水の魔女
「ようこそいらっしゃいました、緑の魔女様、聖女様。中で水の魔女がお待ちです。ご案内いたします」
湯気立つ煙突のある大きな建物その門前――と言っても正面ではなく裏門だが――で一人の女性が立っていた。彼女は二人を見ると笑みを深め丁寧な所作で出迎える。
「ご親切にありがとうございます。よろしくお願いいたします」
元の性格故か丁寧に丁寧で返すキラは姿勢を正し礼をする。シアノスはそれを一瞥するだけだ。
「それでは参りましょうか。首を長くして待っているので」
案内人の余計な一言にシアノスはヒクリと顔を引き攣る。来る前から嫌ではあったがここにきて一層行きたくなくなる。今からでも引き返そうかしらと思うぐらいに帰りたい。
コンコンコンと扉をノックする。
「オーナー、お二人をお連れ致しました」
「入ってください」
失礼いたしますと扉を開ける。扉を押さえながら二人にどうぞ中へと手招く。
「よく来ましたねシアノス。初めまして私は水の魔女ラトスィーンと申します。ようこそ、我が自慢の温泉街へ」
「初めしてキラと申します。本日はお招きありがとうございます」
「おや、シアノスも見習ったらいかがですか?」
「冗談」
キラの丁寧な態度に水の魔女、ラトスィーンは眉を上げる。微笑みながらシアノスに話しかけ、それをぶっきらぼうに返す二人のやり取りはとても親密な関係に想えた。
「どうぞおかけください。キラさん苦手なものはございますか?」
「いえ、ありません」
二人が腰かけるとテーブルにティーセットが並べられる。お菓子も二人分にしては多い量が置かれる。紅茶の芳醇な香りと菓子の甘い香りが鼻腔をくすぐる。給仕にも礼節を忘れないキラは一言断りを入れてから紅茶を飲み、菓子を口に運ぶ。その所作は優雅で気品がある。さすが聖女。
「っ、美味しい! んん、甘くて美味しいです。……初めて」
「それは良かったです。遠慮せずにたくさん召し上がってください」
幸せそうに口に運ぶキラの姿にラトスィーンは微笑む。所作は完璧だが表情までは取り繕う術を知らないのか丸わかりだった。瞳を輝かせて頬を赤く染めて顔を緩ませて次々と口に運び頬を膨らませる姿はリスを連想させる。シアノスが小さく餌付けと呟くが誰も反応を返さない。
紅茶で喉を潤したキラは少し恥ずかしそうにソワソワとする。欲張りすぎただろうか。意地汚く見えてしまっただろうか。初めて食べた甘い食べ物に夢中になってしまった。
キラが一息ついたタイミングを見計らってラトスィーン話を切り出す。
「さてシアノス、此度の仔細を聞かせもらいます」
笑みは絶やさず、しかし僅かに覗かせた瞳は笑ってはいない。鋭く見定めているようでどことなく圧を感じる。和んでいた空気はもうそこにはなく静寂と緊迫感が漂う。たった一言で空気が変わる。知らず、キラは背筋を正していた。額に僅かながら汗が滲む。
「手紙で書いた通りだけど?」
そんな空気を知ってか知らずかシアノスはなんてことないように返す。それが何かと言わんばかりに。
シアノスの様子にキラは肩がずり落ちる。真剣な話だと顔を引き締めて聞く態度に入ってたばかりに拍子抜けした。ラトスィーンを窺うとクスクスと笑っている。部屋に満ちる空気も元通りになっていた。
ここに来る間にシアノスは考えていた。依頼のことは手紙で報告した。彼を連れ帰ったのは水の魔女は知っている。では、他に何を言う必要があるのだろうか?
お互いに現時点で王国と教会に動きがないのは知っていることだ。あとは依頼主に元聖女を返却するだけだった。だから報告は学会でと思っていたのに。




