転移魔術
「ここ、ですか?」
シアノスに連れられ森を歩いていると前方に古い建物が現れた。それは森に同化するように木々の合間にひっそりと存在していた。塀も柵もなく暗い色合いの壁。一部屋しかなさそうな大きさの円柱の建物には両開きの扉だけが見えた。
シアノスは何も答え建物に近付く。扉に触れることなく、手をかざしただけで勝手に扉が開いた。扉の先には誰もいなかった。
「えっ……」
勝手に開かれた扉に驚いてキラが立ち止まっていると建物の中からシアノスが振り返る。何も言わないが顔から早く来いと言っているのがわかる。高まる気持ちを抑えてキラは後に続いて建物の中に入る。キラが入ったのと同時に扉が一人で閉まる。
「ここは……? あ、あの、魔女様……」
建物の中は暗かった。窓一つないそこには当然陽の光は入らない。照明もなく扉が閉まってからは暗闇だった。これではシアノスの姿も見えない。
シアノスに声を掛けようとした時だった。
「わ、キレイ……!」
突如部屋が明るくなる。天井、壁、床から文字のようなものが浮かびあがり光を発していた。眩しい光ではなく、先程見た鳥が発した光のような淡い明るさ。けれど部屋の全貌を映し出すのには申し分なかった。
部屋の中には何もなかった。家具も置物も何もない空虚な空間。人もシアノスとキラしかいない。シアノスは部屋の中央にいた。キラがシアノスに近付くと何かをしているようだった。
何もないとは思っていたがシアノスに重なって見えなかっただけでただ一つだけこの空間には在る。腰くらいの高さの燭台のようなそれには丸い珠がいくつも置かれていた。色は赤や緑と様々だがどれも両手ぐらいに大きい。
その珠とシアノスの間には画面があり、シアノスはなにやら操作をしていた。
よし、と小さく呟いたシアノスの声と同時に壁中の文字が動き出す。グルグルと円を描くように回りだした。どんどんと速さが増し、光も強まっていく。
「こ、これはいったい何を?」
「転移よ。建物自体が転移魔術陣の役割を担っている。転移を使えば遠くの地に一瞬で行けるわ」
遠くの地と言ってもどこでもというわけではない。対となる魔術陣、つまりこの建物のような施設が必要なのだが、そこまで説明する義理はない。大陸の各所に設置しているからあながち間違いでもない。
やがて文字の動きがゆっくりになり完全に停止する。光もどことなく弱まっている。
「着いたわ」
「……わぁ」
建物から出て暗明に目を瞑る。ゆっくりと目を開けてみればそこには先程とは違った景色が見えた。緑生い茂る森から一転、ゴツゴツした岩場と一本の川が流れていた。緑なんてどこにもなかった。
「これが、転移……」
時間にして数秒ほど。ここがどこで、あの森からどのくらい離れているかは知らない。けれど、確かに違う場所に移動していた。太陽の熱さも肌を撫でる風の心地よさも硬い岩場の感触も本物だった。
後ろを振り返れば出てきた建物のさらに背後に大きな山が見える。
「何しているの、早く行くわよ」
「あ、はい!」
既に歩いていたシアノスは少し離れた場所でキラを呼ぶ。慣れているであろうシアノスはどうとでもないことだろうが、初めての体験にキラはいまだ驚きが隠せず胸が高鳴っていた。
(すごい、すごい……! これが魔術! 一瞬で別の場所に移動するだなんてなんて初めてです。外ではこれが普通なのでしょうか。魔術とは初めて見ましたがなんて綺麗なのでしょう。……はっ、いけない。置いて行かれてしまいます)
気を取り直してシアノスを追いかけるキラ。その瞳は魔術に負けないぐらい輝いていて口には笑みが浮かんでいた。




