感動の再会
「相変わらずですねシアノス」
クスクスと微笑むラトスィーンにもう先程までの鋭さは残っていない。いかにも可笑しそうに笑うだけだった。
「事実を言ったまでよ。報告することは伝えているのに、これ以上何を言えっていうのよ」
シアノスは呆れたように返す。キラはシアノスがどんな報告をしたのかは分からないが起きたときに聞かされたような内容であるのならこのやり取りは納得せざるを得ない。彼女の説明は端的で事実だけを述べるようなもの。分かりやすく客観的で、ただそれだけだった。
「私はシアノスの主観も聞きたいのですがねぇ」
「必要ないでしょう?」
この通りである。シアノスは本当に本気でそう思っている。報告に主観は必要ない。事実を述べ、軸を把握できれば問題ない。故に不要な情報を言う必要はないしかえって無駄なだけだ。その何がいけないのだろうか。
「それなら今後の話をしましょうか」
パチンと手を叩きラトスィーンは仕切り直すように言う。それから机の上にあるベルを鳴らす。
「今後?」
シアノスが訝しむ。キラもなんだろうと悩み始めたとき、扉がノックされる。
「お連れしました」
その声で扉が開かれ、廊下には見知った顔の少女が立っていた。
「キラ様!!!」
「ヒイロ?!」
今回の依頼主であるヒイロだった。何故彼女がここにとシアノスが怪訝そうにラトスィーンを見るが返ってくるのはやはり笑みだけ。全部計画済みのようだ。
しかしこれはシアノスにも好機だった。わざわざ連絡する手間は省けた。もうキラの身体の調子は元通り。薬の影響がどこまでか診てはいないが時期直るようなもの。つまり依頼は達成してるも同然なのだ。
感動の再会をしている二人には悪いが喜び合うのを中断して事務的内容に移らせてもらう。
「ちょうどよかったわ、あなたの聖女はこの通り快調したわ。これで名実ともに依頼は達成」
「はい、魔女様。何から何までありがとうございます」
少し涙を滲ませながらヒイロはシアノスに礼を言う。うんうんこれにて一件落着。これでやっと元の生活に戻れるわと肩の荷を下ろす。
元の生活も何もキラの看病中も生活模様は何一つ変わっていないことはこの際横に置いておく。何事も気持ちが大事なのだ。
晴れやかなシアノスに、しかしヒイロは少し暗い面持ちでおずおずと口を開く。
「その、相談なのですが……」
「却下よ!」
まだ何もしゃべっていない。内容を聞く前にシアノスは拒否する。ヒイロは口を噤み、キラは分からず首を傾げ、ラトスィーンはやれやれと嘆息する。
「前にも言ったでしょう? あなたの依頼はそれの奪還。それで終わり。その後は一切無関係よ。わたしは善人ではないし、一度依頼を引き受けたからっていい気にならないで」
「うぐっ、ぐぬぬ」
二人の会話から話の内容を察した。恐らくはキラのことだった。
「ヒイロ……」
「あっ、キラ様、あのですね、あたし今冒険者になっているんです。それで今はパーティーも組んでいて……キラ様と一緒にいるのは嫌じゃないんです。本当ですよ。でも職業柄、ずっと同じ場所に留まるのは難しくて、キラ様に迷惑かけたくないんです。あたしがいないときにもしもキラ様に危険が迫ることがあるのならお守りすることは出来ません。その点、魔女様の元は安全だと思ったんです。キラ様を守れるほどに力があって教会やあの王子様に引けに取らない絶対的地位がある。……ごめんなさいキラ様。勝手に助けたのにこんなこと」
「そこまで考えてくれていたんですね。ヒイロ、顔を上げてください。私は大丈夫です。私だって働くことはできますし自分の生活ぐらい自分でどうにか出来ますよ」
安心させるようにニコリと微笑む。冗談を言っているようには見えなかった。本気で出来るとやれると信じている声だった。
無理だろう。
三人の心の声が重なった。
どこからその自信が湧いて出るのかてんで理解不能だ。自分の置かれている状況を分かっていないのか、そこまで考えが及んでいないのか。聖女ではなくなったが聖女だったという過去は変えられない。そして強引な手段で一方的に教会から抜け出したようなもの。言ってしまえば逃亡者。教会が放っておくとは考えつかないし、それは王国とて同じことが言える。何よりその美貌。男というより可憐な少女と言う方が納得のいく容姿に下町で何事もなくやっていけるわけがない。仕事にありつく前にならず者に捕まって売り物にされるなんてない話ではない。
「ごめんなさいキラ様。どう考えても無理だと思います」




