元気な働き者
「それよりあなた、もう動いて大丈夫なの?」
「はい! すっかり動けるようになりました」
育ってしまったものは仕方ないと回収と別の種を植え終えたシアノスはキラと共に家に帰って来た。もちろん種植えはシアノスがやったし、キラは畑から遠く離れた場所に待機させた。
それから何事もなく歩いて帰って来たのだが、家に着いてシアノスは今さらながら気が付いた。そういえばこいつ、普通に歩いているな、と。
目が覚めてからさほど時間は経過していないはずなのにもう動けるまでに回復しているのか。そして枯渇していた神聖力も漏れ出るほどに回復していると。さすがに規格外ではないかしらと驚きを隠せない。神聖力とはそういうものかしらと首を傾げる。
なんせ聖女と会ったのは彼が初めてである。そして神聖力という力は聖女にしか有していないのだから全てが謎に包まれていると言ってもいい。実際、教会が神聖力を宿した人間を囲っていて、情報を秘匿しているのだから知りようもないことなのだけど。
考えても埒が明かないしと納得するシアノスだが、実を言うとキラが目覚めてから二日が経過していた。研究に没頭していたら寝食も時間の感覚すらも忘れてしまう性質である彼女は時間にとてもルーズなのだ。わざわざ何時間何日経過したかなど気にするという感覚はない。なんなら今が何時かと気にしたこともない。
キラの言葉通り、歩行に違和は見られず、動きにぎこちなさはない。顔色も血色も良くなり、最初のような病的な青白さも見られない。声のハリも申し分なく、完全に回復したと言っても差し支えない程だった。
これなら十分依頼は達成したと言えるだろう。早くヒイロに引き取ってもらおう。確か彼女の居場所は……。
そう思考を巡らせたのと同時に家に一匹の鳥が入って来た。げっ、と声を漏らしたシアノスの手にとまった透き通った水のように青い鳥は一鳴きした後、光が身体を包み、消える。光が止んだシアノスの手には鳥はおらず、代わりに一枚の手紙を持っていた。
キラが初めて見る不思議な現象に驚いて目を瞬かせている。鳥が手紙になった。
伝書鳥。連絡手段として用いられるそれは魔女も主として使用している。ただ違うのは魔術で作られた鳥だという事。
鳥の色は術者の魔力によって決まる。青ということは送り主は水の魔女。内容は見るまでもなく察せられる。大方、この男のことだろう。
ああ嫌だ。見たくない。見なかったことにしたい。顔を顰めてシアノスは手紙を見つめる。
なぜ魔女がわざわざ魔術の伝書鳥を使うのか。理由は簡単。効率的で正確であるから。動物ではないから休息も食事もいらない。何より、届いたというのを把握できる。送った相手に触れることでしか伝書鳥は変化しない。そういう魔術だ。そして魔術が解かれたことは送り主に伝わる。
いつまで手紙を見つめていたってなにも変わらない。無視したいのは山々だがそうしたって良いことは何もない。どころか余計に面倒くさくなるのは目に見えている。観念して封を開ける。
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シアノスへ
お加減はいかがでしょうか。
聖女も目覚めたようですので、報告もかねてぜひ温泉にいらしてください。
まさかとは思いますが、学会での報告で済まそうなどとは考えていませんよね。
待っていますよ。
ラトスィーンより
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「…………」
脅迫ね。水の魔女の顔が頭にちらつく。笑って圧を掛けてくる光景が鮮明に。報告を先延ばしにしようとは思っていない。もうすぐ学会もあるしそこで報告すればいいと思っただけ。事後ではあったが一回は報告をしているわけだし、その時までに片が付くことだし、大事にもならない些末なことだから問題はない。
だから、そう、報告を躊躇ってるわけじゃない。悪いことはしていないし怒られる道理もない。いつものように依頼を受けて、たまたま教会と関わっただけ。他の魔女に迷惑はいっていないのは知っているし、急を要する案件ではないことも水の魔女は知っている。もちろん、報告だって学会の時で構わないのも。全部知っていて、それでもなお、報告に来いと言っているのだ。
何故か、なんて察しが付く。
おもしろがっているのだ、あの魔女。
読み終えた手紙を宙に放れば燃えるように手紙が消える。魔術の伝書鳥は跡形も残らない。チッと舌打ちをするシアノスはキラは強張る。明らかに不機嫌な様子に困惑する。先のことがあった手前、踏み込んでいいのか迷っている。迷惑はかけたくないという気持ちと困っているのなら助けになりたいという気持ちがせめぎ合う。声を掛けるかの迷いが行動に表れる。手を伸ばしては引っ込める。何度か宙を掴んだ後、意を決して声を掛ける。
「あ、あの……」
「出掛けるわよ、まだ動けるわね?」
「え、あ、はい」
声を掛けようとして遮られる。苛立ちを隠さずにぶつけれらた言葉にキラは戸惑いながら答える。キラの返答を聞いているのかという早さでシアノスは部屋に歩き出す。事態を飲み込めず呆然とするキラは一人置いてけぼりだ。未だ所在なさげに浮かんだ手を見つめて力なく下ろす。
足音がして顔を上げれば黒いローブを羽織ったシアノスが歩いてくる。
「行くわよ」
「はい」
その頃にはキラの気持ちは落ち着いていた。焦りや不安といった感情はなく、言われた通りに従順に行動する。どこに行くのか何をするのか目的は知らされない。言われないのは知る必要が自分にはないから。だから聞くことはしない。ただ、言われたことをする。それに、なんの疑いもない。




