幻想の魔女
「はぁ~すごかったねシアノスさん。魔女のみんなもキラキラしててカッコいい。それに比べてぼくは……。ぼくも、あんな風に堂々と振る舞えるようになれるのかな」
『弱音を吐いたらダメだって言ってるだろう! しっかりしろルグ』
「分かってるよエディン。でも、やっぱりぼくにはムリだよ」
シアノスの模擬戦を観戦した興奮の余韻に浸っていたアリアンは自室の片隅に縮こまっていた。背中と半身を壁に凭れさせて膝を抱えていた。部屋にはアリアンの他に人影はない。
「魔女になれたのだってエディンのお陰で、ぼくは何も出来ないのに」
『ルグの研究が認められたから、今こうして魔女になれたじゃないか。アタシはルグの代わりに前に出ただけさ。大丈夫、ルグは一人じゃないよ』
「うん、ありがとうエディン」
アリアンは己を抱き締めるように丸くなる。
幻想の魔女アリアンは本来存在するはずのない人物だった。アリアンは元はエディンとルグという双子だった。別々の体を有していた二人はイーシス国で暮らしていた。父が魔族、母が人族の魔人族の双子だった。
魔族である父は他の魔族と同様に、人族と偽って暮らしていた。そして、この事実は妻にも秘密にしていた。結婚してからも言っていない。浅はかにも彼は生涯隠し通せると本気で思っていた。一人という孤独に耐えられなくなった彼は初めて他人と関わり、妻を娶った。
魔族は歳を取らない。他者と共にいれば自ずと魔族ということは見破られる。そのことすら頭から抜け落ちていた。彼にとって永い年月の孤独が己の心を苛めていた。あるいはもうどうでも良くなっていたのかもしれない。自殺する勇気はない。だから誰かに見つけて殺されることを望んだ。でもその前に心にポッカリと開いた孤独を埋めて欲しかった。誰でもいいから自分という存在を知って欲しかった。冷静に考えれば誰も幸せになれない結末が待っていると容易に想像ができる。けれどこの時にはもう、彼は冷静な判断が出来る状態ではなかった。
異種族同士は子を成しにくい。根本的に体の構造が異なるから当然と言えば当然だ。けれど二人は運が良いのか悪いのか、子を授かった。月日を掛けて少しずつ母体の中で成長していく。お腹に膨らむにつれ母親の容態は悪くなっていった。顔色は悪くなり悪阻が酷く出た。頭痛や眠気、倦怠感に不快感。動くのですら億劫で食欲も湧かない。次第に起きている時間はどんどん減っていった。
魔力量が少ない母親にとって魔族との子はまさに命懸けだった。魔族にとって魔力は生命の源と言える。母は魔力を吸い取られ、足りない分は生命力で補われた。そのことに気付いた父が妻を通して胎児に魔力を供給するが手遅れだった。限界まで絞り取られた母は子が産まれる前に命の灯火が消えてしまった。妻も子も喪ったように思われたその時だった。妻の膨らんだ腹が内側から裂け開かれた。中から幼児が二人、腹を破り出てきた。
「双子……だったのか……」
だから足りなかった。二人分を賄える程の魔力と生命力は彼女にはなかった。いや、仮に一人だったとしても生きている保証はなかった。赤子が、しかも二人とも無事だったのは奇跡とも言える。瓜二つの男女の双子。父の目から涙が零れる。妻を喪った悲しみか、赤子が生きていた嬉しさか、その両方か。
まだ妻が元気だったころ、彼女のお腹を擦りながら二人で決めていた。
「男の子ならルグ。女の子ならエディン」
血を浴びて、まだ目を開かない壊れそうな双子を優しく抱く。その瞬間、男の体が一気に絞られたように細くなった。男の魔力を吸い取った双子は目を開く。
「ルグ!」
「エディン……」
生まれたばかりにもかかわらず双子は声を発し自我を持ち体を動かす。立ち上がってニパッっと笑うエディンと眩しそうに眺めて控えめに笑むルグ。それが二人の始まり。
明るく活発なエディン。恥ずかしがり屋で気弱なルグ。両極端な二人はいつも一緒だった。お互い以外に味方はいない。けれど二人だったから、どんな困難でも乗り越えられた。
ゴミ溜めのようなところで静かに二人は育っていった。親も大人もいない環境だけれど問題なく生きていけた。けれど場所が悪かった。イーシス国には孤児はいない。スラム街はない。それは何故か。見つけ次第スプメテウロの実験体にされるからだ。王国騎士団とは別の彼の私兵が街を巡回している。そして二人は見つかり、捕まった。
この世界では双子が生まれることはとても珍しいことだ。それも瓜二つで男女はまず見られない。しかもその双子は魔人族だった。研究員が興味を抱かないはずがなかった。数々の実験に使われた二人は最終的に混ぜ合わされた。
一つの体に二つの人格。男と女、両性の特徴を有した両性具有。ルグでありエディンである、そんな歪な存在になってしまった。主人格はルグ。彼が困惑してパニック状態になると副人格のエディンが表に出る。それが幻想の魔女アリアン。
「あれ、アリアンさんだ。おーい」
アリアンが人気のない学び舎の廊下を歩いているとマオが声を掛けながらトコトコっと駆け寄ってきた。
「ひゃい! あぅ、えっと、マオ……さん」
ビクッと肩がはねる。知っている人とは言え、やはり近付いて来られると逃げたくなるのが臆病者の性。そろーっと静かに下がるも壁に当たって逃げ場を失う。
『うう、助けてエディン。変わって!』
『何を言っているんだルグ。頑張れ!』
他人と関わるのが怖い。自分に向けられる視線が怖い。恐怖心はない。けれど不安が心を押しつぶす。漠然とした不安が恐れを抱かせ掻き立たせる。自分の周りに壁を作る以外の防衛手段をルグは知らない。ローブを深く被るように押さえる。俯いた狭い視界の中でも背の低いマオは顔を覗かせる。
「あ、あぅ……あの、あぁ」
アリアンの眼がグルグル回る。頭がふらふらして体も揺れている。極度の緊張で倒れてしまいそうになっている。
「わわっ待って待って!」
ああ、やっぱりダメだ。目を合わせることも出来ない。情けない自分に泣きたくなる。やっぱりぼくでは……
意識が飛びそうになってギュッと目を瞑ると明るい犬の鳴き声が聞こえてきた。驚きで意識が戻った。「ふぇ?」と声を漏らして目をパチクリ開く。瞬きを繰り返す視界には可愛い犬の姿があった。もう一度犬が鳴く。アリアンを見つめて嬉しそうに笑っている。力が抜けてペタンと床に座り込む。放心しているアリアンの手に犬が擦り寄る。
その犬はいつもマオの頭の上にいる仔犬と同じだった。違うのはその犬が二匹いるということ。動けずにいるアリアンの手にフワフワした感触が当たる。それは自分を苛んでいた心を溶かしていった。
「あ、ありがとう、ございます…………マオさん」
気の抜けた朗らかな笑顔を見せる。犬の姿なのに彼が嬉しそうに笑ったのが分かる。暫くアリアンはマオを撫で続けた。両手に花ならぬ両手に仔犬だ。
『ほらな。大丈夫だろ』
『……うん』
あの時と同じ。光を背にしてニカッと笑うエディン。それを眩しそうに眺めながらルグが頷いて笑う。
(もう少しだけ、頑張ってみるね……エディン)




