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緑の魔女  作者: 猫蓮
おまけ
123/127

妖精シアノス

「願むシアノス」


 パンと手を合わせてゾルキアは頼み込む。彼の前にはシアノスが心底嫌な顔をして立っていた。


「少しだけ、ちょっとでいいから、な?」

「絶対イヤ!」


 シアノスは絶拒の姿勢を貫く。二人の様子を見守っているキラとアレキシオが顔を見合わせて苦笑を零す。ちなみに言い合っている場所は学び舎の表通り、見通しがよく人の行き交いが多い場所だ。つまり、とても目立っていた。魔女同士の何やらただならぬやり取りに野次馬が増えていって人の壁がぐるりと囲っていた。その中心人物たちは悪目立ちしていることに気付いてはいない。


「そう言わずに頼むよシアノス。減るもんじゃないだろ?」

「わたしの気力が減るわ」

「誤差だって。何も一日付き合ってくれって言ってるわけじゃないし」

「当たり前でしょう?! とにかく何と言われようと却下よ」

「変わらず頑固だな。ガルロもやりたいよな」


 ゾルキアがガルロに振ると彼は大きく頷いた。ヤル気満々だ。それを見たシアノスがさらに顔を歪める。二人のやり取りは平行線の一途を辿っていた。


「何の話をしているのですか?」


 そこに人の壁をかき分けてラトスィーンとリーリンがやって来た。野次馬もやるやらないの言い争いしか聞いておらず、何のことか興味津々に聞き耳を立てていた。


「ラトスィーンか。いつものように手合わせを頼んでいるだけだよ」


 ゾルキアの言葉に野次馬がざわめきだす。魔女同士の力比べなど気にならない方がおかしい。


「イヤだって何度も言っているでしょ」

「キラに聞いたぞ。氷薔薇ノ王と合体してすごい強かったって。起きるの楽しみに待っていたんだから一回ぐらいいいだろ?」

「複合の一回が一回だけで終わったことが一度でもあったかしら?」


 ないな、と思ってニッコリ笑う。二人のやり取りにやれやれと息を吐いたラトスィーンは、しかし妙案を思い浮いた。近頃は良くも平和続きで魔女を侮る者が増えてきた。幸い、野次馬も大勢いることだ。権威を知らしめるいい機会なのではないかと思い至る。シアノスは自分にとって好ましくない方向に行こうとしているのを感じ取って先制する。


「とにかく、絶対やらないから! 今日の役目も終わったから帰るわ」

「まあそう言わずに、良いではないですかシアノス」


 案の定、ラトスィーンが出しゃばってきた。シアノスは大きく舌打ちし、ゾルキアはヨシっとガッツポーズをする。この後の結果は目に見えている。だからと言ってシアノスが諦めるわけではない。


「水のには関係ないわ」

「そう仲間外れにしないでください。私も少しばかり気になってはいたのですよ。それで、こういうのはどうでしょう。シアノスが志願者を攻撃する。全員を戦闘不能にさせればシアノスの勝ち。攻撃をくぐり抜けて一本でも取れればその人の勝ち」

「異議なし」

「ありまくりよ! わたしはやるとは言っていないわ。やらないわよ!?」

「シアノスが勝ったらしばらくの間講師の仕事を免除します」


 ピクリとシアノスが反応する。目が覚めてからずっと薬学やら植物学やらの講師続きだった。学び舎に拘束されていた彼女にとって願ってもない提案だ。正直のところ辟易していた。研究が出来なければロサとの時間もあまり取れずにいた。今現状かなり苛立ちが溜まっていた。


「学会まで」

「……いいでしょう」


 次のヘクセの学会は約半年後だった。そろそろシアノスも準備を始めなければいけなし、そうと考えれば渡りに船だ。


「ちなみに一本取った場合はどうなるんだ?」

「わたしの講義を増やすとかはなしだから。というかもっと減らして欲しいんだけど。全然定期じゃないし」


 シアノスの薬師への教室はギルドからの定期依頼だった。十年という年月を考えればまだまだ足りないほどだがシアノスのことを考えると十分働いてくれた方だ。そろそろ頃合いだとタイミングを見計らっていたところだった。


「ヘクセに対して一つだけ依頼を掛けれる、というのはどうでしょう」


 相変わらずラトスィーンは絶妙なところを突く。これならシアノスだけに依頼が集中するわけではない。担当は依頼に見合った魔女が請け負う。しかし、必ずしもシアノスには依頼が来ないとも言い切れない。下手すればシアノスばかりの依頼になることもない話ではない。シアノスだけが不利益を被るわけではない。それは彼女も理解している。けれども未だに渋っているのは単純に戦いたくないから。何故かやる方向に話が進んでいるけどシアノスは断固拒否の姿勢を貫く。


「それとも、シアノスは負けるのが怖いのですか?」


 断ろうと口を開いたシアノスが声を発する前にラトスィーンが逃げ道を封じる。煽られたシアノスは青筋を立てる。


「誰が負けるですって? 受けて立とうじゃない。一人残らず立てなくしてあげるわ」


 案の定、ラトスィーンの思惑通りに事が進んだのだった。気が変わらないうちにと闘技場に移動する。普段は冒険者志望や自主鍛錬用にと自由解放しているが年に一回の武道大会にも使用されている。見物用の観客席も十分に用意されておりすでに多くの見物人で溢れかえっていた。


「ではルールの確認をします。シアノスの攻撃をくぐり抜けて彼女から一本取れればヘクセに依頼する権利を与えます。シアノスがすべての参加者を行動不能にさせたら半年間の講師依頼を免除します。審判は我々魔女が執り行います。危険と判断した者はその時点で場外へと避難させますので気を付けてください。シアノス、本気でやってもらって構いませんがくれぐれも殺さないように気をつけてください。キラさんが控えているの瀕死の一歩手前を目処にお願いします」

「本気でやらせたいのか加減をさせたいのかどっちよ……」

「シアノス加減はいらない。魔女が極力助けるが絶対の保証はない。生半可な覚悟の者は今からでも辞退することを奨める。仮にここで命を落としたとしても恨みっこなしだ。これはそういう試合だと理解した者だけ残れ」


 ゾルキアが参加者に警告する。これは遊びではなく殺し合いに限りなく近い実践戦闘なのだと忠告する。それでも大勢の人がアリーナに残った。ヘクセからは元凶のゾルキアとガルロ。他はグラッセやイブキといった腕に自慢のある上級冒険者と魔女を侮り報酬につられた有頂天が多数。発案者のラトスィーンはもちろん観戦だ。サポート役として魔女全員が集まって万全の体制を期している。キラも気合いを入れてアリーナから近い救護室で待機する。


 噂を聞きつけて枢機卿やギルド役員、各国の王や貴族が集った。暇なのかと言いたいところだがそれほど注目されているということだ。半日も経たずに聞きつけ集まったのだから。ちなみに各地に情報を流したのはもちろんラトスィーンである。多くの人に見せて知らしめて認識を改めさせようという魂胆だ。

 他にも魔境のヌシたちも見物に来ていた。大鎖碑、ヤイ、強引に連れてこられたカイザーエンヴァ、炎赤石ノ王。大鎖碑と先程まで一緒にいた氷薔薇ノ王はアリーナに降りている。シアノスの隣にいるが表には姿を現していない。


「さっさと終わらせて帰る。ロサ」


 シアノスは片手を横に伸ばす。ニヤっと笑ったロサは姿を消したまま手を合わせる。淡い光を放ち融合する。肌の色が髪の色が存在が変わる。それはもう人間とは呼べない異質な存在。


 元々妖精は姿を見せない生物だ。それは王である氷薔薇ノ王と炎赤石ノ王とて同じこと。王であるが故に他者に見えるように表に出ているだけで何もしなければ姿が見えることはない。ただ一人、シアノスを除いて。ロサが人の姿を取っているのは気まぐれだ。見えなくしようがシアノスは見てくれるのでどちらでも構わない。大鎖碑やキラがいる時は比較的表に姿を見せているが、例えばシアノスが講師をしている時なんかは姿を消してシアノスにくっついていたりしている。


 シアノスの姿が変わったことで一気に闘技場に緊張感が走る。先頭に立つゾルキアは目を見開いて口角を上げる。肌に突き刺さる冷たい魔力に心が高鳴っている。剣は二振りとも抜刀しどちらも火属性を付与する。他の参加者も各々が得物を構える。


「始め!」


 ラトスィーンの合図と共にシアノスはアリーナの上空一面を埋めるほどの氷柱を作る。そして一斉に振り下ろした。逃げ場などない氷柱の雨から逃れる手立ては壊すしかない。大規模の先制攻撃により参加者の八割が早速脱落した。そのほとんどは有頂天になっているバカ共だった。中には頭が貫かれて即死している者もいた。邪魔になる前に場外に運ばれ、すぐにキラの元へ搬送された。意識が残っていた者は治療を受ける。その間も戦闘は続いている。


 今回の戦闘でシアノスが定めたルールは二つ。一歩も動かないことと空間魔術は使用しないこと。一歩も動かないのはいつものことではあるが、浮遊しないということも含まれている。ディルゴのように上空に止まり一方的に攻撃するという手段も取れないことはない。

 もう一つはロサの氷とシアノスの繊細な魔力操作でもって勝ちをもぎ取る。と言うのも空間魔術を使えば初手で全員の首、出なくとも足を切断させることが可能だ。隔離すれば近付けることすら出来ないようすることだってできてしまう。やろうと思えば一瞬で終わらせれるがそれでは味気がない。そう、これはシアノスの憂さ晴らしも含まれていた。


 人数分の氷柱を出して参加者全員の真正面に放つ。前後に連なるように二連にした氷柱は相手からは一つしか見えていない。バラバラに動いている彼らはまだ十数人は残っていた。


 氷柱による猛攻で数は着々と減らしていった。残り八人にまで減ったところで攻撃方法を変える。所謂第二フェーズと言ったところだ。頭上にいつもより一回り小さめの氷の薔薇が八つ作られる。薔薇は砕かれ氷の礫がそれぞれに向かう。


『そうじゃシア、こういうのはどうじゃ』

『さすがロサ。早速試してみましょう』


 床一面に氷の花が咲く。危険を察知して跳躍して躱した彼らの上空に底がない氷の檻を作る。逃げ場のない空中で檻に捕らえて花畑に落とす。花に触れた足元から氷が伝って体を凍らす。氷の檻の硬度は氷柱や礫の比ではない。ロサが支配する絶対零度の氷。大陸屈指の実力者である彼らでも壊すのは困難だ。檻を壊すことが出来ずに体が凍っていく。首下まで凍ったら場外に突き出す。檻から逃れられた生存者はゾルキア、ガルロ、イブキの三人だけだった。これまでも隙を見て何度か反撃に出ているが氷の壁や氷塊によって難なく防がれていた。数の優位をものともしない的確な状況把握と魔力操作はさすがと言える。


 三人は視線を交わさずともほぼ同時にシアノスに切りかかる。スピードは早く、三方向から強力な一撃を与えようとしていた。シアノスはゆっくりと手を上げる。突風が発生し氷の花が巻き上がる。四人の姿が見えなくなる程の氷の渦に観客の緊迫感が増す。手に汗握り、固唾を飲んで行方を見守る。誰も声を発する者はいなかった。

 風が止み、舞い上がった氷の花びらが雪のようにひらひらと舞い落ちる。開けた視界の先には全身を凍らされている三人の氷像が出来ていた。


「そこまで! 勝者、緑の魔女シアノス」


 ラトスィーンの声が響き渡る。数秒の静寂の後、大歓声が湧き上がる。シアノスが融合を解いたと同時に氷像になった三人の氷が割れて元の状態に戻る。ゾルキアは剣を収めてシアノスに近付く。


「いやー想像の遥か上をいってて驚いた。一本取れる道筋が見えなかったよ」

「完敗でございました。さすが魔女殿です」

「壁も檻も切れなかったな。最後の氷から抜け出すのも無理だったし――」

「「面白い」」


 ゾルキアとイブキの声が重なる。その顔は楽しそうに笑っていて同類だと思わせられる。強い相手に心を踊らし渇望する戦闘民族。戦っているときも笑みが浮かんでいた。ガルロも同じようなものだがその傾向は顕著ではない点まだマシだろう。彼は死なないから何度でも挑み放題という厄介さは最もタチが悪いものではあるが。


 シアノスはラトスィーンに視線を向ける。視線の意味を汲み取った彼女は頷いた。結局シアノスはラトスィーンのいいように使われてしまった。腹立たしいことこの上ないが少しの間なら……いややっぱり嫌だ。何も言わず転移して家に帰った。


「ロサー」

「んむ……お疲れじゃシア」


 家に着いて早々にロサに抱き着く。融合を解いてからもずっと手を繋いでいた。ロサは子供のように抱き着いてくるシアノスが嬉しくて顔を綻ばせながらも優しく労る。シアノスとロサは魂で繋がっており一体化してからは常に以心伝心している状態だ。感情、思考、想いなどすべてが相手に筒抜けになっている。一応届かないように塞ぐことも出来るがそれはしなかった。相手の愛を四六時中感じることが出来るのに、自ら手放す者がいようか。尽きることのない愛は毎日注いだとしても足りない。永い刻を生きるとしても一瞬足りとも無駄にしたくない。


「ロサ、愛してるわ」

「わらわも愛しておる。シア……ずっと一緒じゃ」


 互いにキスを送りあってクスクスと笑い合う。二人の時間はまだ始まったばかりだ。

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