。そうすれば、人は自分がどの魔女に依頼を申し込めばいいのかが分かりやすいし魔女らにしても専門外の依頼が来ることは無くなる。

 彼女、緑の魔女は誰の依頼を必ずしも受けるわけではない。正直に言うならば研究だけしていたい。だってそのために彼女は魔女になったのだから。しかし、魔女になったからには研究だけしていていい訳ではない。世のため人のために依頼をこなす必要がある。

 緑の名を授かった彼女は名の通り植物に関連した知識が非常に富んでいる。植物の栽培方法から薬学、植生魔物の調査などなど。特出して毒の扱いにおいては他に髄を見ない。そんな彼女を頼るために四方八方から近遠関わらず人が訪ねに来る。

 そのため訪れる全員に構っていたら自分の時間なんてとてもではないが取れない。そこで彼女は考えた。ふるいにかければいい。惑いの森なんて辺鄙な地に住んでいる理由の内の一つがこういうこと。そしてこれも……。


「どうぞ。これでも飲んで落ち着きなさい」


 コトリと茶器をキョロキョロ物珍し気に辺りを見渡している少女の前に置く。


「あっ、ありがとうござい、ます……」


 反射的にお礼を言った少女は、しかし置かれた物を見て目を見開いて固まる。なんとかお礼の言葉は最後まで紡げたといった感じだ。


「あの、これは……?」


 差し出された茶器を指さして恐る恐る尋ねる。向かいの椅子に腰を掛けた魔女は少女ににっこりと笑む。


「私が煎じたお茶よ。心配しなくても害ある薬草は入れていないわ」


 言ってから魔女は自分の分のお茶を飲む。もちろん中身は少女に出したものと同じものだ。美味しそうに飲む魔女の姿を見て少女の頬はヒクヒクと引き攣っている。その反応は間違っていない。目の前に置かれた茶器、そこに入っているお茶の色は青みが強い紫色なのだ。とてもではないがお茶ですと言われてはいそうですかと頷けるものではない。


 緑の魔女が作る薬は絶大な効力を発揮する。それは薬草本来の効能を失わない組み合わせを探し試し調合しているから。そのせいか、いやそのせいで味は二の次になってしまっている。

 魔女からしたら一に効力二に効力、三、四に効力五も効力だ。味なんて薬なのだから苦くて当たり前だろうと思っている。良薬は口に苦し、という言葉もある。というか飲めば同じだろう、と。味を気にして薬効が落ちては元の子もない。薬草は無限ではないし効き目が悪ければ批判をくらうのはこちら側だ。


 味に関してはまあ、飲む人の配慮は一切ない。別にそこまで酷くはないと実際に飲んでいる彼女は思う。だがそれと同じく、もしくはそれ以上に問題なのは色だ。

 何をどうすればこのような色のお茶ができるのか。お茶と言えば思いつく色は緑や茶色が主だろう。仮にも紫色をした液体なぞをお茶とは言い難い。食べ物でもそんな色をしていればたちまち食欲も失せる。空腹は最高の調味料とは言われているが勿論限度がある。

 人は五感の中で知覚の割合が一番に高いのが視覚らしい。食の魔女がそんな研究結果を発表していたのを見た覚えがある。


 そんなこんなで緑の魔女にはこのような噂が囁かれている。緑の魔女は調薬技術と引き換えに味覚と色彩感覚を失った、と。




「あの、魔女様……」


 ニコ


「話を……」


 ニコニコ


「えっと、その……」


 ニコニコニコ


 遂に少女は口つぐんだ。ようやく少女は魔女の思惑に気付いたらしい。それとも無言の圧力に屈したか。まあ、どちらでもいいけど。もてなしを無下にするのはマナーにかけるわよねってね。

 少女はお茶を前に目を閉じたり眉根を寄せたり、手を伸ばすが茶器にまで行かずに引っ込める。飲むのを躊躇っているのが如実に察せられる。その様を魔女はニコニコ……いやニヤニヤと眺めていた。

 少女は深い深ーい呼吸をしてから魔女の方をキッと力強く見つめてから茶器を取った。その瞳には確かな覚悟が見えた。そして酒を呷るようにぐいっと一気に飲み干してダンッと音を立てて茶器を机に置いた。豪快なまでの飲みっぷりで清々しい。いやしかし……壊れていないわよね?


 茶器を置いた手はそのままに少女は机に伏せた。うぐぅ……と唸っている声が聞こえる。

 その様子を見ながら魔女は二杯目をおかわりして飲む。心の中で拍手を送る。なんとまあ勢いのいいことか。漢気あるなぁこの子。


「さて、依頼の内容を聞こうじゃない」

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